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物語が始まらない『桃から生まれない桃太郎』

どんぶらこ、どんぶらこ、大きな桃が流れてきました。

あまりの衝撃におばあさんは腰を抜かして動けません。

どんぶらこ、どんぶらこ。
おばあさんを横目に、桃は悠々と流れていきます。

ずいぶんと長い川でした。
どんぶらこ。どんぶらこ。

赤ん坊は桃の中で快適に過ごしていました。
夜は果肉の布団で眠り、腹が空けば蜜を吸いました。
不思議なことに桃は少しも減りません。

どんぶらこ。どんぶらこ。
どれほど流れたことでしょう。

赤ん坊は川のせせらぎにリズムを習いました。
小鳥たちに歌を習いました。お礼の桃も忘れません。

どんぶらこ。どんぶらこ。
まだまだ桃は流れます。

赤ん坊は魚たちにテンポを習いました。
虫たちにセッションを習いました。お礼の桃も忘れません。

どんぶらこ。どんぶらこ。こつん。
赤ん坊は初めての衝撃に狼狽えました。

ばがっと桃が割れ、視界が白く染まります。
聞いたことのないリズムと歌声。赤ん坊は驚きのあまり大声で叫んでしまいました。


ここは都。花の御所の一室です。
畳に置かれた座布団の上に赤ん坊は座らされました。
桃の中で練習した為、バランス感覚には自信があります。

隣には”うぅぱ”が座っています。
美味しいご飯をくれるので、赤ん坊はうぅぱのことが結構好きです。
ごわごわを巻き付けてくるのだけは勘弁ですが。

うぅぱと同じ、自分よりもずっと大きいモノたちが、にわかにざわめき始めました。
ひときわ煌びやかな大きいモノがやって来たようです。

「それが歌う桃の子か」

うぅぱに促され、赤ん坊は歌いました。
昨日のご飯がどれだけ美味しかったかを。このごわごわがどれだけ不快かを。

煌びやかなモノは、ほうほうと歌を重ねてきます。
人が歌っているときは静かに聞くものです。赤ん坊は不快でした。

一通り歌い終わると煌びやかなモノは言いました。

「なんと珍しきことか。このものに『桃太郎』という名を与えよう」

周囲の大きいモノたちがざわめきます。
桃太郎は座布団の角についているぴらぴらが、気になって仕方がありませんでした。

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