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ボツ小説「リターン・オブ・ザ・キラー・ダイコン バレンタイン決戦」供養掲載(一話)

 東京都・青梅市

 「東京にもこのような場所があるのか」と思わせるほどに一面の緑が広がるこの土地の、とある農家の畑で事件は起こった。
 その日は心地よい秋晴れの日であった。ダウンジャケットを着込んだ農家の老婆が、買い物に出かけるために外に出た。老婆が敷地内の畑を見てみると、その目に異変が飛び込んできた。

「あれぇ……? ダイコンが植わってるわ。こんなの植えた覚えないのだけれど……」

 近寄ってみると、畑の南東側の端っこにダイコンが数本植わっていて、青々と葉を茂らせている。
 実はダイコンには野生の種も存在する。ハマダイコンという野草がそれだ。だが、ハマダイコンは海岸や河川沿いの砂浜に自生する植物であり、内陸の奥多摩、しかも川から距離のあるこの場所で目にする機会はほぼないといってよい。

 老婆が訝っていると、そのダイコンは、突如として姿を消した。

「え……? おかしいねぇさっきまでダイコンが植わってたのに……」

 ダイコンが植わっていた地面には、ぽっかりと穴が開いている。まるでひとりでに地面から抜け出たようである。
 首を|捻《ひね》って|唸《うな》っていた。その時である。
 老婆の首に、何かが噛みついた。その力は凄まじい。獣の牙のようなものが肉に食い込み、血管が破られる。

「ああーっ!」

 老婆の絶叫が、青空の下にこだました。

***

「お化けダイコンが復活したようですね、時雨サン」
「そうだな……しつこい奴らだ」

 都内のとあるビルの一室で、警視庁特殊生物対策課の|有島《ありしま》|時雨《しぐれ》刑事と、その協力者であるメイスン・タグチは向かい合っていた。

 先日、首から上のなくなった老婆の遺体が、老婆の自宅の畑で発見されたという。確かに、以前の「お化けダイコン」が引き起こしたものとそっくりの事件である。しかも、遺体の首元からはダイコンの細胞が検出されたというのだ。あの「お化けダイコン」事件の時と同じだ。
 だが、日本中を騒がせた「お化けダイコン」は、メイスンたち特殊捜査チームの命がけの奮闘によって解決したはずである。

「生き残りがいたってことか?」
「そうでしょうね。アタック・オブ・ザ・キラー・ダイコンがあるならリターン・オブ・ザ・キラー・ダイコンもある、当然の流れでしょう」
「は? 俺はその……言ってる意味が全然分からん」

 メイスンがわけの分からないことを口走るのは、そう珍しくはない。時雨はいつものように呆れ顔を見せた。

「さて、我々はヤツらの対処法を知っています。早速《《狩り》》に行きますよ」
 
 メイスンは黒いロングコートを羽織り、同じく黒の中折れ帽子を被った。
 
***

 東京都・青梅市・青梅スタジアム

「リ~タ~ンオブザキラーダイ~コ~ン♪……さて、始めましょう」

 用意したのは、薬剤散布用のドローン五機と、音響設備であった。
 お化けダイコンには、1978年に米国で発表されたとある楽曲を流すと、そこに集まる習性がある。集まった所を、ドローンを使って上空から除草剤を散布し倒すのだ。
 以前は同様の方法で、お化けダイコンを一掃することができた。ならば、今回もこのやり方でいいはずである。

「よし、ドローン上がった。こっち準備オーケーだ」
「じゃあ行きますよ、ポチっとな」

 メイスンがタブレットの画面をタップすると、スタジアムの各所に設置しておいたスピーカーから音楽が流れ出した。英語の歌詞なのでどのようなことを歌っているのは時雨には分からない。拾えた単語は「|tomatoes《トメイトウ》」のみである。それ以外は何も分からない。
 盛夏暑熱の下、この二人以外には誰もいないスタジアムの下で、ただ英語の歌だけが流れていた。時雨もメイスンも、周囲に気を配ってはいるが、ダイコンが転がって現れる気配はない。
 曲が四巡目に入った、その時であった。時雨の視線を、何かが横切った。それは上空を飛行するドローンの一つに衝突し、粉々に破壊して向こう側へ飛び去ってしまった。
 飛来してきたのは、ダイコンであった。

「空飛ぶダイコンだと……?」
「時雨サン、危ない!」

 突然、時雨はメイスンに頭を押さえつけられた。その頭の上を何かが通り過ぎ、空を切る感触が髪の毛を撫でた。
 おずおずと顔を上げた時雨。そこには、四方から飛来するダイコンの大群と、それらに衝突され破壊されたと思しきドローンの残骸があった。地面に落下したドローンは、もはや見る影もないほどにばらばらになっている。

「ひとます退散しましょう! どうにもなりません!」
「だな!」

 二人はダイコンの体当たりを受けないように頭を押さえながら、足早にその場を立ち去った。ダイコンは以前、四方八方から飛んできては、いずこかへと飛び去ってゆく。
 そうして、車に乗り込んだ二人は、急いで発車しスタジアムを後にした。完敗であった。

 それから、空飛ぶダイコンは二週に一度程度のペースで、散発的に目撃されるようになった。ダイコンのゲリラ的襲撃によって、二月を迎える頃には五人の死者と七人の軽傷者が出てしまっていた。

***

「性能試験は上々……」

 薄暗い研究室の中で、大きなモニターが|煌々《こうこう》と光を放っている。モニターの映し出す映像を見て、白衣を着た白髪頭の老爺は口角を吊り上げて陰気な笑いを浮かべていた。

「世界がこのワシ、ラディッシュ博士のものになるのも時間の問題よ……さて、試験第二段階に入ろう……ユリア」
「はっ、こちらに」

 老人――ラディッシュ博士の傍らで答えたのは、おかっぱ頭で色白の少年であった。冷涼な目元をした、中性的な雰囲気を持つ整った顔立ちの美少年である。その美貌はどこか地に足のついていない、亡霊じみたものを帯びていた。

「これよりそなたに命令を授ける」

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