アテクシです!
またの機会がさっそく、やって参りました!
歌詞引用はしませんので、原曲を聴いてね。
「BaBamBaBamBamBam、歯ぁ磨けよー!」
やると思ったよ、派遣のおじさん……
「クレージー(キャッツ)と前半のドリフ(荒井注脱退まで)は俺の青春なんだよー!
シムラ? 知らんね。ボーヤ(付き人)に居たかもしんないね」
と言うことで、本日のお題『Drifter』ですが、全員集合のドリフターズとは関係ありませんので心するように、特に派遣のおじさんは。
キリンジの名曲『Drifter』については、これまでにもいろんな方が解説していらっしゃいますが、 ”あなた”との愛を支えに過酷な現代社会を生き抜く決意をした僕の歌、という解釈が一般的みたいですね。
「そうなんだけども、弟さんの泰行さんの作詞ならば、それで間違っていないと思うんだけど、これ、高樹お兄さんの作詞作曲なんだよね」
それが何か?
「この曲の作られた経緯(いきさつ)についての記事を見たことがあるんだけど、泰行さん作詞の『エイリアンズ』のヒットを見て高樹お兄さんが作ったんだとか。
要するに2匹目のどじょう狙いだったらしい」
確かに詞の傾向は似ているようには感じますけど……
「上っ面だけを見ればそうだろう。
聴衆向けに厳選した語句が上手に散りばめられていて、曲構成の巧みさも相俟って実に心を揺さぶる出来になっているよね。
しかし、あの”毒&エロ”使いの名手、高樹お兄さんがこんな素直に”愛”を語るだけで済ますだろうか、というのが一つ目の違和感だな」
それはちょっと、高樹お兄さんに失礼では?
「いや、これはお兄さんの手腕を高く評価しているからこそ湧き上がってくる違和感なのだ。何かトリックがあるはずだ」
ミステリーっぽくなってきましたが……
「もう一つの違和感は、この曲の”あなた”だな」
”あなた”が側にいてくれるなら僕はどんな試練も厭わない、というのが主題ですね。
「しかし、この曲の”あなた”には実在感がまるでない。
例えば泰行さん作詞の『エイリアンズ』では”キミ”は眉を顰めたり、踊ったりする。
高樹お兄さん作詞の『まぶしがりや』でも”君”は目を閉じるし手をかざすし笑うし、『愛のCoda』でも”あなた”は何らかを探している、といったように実在する女性(おそらく)を感じることができるのだが……
まさかとは思いますが『Drifter』の”あなた”は”僕”の想像上の存在に過ぎないのではないでしょうか、その場合……(林先生談)」
また古いコピペを。
「林先生もご指摘されたように”僕”は心を病んでます。これ確実。
夜中にボトルの水ガブ飲みしてるのはアル中かもしれない、じゃなきゃ糖尿病か(これ冗談)
キリンジの複数の曲で鬱は仄めかされてるけど、この曲では珍しくも鬱に襲われる状況が明示されている。
以上を押さえた上で、『Drifter』を解釈しよう」
これから本編ですか?ずいぶん長い前置きでしたね。
「名曲だからね。下準備はしっかりと。
さて、この曲の肝は”ムーン・リバー”。
『ムーン・リバー』は映画『ティファニーで朝食を』の中でオードリー・ヘップバーンが歌っている曲だ」
アンディ・ウイリアムスが歌っているのは聞いたことがあります。
「他の人の解釈にも書かれてるけど、この中の”two drifters”というのが曲名『Drifter』のもとになっている。
つまり、『Drifter』は『ムーン・リバー』のオマージュであり、その世界観を多少なりとも引き継いだものと推測される」
映画の方は若い女性が金持ちのパトロンを探す話で、あんまり感心しませんでしたけど……
「今のパパ活だね。女性が自立して生きていくのは今も昔も厳しいものがあるということかね。
さて、『ムーン・リバー』だが、原曲は当然英語、俺流に意訳すると以下のようになる。( )は理解のための付け足しだ。
大月河 いつの日か粛々と渡らん
夢を与え心を挫く者(死) 何処までも追わん
(死と我)二人漂い 多く世界を巡る
辿り着くは同所 曲角で友敵(死)を待受けん
大月河と (渡る)我 」
なんか、へたくそな漢文読み下し調になってるんですけど。
「原文のイメージが良く感じられるでしょ、漢字だけに」
くだらん、百済だけに、と同レベルですね。
「ま、ともかく、結論から言うと、ムーン・リバーは三途の川だ。
ムーン・リバーを渡った先は死の世界。
死は常に人の傍(かたわ)らにあるが自ら人を襲うことはない。
人が死を求めて彷徨(さまよ)うのだ、人の方から死に近づくのだ。
そして渡河を果たすのだ。
と解釈した。
確かに、老衰や病気はもちろん、事故や災害の場合も、無意識のうちに死に近づいて行っちゃってるって言えなくもないかな。運命ってやつ?」
アメリカ人が”三途の川”ですかぁ~? オー、クレイジー!って言われちゃいますよ。
「細けーことはいいんだよ! ここからが『Drifter』の解釈だ。
ということで、頭がDrifterしちゃってる”僕”は、”あなた”すなわち死を求め彷徨う者である。
希死念慮かな? ”僕”は死が常に傍らにいることを感じたい。
いつでも死ねるという安心が欲しい。
死を身近に感じられる限り、世俗の海も三途の川を渡るような足取りで渡っちゃいますよ僕、というのが曲のまとめだね。
三途の川は生者には大河だが、死に行く者には一跨ぎの小川になるというからね。
”私たちは皆、死ぬために生きている。死はゴールであり、生きる希望でもある” という皮肉な現実を、高樹お兄さんは俺たちの眼前に突き付けているんだな」
えええ~、その解釈は絶対違うと思います。
「まぁ、見当違いの深読みかもしれない。
実際に高樹お兄さんがこの曲に込めた謎はこんな程度ではないのかもしれない。
芸術をはじめ、あらゆる分野での深い教養から、芸能界のモリアーティ教授と(俺に)称えられる高樹お兄さんだからね、俺らなんぞに真実は到底計り知れませんて……」
なに黄昏てんですか、そういう時こそ?
「アパッチ、コマンチ、サマランチ!」
なんですか、そりゃ?
「ドリフのギャグだよ。
サマランチはIOC(国際オリンピック委員会)の元会長だ」
”オラ、ウータント事務総長”、みたいなものですか?
「おお、なつかしい。よく知ってるね」
死んだ父が良く言ってました。
「ウ・タントは国連の元事務総長でビルマ(現ミャンマー)の人だ。
最初は ウ‐タントだったが、いじられ過ぎて、ウ・タントと表記されるようになったらしい。ウソだけど」
元気戻りましたね。
・
いや~、今回は長かったー。さすがは名曲の解釈。お付き合い、ありがとうございました。
これでまずは一段落、ネタが集まりましたら、また参ります。
それまで皆様、お元気でー。
「BaBamBaBamBamBam、風邪ひくなよー!」
「BaBamBaBamBamBam、また来週ー!」
……しばらくないよ(#^ω^)
アテクシ
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