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自分が妄想する外部の事を自分として書く

今、自分の妄想した時間を回収しているところだ。
様々な疑惑、様々な違和感が自分の手から放たれていく。
それは自由の象徴である鳩が閉じ込められた場所から飛び立つようで
事実も嘘も全て空気の中に拡散し、やがて消えていく。


結局、嘘も本当もそれほどの意味を持たなかった。

必要なものは今ここにある。

何も持たない主義の人は自分自身が全ての物を持っているのと同じくらいの価値を持っている。

起こった現象を羅列しても、それは自分の解釈の中で虚構に塗り固められていく。

フィクションを好む者は神話を愛する。

神話は、とても面白い。
科学も一種の神話。

神話は一種の日常の描写、日記である。
言葉は生活であり、その人自身である。
外見と同じくらい、その人を表すのである。



と、トランステクノっぽい音楽を聴きながら考えている。
垂れ流しだが、PCだと履歴が残るのが良い。
好きな音楽もそうでもない音楽も、聴いたところですぐその人の人生に吸収されていく。
一瞬一瞬がどれが大切でそうでないか
分別が不可能なくらいの鋭さで鮮烈に刻み込まれていく。

暗闇が輝いている。
光が目の前を真っ暗にする。
その闇に心臓の鼓動を深く感じ入る。
音に溺れる。
人の気配に酔う。
世の中の空気に窒息する。
都市はトラフィックという血液を循環させ、成長と衰退を繰り返していく。
大気圏を突き抜けて高層ビルが奇跡を描いて宇宙に移植する。

そんな雰囲気の文章をこれからも書いていきたい。

色んな映画や本、音楽の渦に溺れたい。



ところで最近は自分が女性であることをもうちょっと重要視したいと思っている。都合よく女性的になり、他殆ど放棄してるかのように振る舞ってる振りをしていたが、誰も自分を男だと勘違いしてはくれない。女性的な魅力、というのは女性全てが持っている。消せないものである。そしてそれは実は凄くささやかで、落ち着いたものであったりする。野に咲く花や水の匂い、そういうものにも例えられるのかも。
今一番女性らしさを感じられるのは春のピクニックの木のテーブルである。
野の花を摘んで花冠にしている少女が、自分の中の女性らしい雰囲気なのだと思う。

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