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読書メモ53

『マニ教』講談社選書メチエ485 青木 健∥著(講談社)2010/11

おもしろかったです。
地上から消え失せたはずの数々の資料発見・発掘から写本解読の天才ヘニンクを始めとする研究者たちの活躍と研究史から話を起こし、そこから明らかになった教祖の生涯と思想、教義の成立と布教、各地域における活動と飛躍、与えた影響とその終焉まで。ドキュメンタリー番組のような構成で楽しく読めました。

〈他の宗教の場合には、最初に突出した宗教的求心力を持った教祖が現れ、教祖没後に何世代もかけて才能ある信徒によって少しずつ教義や教団組織が整備されていくのが常である。これに対してマーニー教は、マーニー・ハイイェーが六〇年ほどの生涯のうちに教義と教団組織を完璧に組織してしまい、しかも念の入ったことにはそれを逐一文字に書き記し、自分で綺麗に絵画表現まで加えて製本した。その上、念には念を入れたようで、マーニーは自ら使徒を任命し、地中海世界から中央アジアまでどのように布教するべきかを事細かに書簡で命じる始末であった。〉(p22)

と「人工の宗教」「書物の宗教」などとされるマーニー教(近代ヨーロッパで呼称された「マニ」と日本でも表記されるが、本文中では原文に近い「マーニー」と表記)。
マーニーが編み上げた宇宙論と人間誕生神話(悪魔たちを幽閉するために「生ける精神ミフル神」が宇宙を創造、人間の肉体は光の要素を閉じ込める檻として悪魔の性交によって産み出された。よって生殖を断ち切って子孫を残さないことが人類最大の義務)が壮大に中二で、知識人たちが食い付いたっていうのがまた。

東西へと流布していく過程と、隆盛と弾圧が繰り返される教団史そのものが面白く(庇護者の死や国家の消滅、女性を差別しなかった点が儒教を嫌っていた則天武后に受け入れられた、なぜか遊牧ウイグル人王国で優遇された、など時機や歴史の潮目的な要因が多くて)、3~4世紀の西アジアの歴史的背景がこれまた面白そうで、オリエント学にぐぐっと引き寄せられちゃいました。



『アルタイの片隅で』李 娟∥著 河崎 みゆき∥訳(インターブックス)2021/09

アルタイ地区の遊牧民向けに雑貨店を営む著者家族の実体験を描いた散文集。てっきり小説の体裁になってるのかと思ったらがっつりエッセイ風でした。

〈これらの作品は二〇〇四年頃に書き上げたもので、一九九八年から二〇〇三年頃の生活の様子を描いたものです。その内容は私の一冊目の散文集『九篇雪』の続編であり、かつ同様に文章を書く練習のための作品です。もし本にして出版する必要があるとするなら、おそらくそこに描かれたこれらの自分の体験した遊牧地域の生活風景のおかげで、それらを記録した人があまりいないからでしょう。〉

と、著者による序文にあったおかげで、フツウならば早々にギブアップしちゃう読みにくさでしたがどうにか乗り切りました。謙虚さって大事だなーと思ったり思わなかったり。

過酷な自然環境に住居環境、想像もつかない出来事の数々。ハートフルかと思いきや至ってドライなエピソードの数々。ぴんとこない表現の数々。感性の違いといえばそうだし、体験がすべてといえばそうだし。
読書するとき、子どもは主人公になりきる、大人は自分の経験と重ね合わせながら読む、っていいますけど、その重ね合わさる部分がまったくないので(あったと思っても少しズレていたり)うまく咀嚼できない的な。序盤のうさぎのエピソードからしてなんともいえない気持ちになりました。
おもしろいおもしろくないではなくて、とりあえず、読んでよかったと思える一冊ではありました。



『天山の巫女ソニン5 大地の翼』菅野 雪虫∥作(講談社)2009/06

このシリーズを読んでいると、人の心がいかに流されやすく移ろいやすいものであるかをまざまざ感じます。

〈戦の決定権を持つのは、もちろん王族や権力者と呼ばれる人々ですが、それを支持し、命令以上に相手を攻めたりするのは、こうした普通の人々なのではないかとソニンは思いました。特に自分たちのふだんの憂さ晴らしをするように、江南の悪口を言って盛り上がる酔狂を見て、「ああいうのって、なんか嫌だね」
と、ソニンはミンに言ったことがありました。
「うん。あたしもそう思う。巨山のヤツだから嫌いだとか、江南だからダメとかさ。一人ひとりは、みんな違うじゃん」
「そうだよ。その国に行って、そこの人に会ってみたらわかるよ」〉(p13)

〈「俺みたいに罪人を取り締まる人間はよく言うんだ。『まあ、七割だから仕方がない』って。人間のうち七割は流されやすいってことさ。まわりの動きや噂や、自分の欲にさ」〉(p239)
〈「三割の人間はさ、どんなにひどい状況になったって、そう悪事に手を染めたりはしないもんだ。いわゆる『自分が許さない』ってやつさ。でも七割の人間は違う。状況や環境次第なんだよ。どんな王さまが上に立つかで、ずいぶん変わるもんだ」
「法と刑罰で抑えられるってこと?」
 イルギは首を振りました。
「王さまによって、罪を犯さないでもすむような世の中をつくれるってことだよ」
 ようするに、どれだけ差別と貧困によって苦しむ子どもをなくせるかということなのだ、とイルギは言いました。〉(p241)

この七割の法則、いろいろな場面に当てはまりそうです。

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