• 現代ドラマ

8月20日

はい偉い。とはいえ少し重いお話ですので早速本題へ。

「秧が!秧が最期に佳乃を見たいって…!お願いや、付いて来てくれへんか!?」
「え…最期…って。」
「…もしかして、なんも聞いてへんのか…あの子から…?」
「な、なんの事か…全く…」
「とりあえず時間が無い!詳しい話は車の中でするから付いてきて欲しい!」
「困ります、そんな事。親御さんじゃありませんよね?」
「言うてる暇あるか!秧はもう時間が無いんや!後でなんでもするからこの時間を繋がせてあげて…!」
「…親御さんには連絡を入れておきます。親御さんの方から通報されても文句は言わないでくださいね?」
「分かった、それでいいわ!佳乃ちゃん、頼む!」
「…うん。」

なんの事かも分からない。けど、断片的な言葉から分かること、それに咳き込むサナちゃんの事。…大凡の予想はついていますが、認めたくない。止めてあったミニバンに乗り込み、車が走り出します。

「…秧は小さい頃から喉の弱い子やった。ことある事に痛めるのは喉ばっか。風邪引いても殆ど喉から。喘息でろくに小学校も行けてへん。」
「私がもっと丈夫に産んであげたら良かった。なら秧はこんな辛い人生歩まんかった。昔タバコ吸ってたんや。きっとそのせいや…」

重い沈黙。ボクは何も声がかけられませんでした。

「年々腫れは酷おなってく。今じゃ腫れとるのかどうかすら分からへんぐらいずっと喉を圧迫してる。そのうち完全に締まってまうのも時間の問題やと。そう言われてる。……秧も理解してる。」
「それ聞いてもあの子は変わらんかった。むしろ元気なってな。無理やり学校も行く言うし、学童も行きたいって。……念願の友達も手に入れた。これから幸せになれるはずやったんや。やのに天はあの子から全部、全部奪いよる…!せっかく手に入れた幸せさえすぐに壊される!あの子が何をしたんや!ただ生きとるだけやのに!誰よりも楽しく生きようとしとるだけやのに!やのに…!」
「…頼む。最期に来て欲しいのは私でもオトンでも無い。佳乃ちゃんなんや…最後に手に入れた幸せを、幸せなままにしてあげて…」
「……ボク、難しい事は分からないけど…サナちゃんは死んだりしない。ボク、約束したから。来年も一緒に学童行くって言ってたから…」
「…そうか。秧が言うなら間違いないんやろなぁ…分かった。じゃあちょっとお見舞して元気出させてあげてぇな?」
「…うん。」

行先はやはり大きな病院。きっと病気1つぐらいには負けない。

――

「ここや。」

静かにノックする。返事は無かった。意を決して開ける。
そこには呼吸器を付けたサナちゃんが寝ていた。うっすらと目を開けていて、ボクを認識したのか少し目が開く。

「…サナちゃん。」
「…おはようさん。ごめんな、こんな姿は見せた無かったし、言いたくなかった。けど…隠してたのも悪かったと思ってる…」

サナちゃんの声は有り得ないほど細く、この間の声は微塵の影もない。

「ううん。辛かったよね…ボクこそ、気付けなくてごめん…」
「気づかんかったって事は…ウチの演技が相当上手かったんやなぁ…勉強出来るけど…だまくらかし合いは…まだまだやなぁ…今後が心配や…見てあげれへんからなぁ…」
「そんな事言わないでよ…きっと良くなる。サナちゃん…」
「ウチの体のことはウチが1番分かる…もう喉はほぼ開いてない…もう1回腫れたら今度こそ締まる…時間が無いんや…だから、ウチのお願い。聞いてくれへんか?」
「…サナ…っ……ちゃん……」
「あーあ、お願いしようと思ってたのに…泣かんといてや。せめて、笑顔で見送ってや…?」
「うんっ…ごめん…もう…ぅ…泣かない…」
「流石佳乃や。ありがとな…本当にありがと…佳乃のおかげで楽しめた。ちょっとは普通の女の子らしい暮らしが出来たわ。もう、後悔もない…いや、1個だけ。約束、守れそうにもないわ、ごめんな…」
「…秧ってな。草木の苗木の事を言うねん。誰よりも立派な草や木になって…立派な花咲かせて欲しい。そう思って付けてくれたんや。でもな?ウチはそれだけが秧やとは思わへん…ウチという秧が生きれるんも、土や水のおかげや。その土や水ってのは…家族や友達やと思う。最後の最後に立派で綺麗な水に出会えてよかった。おかげでウチも花咲いた。そして、種が残せた。佳乃の心の中に。佳乃…」
「ウチの種は任せる。だからウチの分まで楽しんで、笑顔で過ごしてな…そうしたらきっと…2人で笑えるから。」
「うん。……もういいよ。最後までお姉ちゃんぶらなくても、いいよ。サナちゃんの思い、全部持っていくから…ボクが受け取るから…全部、話して。」

強がって笑顔で取り繕っていた顔が歪みます。お姉ちゃんだった顔は、年相応の少女へと戻っていきます。

「…いやや。死にたくない…まだやりたい事ある。まだ見たい事も知りたい事もある。まだ友達と遊びたい…!ウチ、こんなとこで終わりたくない…!いやや、いやや、いやや…死にたくない!死にたくないよ!佳乃!」
「…ごめん、約束…破っちゃった。…っ!安心、して、いいよ…ボク、ボクぅ……!サナちゃんの分も…!」
「いいよ、妹ぶらんで…!全部佳乃に預けるから、佳乃の気持ちも教えて。」
「…離れたくない…死んで欲しくないよぉ…!もっともっとサナちゃんと遊びたいよ!もっとサナちゃんには生きてて欲しいよぉ!まだまだ沢山お話したい!もっと勉強したい!サナちゃんばっか酷いよ!ボクを置いていかないでよっ!!」

ただ2人の大きな泣き声だけが響きました。お別れが来る日も近いと思ってましたが、こんなお別れになるなんて思わなかった。当たり前のように続くはずの生活は、突如途切れたのです。

泣き疲れて、2人少し涙も止まった時に、サナちゃんがぽつりと呟きます。

「ほんまありがと。佳乃になら全部任せれそうや…お願いやで?」
「任せて…サナちゃんを1人にはしないよ…」
「じゃあホンマに最後のお願い。笑顔でお別れしよ。オカン呼んできて。じゃ…さいなら。」
「うん。ばいばい。」

笑顔で手を振り返して、病室を後にしました。扉を開けると目にハンカチを当てたサナちゃんのお母さんが待っていました。

「…ありがとう…ありがとう…」
「お母さん、呼んでました。ボクは……友達としてサナちゃんの為に来ただけですから。」

お母さんが扉を開けて入っていくのを確認して、その場にしゃがみこみます。少しすると慌ててお医者さんがサナちゃんの部屋に駆け込んでいきました。


しばらくして出てきたのは暗い表情をしたお医者さんと泣き崩れるお母さん、お父さんであろう方。
だけどボクはもう泣きません。サナちゃんはここに居ます。サナちゃんは死んだりしてません。今ボクの心の中で生きてるのです。

――

死因は急性喉頭蓋炎。最後の喘息が起こってしまったのでしょう。きっとサナちゃんはその最後に気付いたのです。だからボクとお別れした。

でもそれだけじゃないでしょう。ボクは直接サナちゃんの死んだ所は見てません。だから死んでません。サナちゃんはボクの心で生きる為にも死際は見せたくなかったのでしょう。
実際、ボクの中ではしっかりサナちゃんがいます。ボクはサナちゃんの分も楽しむ事に決めました。サナちゃんが出来なかったことを、ボクが出来なかったことを…2人でこなすのです。2人なら、きっと…

――

「おはよ!夏休み、楽しかった?」
「…え、おう。」
「良かった、ボクも楽しかったんだ!あのね…」

集まる好奇の目。まるで夏休みを挟んで別人のようになったボクにみんな動揺しています。

「ボクさ、思ったんだ。人生っていつ終わるか分からないし、いつ変わるか分からないの。だから、今を楽しまなくちゃ損だって。ボクさ、もっとみんなと話してみたいし、もっと遊びたい。ずっと、ずーっと前から思ってたんだ!だからボクと改めて友達になってほしい!」

ボクはもう恐れません。ボクがこんなんじゃ、サナちゃんは楽しめないから。ボクが楽しまないと、サナちゃんが悲しむから…
ボクは自分に嘘をつくこと無く、人に嘘をつくこと無く、楽しんで生きる。そう決めました。

暖かくて、優しいみんなと出会えたのも、ボクを変えてくれたのもサナちゃんのおかげです。
残りの小学生活を楽しめたのも、自殺を思い留まれたのも、全部、全部。

夏の度に思い出す、あの快活な笑顔。ボクは今日もサナちゃんと一緒に人生を楽しんでいます。


いかがでしょうか。正義が表の支えなら、サナちゃんはボクの裏の支え。サナちゃんの命を通じて教えて貰ったことは生涯忘れません。
詳しい解説はまた夜にでも。忘れてたら(以下略)

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