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ボツ小説「サムライVS水獣チュパカブラ」供養掲載(二話)※「第五回性癖小説選手権」に参加予定の小説でした

 角笠に着流し、手には釣り竿。曇り空の下で年若い男子が一人、大きな川のほとりで釣りをしていた。湿った風が、彼の長い総髪を撫でた。

 年若い男、といったが、おそらくひと目で男と分かる者はそう多くないだろう。愁いを帯びたその顔は、並の娼妓よりもずっと艶やかに見える。

「……またか」

 さっと釣り竿を上げた男は、慣れた手つきで釣り針を外し、竹づくりの魚籠に放り込んだ。釣り上げた魚は銀色の背に赤い腹をしており、鮫のような歯をもっていた。同じような魚は、さっきも釣れた。
 魚籠の中の釣果は、いずれも見慣れない魚ばかりだった。今釣った銀色の魚は「ピラニア」といい、口の大きな鯰は「ジャウー」というらしい。いずれも宣教師から聞いた名だ。「ピラニア」は血の匂いを嗅ぐと荒れ狂う性質だそうで、魚籠の中でしきりに口を開閉させながら暴れている。

 男の名は新右衛門。どこぞの大名に仕える小姓であったが、激しい戦乱で主、親、許嫁、そして乳母兄弟の間柄であった、主の嫡男を失った。生き延びた新右衛門は、齢十三にして流浪の身となる。
 その後彼は、商人に雇われこの地へやってきた。しかしあるとき、雇い主は彼を殺そうとした。報酬を踏み倒すためだった。商人を返り討ちにした新右衛門は再び流浪の身となり、今に至る。

 そろそろ陽が沈む。新右衛門は立ち上がり、魚籠を担いで歩き出そうとした。

 そのときだった。

「……何だ」

 童が一人、橋の向こうから走ってきていた。その背後から、みすぼらしい身なりの男たちが三人、追いかけてきている。どうやらあの三人に追われているらしい。

「そこの人、助けてくれ!」

 童は新右衛門の腰に帯びた刀に目を向けると、新右衛門の背後にさっと隠れた。目の前の者が武装しているのを見て、とっさに頼ろうと思ったのだろう。

「お前、そいつをさっさと渡せ」

 男三人衆は立ち止まって、新右衛門に要求した。新右衛門は、三人衆をつぶさに観察した。身なりはみすぼらしく、足元は汚れている。多分、結構な長さの道のりを追ってきたのだろう。手にした武器は斧、鉈、そして大鎌。普段は耕作をしている者たちに違いない。

「ああ、かまわぬ。おれは別に、こやつの縁者でも何もない」
「ええっ、そんな……」

 童の悲壮な声が、背後から聞こえた。新右衛門はもう一度、の顔をじっくりと見た。

 ……似ている。主の嫡男、松若に。

 松若と新右衛門は、乳母兄弟として血よりも濃い絆で結ばれていた。「我ら死すときは同月同日、同じ戦場にて死せん」と誓い合ったのが、つい昨日のことに思われる。
 しかし、誓いは果たされなかった。松若は戦の炎に取り巻かれ、新右衛門は死ぬことなく生き恥を晒し続けている。

 三人衆に向き直った新右衛門は……腰の刀に手をやった。

「お、お前やる気か!? 今、かまわぬと言ったではないか!」
「気が変わったのだ。こやつはもらっていく。命が惜しければ、さっさと村へ帰れ」
「ふ、ふざけんじゃねぇ! おい、出てこい“ちゅぱかぶら”!」

 真ん中の男が、妙な名前を叫んだ。「ちゅぱかぶら」という名前は、新右衛門にとっても初めて聞いたものであった。

「お、おい、出てこねぇってのか? どうしたんだよ!」

 真ん中の男は、悔しげにじだんだを踏んでいる。そのとき、新右衛門はちゃぽん……という音を聞き取った。川で、何か大きなものが跳ねた音だ。新右衛門は音のする方を一瞥した。
 川の水面が、波うっていた。波紋の下で何か、緑色のものが蠢いている……しかし、それはすぐに泳ぎ去り、死角となる橋の下へと潜り込んでしまった。

 新右衛門は男三人衆に向き直った。彼らは何らかのあてが外れたようだが、戦意は失っていない。

「ちくしょう……なら俺たちだけでやるぞ!」
「へへ……てめぇ、女子みてぇなツラしてんなぁ。女よりも犯り甲斐がありそうだぜ!」

 三人衆は各々の武器を振り上げ、新右衛門に襲いかかってきた。三対一という数の利が、彼らを強気にさせたのだろう。新右衛門は敵を静かに待ち受け、腰の刀を抜き払った。

 ……戦いは、すぐに終わった。肉が裂け、血しぶきが舞い、|骸《むくろ》となった男三人が倒れ臥した。彼らの流した血は、辺りを紅色に染めている。

「……そこの者、名は」
「おら、まつ……松次、と、いいます……」

 どことなく、言葉遣いがぎこちない。恐怖を味わった後だからか、あまりうまく舌が回っていないようだ。

「松次、か。某は新右衛門という」

 名乗り返した新右衛門は、主の屋敷に植わった立派な黒松を思い出した。松若はあの木に登って侍従をからかうのが好きだった。

「松次とやら」
「は、はい」
「守ってやったんだ。銭なり食いもんなり、見返りを寄こすのが筋ってもんだろう」
「あ、あの、実は着の身着のままで飛び出したもんで、何も持ち合わせが……」

 申し訳なさそうに見上げてくる松次を、新右衛門はじっと見つめ返した。この童は、申し訳なさそうにもじもじしている。

「そうか……じゃあ代わりに、教えてもらおうか。何であいつらから逃げていたのか」
「……すんません」

 そうして松次は、これまでのいきさつを語り始めた。

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