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今日の更新は31話。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054886413459/episodes/1177354054886857216本編が殺伐としているため、息抜きに小話を書いています。よろしければ。
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小話「蟹」2
(1はこちら)
https://kakuyomu.jp/users/freud_nishi/news/1177354054886912759**
蟹が食べたいリアナは、殻を割って身を出してくれそうな人物を探して、きょろきょろした。
「テオ」
呼びかけると、金髪の頭がふりむいた。
ハートレスの兵士であるテオは、今夜は貴族の格好だった。中級貴族がよく着ているような、浅葱色の地味な長衣(ルクヴァ)だ。仮装というわけではなく、ボディガードの業務の一環である。即位してからというもの、リアナは護衛がさまざまな形で場に混じっていることを知った。いかにもハートレスですという格好をした兵士ばかりではないということだ。だったらフィルがそういう格好をしてもいいのにとリアナは思ったが、テオいわく、彼は有名過ぎてそういう偽装には適さないとのことだった。
「蟹、やってくれない?」
「はいよ」大きな脚を受けとって、テオが気やすく言った。自分でも食べかけの脚を口にくわえている。そういう姿が妙にさまになっている。
「ノーザン(北部)のお姫さまなのに、蟹食べたことないんすか?」
「うん。育ったのがフロンテラ(南部)だから……」
「そっすか。じゃ、ま、竜王陛下のご指名にあずかりっ……と……」なぜか語尾が消えかかり、脚を割ろうとした手が止まった。
「と、思ったんですが、なんか俺、小便のあと手を洗ったか急に不安になってきましたんで、あとはあの、フィルバート卿におまかせしますね」
「えーっ」リアナは思春期の少女特有の、信じられない汚らわしいものを見る目つきでテオを見た。「もうやだ、テオ、手はちゃんと洗って。勅命よ。あと、その蟹は自分で食べて」
「御意に」
テオが秒の早さで消えたかと思うと、「陛下」とうしろから声がかかった。
「フィル」リアナはふりかえった。
ハートレスの青年はにっこりして、無言で高坏から脚を抜き、関節からぼきりと折った。折ったあとを器用にずらしたりして、持ち手のついたきれいな形に剥いてくれる。「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ようやく新しい身にありついたリアナは、テオの不審な言動の背後に想像をおよぼすことなく、やわらかく汁気の多い身を味わった。蟹、おいしい。
「男の人って、トイレのあと手を洗わないの? 食べるとき不潔じゃない?」リアナは鼻にしわをよせながら聞いた。「手は絶対に洗ったほうがいいと思う!」
「俺は洗いますよ」フィルはさわやかに言った。「テオは不潔なやつなんです」
「そうなの? ……」
リアナは殻の入ったバケツを見つけだし、そこに食べ終わったあとの脚をいれた。
***
テオは用心して部屋の隅まで移動し、視界にかつての上官と竜王とがおさまる位置に陣取って、大きく息をついた。任務外でテオがあの少女の世話をやいたりすると、フィルバート卿のご機嫌がぜんぜんよろしくないのであった。今日の目つきはまだ「いいからあっちへ行け、リアナの世話は俺がする」くらいの強さだったのでまだよかった。このあいだ、デイミオン卿が浮気(っぽい外出)をしようとした件では、よけいな口を挟むと思われたらしく、「おまえの関節をはずして、雨の日が感知できるようにしようかな」という目で見られたので、テオは心底恐ろしかった。リアナはたぶん理解してくれないと思うが、あの男こそまさにハートレスの名に恥じない冷酷さなのだ。……
……
まあいいや、蟹くおうっと。
テオはリアナに渡しそびれた蟹をほおばり、殻をバケツに放り投げた。蟹の汁がついた手を拭おうとしたが、手拭き用のナプキンがない。
こういうとき、なにで拭くんだったかな? テオは首をかしげた。自分の袖でないのは間違いないのだが。テーブルクロスの、あの端のほうで拭いていいかな?
いまひとつマナーに自信が持てないでいると、ふと呼びとめられた。
「もし。そこのお方」
「はい?」
ふりかえると、きわめて美しい銀髪の女性が、ナプキンを手にたたずんでいた。「あ、どうも、すんません」テオは礼を言って手を拭った。
女性……だよな?
テオが観察するに、「玉の輿に乗れそうな好色そうなジジイを物色する没落貴族の令嬢」みたいな感じであった。しかし、竜族の容姿はやや中性的に寄りがちではあり、女顔の男かもしれない。背はまずまず高く、声も低い。……っていうか、ルクヴァ着てるから、男だな。
「来シーズンのお相手は、もうお決まりか?」
「えっ」貴族になりきっているとはいえ、いきなり生殖の話をされて、テオは面食らった。「いえ、まだですけど」
というか、ハートレスだから、シーズン自体に参加してないけど。
美人はそれを聞いてうなずき、立て板に水式にまくしたてはじめた。
「私はテキエリス家のロギオンと申すものだが、私には妹が一人いるのだが、これが大柄で容色はいまひとつなのだが気立てのいい娘で、健康で病気ひとつしたこともなく、本をよく読むから博識だし、性格も温厚で、料理はあまり得意ではないが出てきたメニューは残さず食べ」
「ちょっ……ちょっと待ってくださいよ」
どうやらシーズンの相手にすすめられているらしい。そんなことを言われても困るので、テオは大げさに手をふってみせた。「申し訳ないですけど、今季は新しいお相手は探してませんので」
お決まりの断り文句に、美しい男は失望の色を浮かべた。
「そうか……たいへん失礼したな」そう言うと、美人は背中に哀愁を漂わせながら去っていった。
貴族っつうのも大変だなあ。俺、ハートレスでよかったなあ。
テオはそう思った。そしてそれきり、その兄妹のことはしばらく忘れていたのであった。