前回に引き続いて、2020年僕的ベスト本ランキング5-1位の発表です。
YouTubeの方に動画も上がっているので、こちらもぜひ。
https://www.youtube.com/watch?v=ccWyp-CrMhk5位 劇場 / 又吉直樹
ピース・又吉直樹さんの小説二作目。
ちょうど昨年映画が公開になったので、そのタイミングで原作小説の方も読んでみました。
売れない劇団員がヒロインと出会い、小さな幸せを見つけるが、それが徐々に破綻していく。
人間の一筋縄ではいかない部分、言葉で上手く言い表せない感情・思考、そこから壊れていく人間関係やすれ違ってしまう想い。
少しずつ崩れていく幸せが、気付いたときには取り返しのつかないものになっているという、どこまでもやるせなくて、でもどうしようもなくリアルな物語でした。
現実は暗く、苦しく、出口の見えないものだけれど、そこに希望や幸福を見出していかなくてはいけないということを考えさせられました。
主人公がダメな奴で嫌な奴なのが愛おしく、共感してしまう部分も多かったです。
個人的に好きな一節がこちら。
親の仕送りで飲み会をひらき、道端で倒れている同世代の人間を僕は嫌悪していた。暗闇で男女が酒に酔いながら踊るような場所に通う奴、浮かれたように雑誌に載っている奴、それらはみんな、親の金を嘔吐に変えているしょうもない奴等であると思っていた。
僕自身、大学時代に同じようなことを思っていたので、こうして言語化されているのを読んですっきりする感覚がありました。
また、この物語は恋物語でもあるので、そういう視点で読んでも楽しめるかと思います。
特にヒロインがこのダメ男を甘やかす健気で可愛い女の子で、そんな子との幸せな時間が狂っていってしまう様子は読んでいてとてももどかしさを覚えてしまいました。
恋愛の難しさを又吉さんならではの描き方で丁寧に表現されているのも魅力の一つです。
実写の方もとても出来がよかったので、ぜひそちらと合わせて楽しんでいただければ。
4位 人間たちの話 / 柞刈湯葉
ユニークな話がまとめられたSF短編集。
どの作品も設定が面白く、一見すると単純なものだったり、よく見かける題材だったりするのですが、そこに作者ならではの捻りが加えられていてとてもいい味を出しています。
人間同士が互いに監視し合うディストピア世界を描いた『たのしい超監視社会』では、喜劇テイストでポップにまとめることで、人間の残酷さを乾いた味わいに仕上げています。
表題作『人間たちの話』は孤独な男が少年と出会い、家族というものを知る、というありふれた題材に対し、「火星の新生物」「生物の定義」といったSF要素を加えられていて、他の作品では感じたことのない物語の深みを体験できました。
特にここで語られる「生物の定義」に関する議論が発想としてとても面白かったです。
火星で見つけた新生物が科学的には生物として判断されるが、一見するとただの岩にしか見えない、というもので、最終的には多数決で生物であると認められてしまうという結末は何とも皮肉的で思わず笑みを浮かべてしまいました。
全体的な感想としては、ドライな感覚をユーモアに描くことで、ディストピア感やリアリティを演出するのが上手いという印象で、その温度感が絶妙な塩梅で調整されています。
また、逆にそのドライな感覚の奥に見える人間の温かさも表現されているので、単なる「滑稽な世界」以上のものが描かれていることで、より共感できる部分がありました。
短い物語だからこそ、発想の豊かさや舞台設定の巧さが際立っていたかなと思います。
3位 処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな / 葵遼太
こちらはかなりショッキングなタイトルですが、ニルバーナのフロントマンであるカート・コバーンの言葉から取っているそうです。
一言で言い表すと、「青春バンド物語」。
しかし、その中に切実なテーマが描かれています。
この物語では、ある登場人物の「死」が中心となって話が進んでいきます。
やはり死を描くというのは、物語を作る上で非常に難しいと思います。
死を組み込むことで、それが物語のためのものになってしまう。
いわゆる青春ものでは、この現象がよくあって、少し前に流行った携帯小説(不治の病にかかった恋人と最期の時を過ごす〜的な)などが揶揄されるのも、こういった部分が原因ではないでしょうか。
結局、お涙頂戴的な発想、感動させるための死で終わってしまっては、物語としては出来がいいとは言えません。
この作品はそこをとても丁寧に描いていて、あくまでも「物語のための死」ではなく、「死と向き合うための物語」として完成されています。
作者が伝えたいメッセージが明確で、しっかりと物語に落とし込まれているからこそ、それが読んでいて伝わってくるのだと思います。
一方で、キャラクター小説っぽい雰囲気なので、登場人物が個性的なのも楽しめます。
そしてその中で、キャラクターの関係性やそれぞれの想いが、物語の本筋ときちんとリンクしていて、「死」を描く上での根拠付けにも繋がっていることも、前述の物語の完成度を担保する一因になっています。
また登場人物を描く際には、当然ですが「強い部分」と「弱い部分」を描くことが必要です。
ところが、「弱い部分」を描きすぎることはそれこそお涙頂戴的なやらしさが出てきてしまうので、あえて「強い部分」「強がる部分」を描くことが重要になってきます。
そこのバランス感覚が非常に優れていることで、読者である僕たちが前を向ける、泣き笑いできるところまで物語を昇華しているというのがこの物語の良さであり、単なるキャラクター小説の枠には収まらない素晴らしい作品でした。
バンドものということもあり、バンドあるいは音楽の力を強く表現していて、自分も音楽を好む人間として共感するところも多くありました。
なので、特にバンド経験のある方にはぜひとも読んでいただきたい作品です。
最後に、個人的に好きな一節をご紹介します。
バンドってのは、組むもんじゃない。組まざるを得ないもんだ。音楽もそうだ。音楽をやらざるを得ない人種というのがいる。世の中には、そのタイプとそうじゃないタイプがいて、幸せなのは後者だ。だが、前者はクールだ。
2位 タイタン / 野﨑まど
僕が大好きな作家の一人・野﨑まどさんの最高傑作とも呼べる一冊。
こちらについては長々と動画で語っているので、ぜひそちらも見ていただければと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=B9v04qwgPYwAIを題材とした作品なのですが、AIというものの捉え方・描き方や人間がどう向き合っていくかという部分を独特な視点で丁寧に描いています。
この先、僕たちが実際に出会うかもしれない事態を予感させるもので、AIというものが今後どうなっていくのかを考える上でも面白い一冊でした。
SFとしての出来も素晴らしく、設定から結末まで完成された仕上がりになっている一方で、そこに人間ドラマとしての面白さが加わっているので、SFに造形のない人でも楽しめる作品になっています。
まさにSF初心者の方にこそ薦めたい作品で、きっとSFの面白さや楽しみ方を感じられるはずです。
1位 流浪の月 / 凪良ゆう
2020年の本屋大賞にも選ばれて、非常に話題になった作品ですが、今回この僕的大賞にも選ばせていただきました。
周囲から見える自分と、自分自身が見る自分。
他人を見る視線・視点が果たして正しいものなのか。
差別的な視点や自分本位な感覚が含まれているのではないか。
そういった問題提起を含んでいて、読んでいる中で自分に当てはめて考えることが多い作品でした。
正解のないテーマに対して真摯に向き合い、答えを求めていくということに挑戦していて、僕たちもこうした目を逸らしがちなことに向き合っていかなければならないということを強く感じさせられました。
この作品では、どの登場人物たちにも自分なりの正義があり、それに沿って動いています。
しかし、どうしても互いのそれがぶつかる瞬間があり、どちらが正解・不正解かということは一概には言えない。
ところが、普段の僕たちはそこを見過ごして、自分の正義こそが唯一の正義であると思い込んでしまっているのではないでしょうか。
本来はその相手側の正義というものの存在を理解した上で、人間関係を構築する、あるいは、言葉を発しなければなりません。
特に、このネット社会・SNS時代において、簡単に言葉を発信できるからこそ、一時の感情やごく狭い視野で意見を述べることは避けるべき恐ろしいことです。
知らない誰かの人生を変えてしまうこともあれば、自分自身の人生を歪めてしまうこともある。
それをできる限り避けるためには、「正義とは何か」という問題と向き合う必要があるのだと思います。
個人的には、この物語を読んで、そういったことを改めて感じさせられました。
この作品を一位に選んだのは、もちろん物語の面白さや語られたテーマなどが理由ではあります。
しかし、一番の理由は、「今年の本屋大賞にこの作品が選ばれた」という点です。
言ってしまえば、この作品は救いのない悲しい物語で、暗い題材で、決してポップで万人受けするようなものではない。
誰もが読んで、誰もが面白いと言うような作品ではありません。
どちらかと言うと、読んで嫌な気持ちになる、悲しい気持ちになる人が多いのではないかとすら思います。
にも関わらず、そういう作品を『本屋大賞』として大衆に向けて推薦するというのは、書店員さんたちの強い意志と、時代からの要求にこの物語が重なったことを感じました。
そういったこの本の意義も含めて、今回は一位として選ばさせていただいた次第です。
長々と語ってしまいましたが、以上が1〜10位の僕的ランキングになります。
どれも素晴らしい作品ばかりなので、ぜひ気になったものがあれば読んでいただければと思います。
では、2021年もより素晴らしい本との出会いを期待して。