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「さよなら花畑」 初期稿

連載中の「ショートショートのなる木(https://kakuyomu.jp/works/16817330654849646944 )」を更新しました。
さよなら花畑の初期稿「花畑ロック」です。2018年3月に書いていたもので、昔書いたものでそのまま投稿できるものは改行したり誤字脱字の修正をしたりといった感じですが、これは怪文書解読でした。
でも怪文書レベルはまだ☆2くらいです。よくある傍観者主人公のはずがこいつは中二病すぎる。たぶんサイコパス診断の結果を他人に話してマウントとるタイプ。

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「ねぇ」
 と、その女は言った。「ごめんね」とも。
 俺は何も言わない。
 女もそれ以上何も言わなかった。
 段々と体から力が抜けていき、ついに動かなくなった。
 やせ細って棒のような手足とやたらに化粧が濃いたるんだ顔はもう動かない。
 その様子をじっと見て、人が死ぬ瞬間ってこうなんだな、と俺は一人で納得する。
 特に思い入れのない、欠片の情すら俺にはない。
 生前の女に頼まれていた通り、俺は山に深い穴を掘って埋めてやる。
 この山は私有地で、この山の所有者が俺の親父だ。
 代々何とはなしに持ってる山で、祖父さんの代で廃品回収もどきの小遣い稼ぎをした際にできたゴミ畑がある。女を埋めるのはその近くだ。
 女を穴に放り投げ、上から土を被せる。
 あまりの重労働で明後日が憂鬱だ。
 三十も近くなった頃には筋肉痛は時間をあけてやってくるようになった。
 土の色が一か所だけ違うのだが、なんとはなしに寂しい墓だと思う。
 可哀想に思い、俺はゴミ山を眺めて女の上に電子レンジとテレビをいくつか重ねてやった。最後に弦の切れたギターを添えてやった。ロックスターの墓みたいでとても笑える。
 はあ、と息がもれる。
 気が向いたらここに花でも植えてやろうか。
 何だかすっとした気分だ。
 久しぶりに運動したので今日はよく眠れるだろう。





 女と出会ったのは休日の深夜だった。
 夏の暑い日だった。
 最近、よく眠れないのだ。気候のせいもあるだろう。
 俺は常連しかいないやる気のない居酒屋でちまちま枝豆を食っていた。そこに女がやってきた。
 女は馴れ馴れしく俺の横に座った。
「ねぇ、私の事覚えてる?」
「あんたみたいな年増しらないよ」
「そうね、小さかったからね」
 誰かと勘違いしている事は明白であった。
 ボケているんだろうと俺は刺激しないように、生半可な返事しかしなかったが女は嬉しそうだった。
 女は酒を頼んだ。
 酔えば酔うほどに、泣き喚く。
 最終的に店主に追い出された。ついでに知り合いだと思われた俺もだ。
 ここで見放して女が万が一、暴行されたなんてことになったりなんだしたら俺はこの居酒屋の連中から流れた噂によってさぞ居づらい思いをすることになる。
 女の容姿と年齢を考えるとほとんど心配はないと思うが、近くに気が触れた馬鹿がいないとも限らない。
「家どこだよ」
「こっちに家はないの」
「じゃあホテルか?」
「違う違う。私ここに死にに来たのよ」
 死にに? 何とも馬鹿げたことに俺は巻き込まれたのではないだろうか。
 ろれつが回らない女の言う事だ。
 真面目に取り合うこともないだろう。
「なんでもいい。場所を言え」
「E山」
「私有地だ」
「いいの! 私はそこにいくの!」
 駄々っ子のような女を俺は車に乗せた。ゲロでも吐いたら車から引きずり降ろして山の上だろうが置き去りにしてやろうと思っている。
 女は山につくまでの間に、自身の生い立ちを語る。
 数年前に記憶障害になり、今は治療中であるということ。
 しかし治療の成果は芳しくないという。
 記憶障害は元は記憶喪失であり、記憶が戻ったと思ったらそれは自分の記憶ではなかったらしい。
「誰の記憶なんだ?」
「あなたの母親」
 俺は三十過ぎだし女は多分四十かそのくらいだろう。
「俺の母ちゃんはピンピンしてるぞ。大体あんたいくつだよ」
「四十二」
 これ以上妄言に付き合うのも疲れる。俺は運転に集中しているふりをして女の言う事を無視することにした。ただBGM代わりに聞いていてはやる。
 会えてよかったという女はまた記憶障害について語った。
 自分だと思っているのが別人だといわれとても混乱し、記憶の場所をようやく探し当て実在することを突き止めたらしい。
 しかし女自身にも子供がいた。まだ中学生だという。
 中学生という時期にこんな母親を見せられないと少しはずれにアパートを借り別居状態。
 そんな子供を放っておいて戻った記憶の場所が分かったなら知っている人もいるはずだと、ふと入った居酒屋に俺がいたらしい。
 迷惑な話である。
 記憶にある俺は幼少期までだったが、すぐに分かったという。
 でも女は、確かに自分の産んだ子供がいるし俺にもキチンと母親がいる。そのことが分かっていて自分の居場所がないと死に場所にE山を選んだという。
「E山にゴミがたくさんある場所があるでしょう。私が死んだらそこに埋めてね」
「なんで知ってんだよ」
「小さい頃、あなたそこで遊ぶのが好きだったじゃない。危ないって言っても聞かないで」
「……」
 そんな事実はない。
 俺はここで生まれたわけではない。隣の県から親の仕事の都合で小学生の頃に引っ越してきたのだ。そして山で遊び始めたのは中学生からだ。
 やはりこの女は気がどうかしているんだな、俺はにこやかに話す女を忌々し気に睨みつけた。
 車から降り、ゴミを越えた向こうに女は歩いていく。
「ここに埋めてちょうだいね」
 女の手首にはびっしりと横線が入っていた。
 正直気持ち悪い。
「あなたが本当にいてとてもうれしかった」
 そう言うと女はだんだんと手首の切れ込みを深くしていく。太い血管まで達したのか血はどんどんと出てくる。女もどんどん深く深くどこまでも行こうとしている。
 俺は先ほどまで女を馬鹿にしていた、今も馬鹿にしているが、それでも覚悟を決めた人間というのはここまで迷いがないものかと感心していた。
 それに免じて俺は一言地面に顔をつけた女に声を掛けた。
「じゃあな。母ちゃん」
 女はゆっくりと俺を見た。
 口がぶるぶると震えているが、口角が上がっていた。


  終。

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