《劇中より》
豪雨の中で、ひらひらした民族衣装がはためいている。
『……大雨洪水警報、山梨県に…………』
くぐもった天気予報の声。
音の発生源は民族衣装の人物が持っている小型端末からだ。
中華風の民族衣装の人物は、豪雨で視界も足場も悪いはずなのに淀みない軽やかな足取りでテントの前を通り過ぎていく。
かろうじて民族衣装という特徴がわかるだけで、それ以外の顔など細かい部分は滝のような雨でよく見えない。
その人物が通り過ぎる直前に、ちらりと見えたのは。
衣装に刺繡された呪術的な怪しい紋様。
色素の薄い、細く、艶やかな手足。
中性的な整った顔。
どこかで、見知った顔。
「……………………」
それはこちらを見ることなく、雨の中に消えた。
地面を浮遊するように歩く様はまるで幽霊のようだった。
今見た光景を確認しようと村長を見ると本当に幽霊をみたように目を見開いている。
「あの、村長さん?」
「あ…………」
組み立て式の簡易椅子から村長が立ち上がった。
ぱくぱくと口を開閉させ何か言おうとしているが言葉になっていない。
例えば、『なんでここにいるんだ』とか『なにをしに来たんだ』とか言いたいのだと思われる。だが、最終的に出た言葉は一言だけだった。
「『先生』」
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