二人は食い入るように禁級魔含獣(オーリオルス)の頭上に悠然と佇む四つのシルエットを凝視する。
光の関係や角度のせいでやや不鮮明だが、それは一つの頭と二本の腕と二本の脚があり、目鼻と口たしいものが頭部にあり、服のようなものを着用している。サイズ感も丁度人間ほどの大きさであり、それを人間が乗っていると二人が判断したのは無理らしからぬことだった。
今、この星には楽園の下にしか人はいない筈だ。
だとすると普通なら彼らは楽園側の人間ということになるが、禁級魔含獣(オーリオルス)を生身の姿で従えているように見える彼らが自分たちと同じ人間なのかは甚だ疑問だ。
「聞くがヴァイス。楽園じゃ魔含獣を操る技術が開発されてるのか?」
「そのような計画もありましたが、早々に見切りをつけられた筈です。実現出来てもコストパフォーマンスが到底見合わないと。まして禁級魔含獣ともなると実質不可能です」
「じゃあ、あいつら何なんだ? 世界のどこかで生き延びていた旧人類の子孫かなんかか?」
「いるとは思えません。この星の汚染は本当に酷いんですから」
「だが目の前にいるあれはどう説明する」
「……これは、仮定の話ですが」
ヴァイスは自信なさげに語る。
「魔含獣は元々この世界が終末を迎えた際に辛うじて生き延びた生物たちが適応進化した存在です。だとすれば――楽園に辿り着けず、しかし滅びることもなく生き延びた人達がいたとすれば、同じような進化を遂げた可能性は否定できません」
恐らく限りなく低い可能性の話なのだろう。
しかも、確認する手段もない。
実りのない会話をしているうちに、禁級魔含獣たちがセフィロトに手を翳す。
第二楽園計画の周辺を覆っていた魔力の加護が消え、セフィロトが魔力を蓄えたシリンダー状のパーツを除いて崩壊していく。
数年間寝食を共にした第二の故郷が、今度こそ消えていく。
人は魔力の加護も楽園の加護もなしに生きていけるほど強くない。
本当に終わるのだな、と、擦れきった筈の心に幾何かの寂寥感を覚えた。
次の瞬間、閃光が――ただただ眩い光がひたすらに周囲を覆った。
不思議な事に、これほど眩いにも拘わらず目には何の違和感も覚えなかった。
やがて全ての光が収束したとき、そこには四柱の禁級魔含獣に囲われる、新しい巨大な光の獣がいた。
五体目の禁級魔含獣が、いた。
恐らくは計画によってかき集められた魔力を奪うことによって生まれたのだろう。その獣の頭に人は乗っておらず、怪獣としか呼びようのない凶悪な獣は巨大な口を開いて吠える。
『オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ッッッ!!!』
耳を劈く大轟声は大気を揺るがし、その音だけで生き残った僅かなリテイカーが耳と目から血を吹き出して昏倒し、遠くに離れていた二人さえ耳を押さえて歯を食いしばって耐えるほどに巨大な、産声だった。
と――巨大な禁級魔含獣五体の顔が一斉にシュバルトとヴァイスの方を向く。
その視線は、獣の上にいる人間も含めて全てこちらに向けられている。
「気付かれた……」
シュバルトの呆然とした声に、ヴァイスの顔面が蒼白になる。
禁級魔含獣たち全ての口が開き、そこに燐光が収束し始める。
それが禁級魔含獣による魔力照射攻撃の合図で、この攻撃を防ぐ歩兵用装備が存在せず、更に五つの照準に狙われたら避ける術もないことくらいは、素人にヴァイスにも理解できた。
シュバルトは自分が引き際を誤ったことを悟り、深いため息をつくとポーチから石を取り出す。ヴァイスがその石に目を丸くした。
「それ、クズ魔含石ですよね。灰色で一番安いやつ」
「そうだ」
「それを投げて餌に?」
「あのサイズ相手に通じるわけねえだろ」
「あの、じゃあスモークグレネードの方がマシじゃないですかね」
「距離が離れすぎだし数多すぎて効かねえよ」
「では、一体何の為に……?」
シュバルトは石を見て、ヴァイスを見て、もう一度石を見て、また大きなため息をついた。
「まだ帰り着いてないから俺は教官だ」
「は、はぁ」
「教官の指導はまだ有効だ」
「はぁ」
「これから見たことは俺の許可が無い限り絶対に他言無用だぞ。命令だ。同意できるか?」
「……え、ここから入れる保険があるんですか!?」
意図が飲み込めないとばかりに生返事していたヴァイスが色めき立つが、もう時間が無い。
「同意するのか? しないのか?」
「します!」
「よし、逃げるぞ」
シュバルトは石に意識を集中させる。
すると、シュバルトの足下に円形の光が瞬いた。
光はシュバルトとヴァイスを多うほど広く輝き、その縁の中に幾つもの見たこともない文字と図形を描き――魔法陣となって魔力が循環した。
「転移座標、竜脈接続。転移開始!!」
シュバルトは誰にも見せず、誰にも言っていなかった秘密があった。
それは、自分が恐らくこの世界に唯一の――『魔法使い』であることだ。
禁級魔含獣の魔力照射が一斉に発射されるのと、二人の姿が光に包まれて消えたのは、ほぼ同時だった。