『「今昔物語」いまむかし』野口武彦(文藝春秋)
今昔物語集に限らず説話集の紹介入門本って単に項目分けして、こんな話があります、こんな話がありますって並べ立ててるだけって印象があります。けど、この本は元々オール読物の連載エッセイだっただけあって面白いです。説話の知識ゼロの人にもお薦めです。話の時代背景や史実についてもさらっときっちり説明してくれてる。
富裕層が更に成り上がるために利用した「出挙」、子どもが死にそうになっていようがドライにならざるを得なかった「触穢」など、平安時代を知る上でのポイントを押さえてくれてます。
そして何といってもツボだったのは、今昔物語の醍醐味である作者のツッコミをきっちり紹介してくれてるところです!
今昔といえば書き出しの「今は昔」ですけど、各お話の結語である「となむ語り伝えたるとや」の方が大事なのですよ、皆さん。今昔作者のそのお話に対する感想というか教訓みたいなもので結ばれるのですが、この教訓が、え……と目が点になっちゃうものばかりで面白いのです。
例えば上田秋成が『雨月物語』で情緒たっぷりにアレンジした「浅茅が宿」の原話(七年も妻を置き去りにしてた無責任男が戻ってきて励むお話)でも、共寝した妻は実は幽霊だったのかと「もののあはれ」でしんみりする『雨月物語』版に対してオリジナルはとってもリアル。朝、自分が抱いていたミイラ死体に驚いて逃げ出した男へのツッコミがすごい。「こんなこともあるのだから昔の女と会うときはよく調査してから行った方がよい」。
ええー、そりゃ仰るとおりだけども、妻をほったらかしにして死なせてしまったサイテー夫へのツッコミがそっちー? みたいな。
『伊勢物語』の「露と答へて」で抒情的な物語になってる在原業平のあのお話(さらって逃げた女性を鬼に食べられちゃう)も、今昔作者のツッコミは「知らない場所へは決して立ち寄るべきでない。まして宿るなどとんでもない」なのですよ。ほんと、そっち……? です。
こういった平安時代庶民のドライな感性にクローズアップしてるところが良いです。
それと是非、紹介しておきたいのは『今昔物語』中で白眉といわれる巻二十九第三話「人に知られぬ女盗人の語」の解説が素晴らしいのです。女が男装して同棲相手の男をビシビシ打ち叩くシーンに「SMか!」ときっちり突っ込んだうえで、いやいやこれはねってきちんと解説してくれます。プレイの一環のように流されがちな竈の土を呑ませる行為についても治療だと解説してくれてます。ポイント高しです。
この「人に知られぬ女盗人の語」は素晴らしい出来のお話なので知らない方はぜひ読んでみてください。とってもイマジネーションそそられます。私は源頼信・頼義父子の「闇の絵巻」の方が好きですけどね~(手前味噌)
「法華縁起譚」というジャンルのお話に対して「神々の複雑多様なヒエラルキー、下っぱの神々の悲哀を読み取りたい」と紹介されてるのも面白いです。
『今昔』ではなく『宇治拾遺物語』なのですけど、比叡山の貧しい僧が鞍馬寺の毘沙門天から清水の観音様、そして賀茂神社へとたらいまわしにされる話、面白いです。「神々はたがいに責任をなすり合う」って本書では説明されてるのですけど、私には「どうぞどうぞ」してるみたいに感じられて微笑ましいです。結局、貧しい僧は賀茂の神様から、お米と紙が無限に出てくる長櫃をもらえてヨカッタネーという。私は好きなお話です。
というふうに、説話文学初心者にお薦めの一冊です。冒頭の著者の言葉が良かったので引用します。
「古典は常に読者の現代に照らされ、また読者の《現在地》へ光を投げ返す。」