十三夜は9月13日から14日にかけての慣習だということで、本日はおっさん版の『十三夜』となります。トマト畑と同様に月見と団子の話ですが……金毛和牛は出てきません。
時系列としては第二章「渦中の街 イナカーン」に当たります。まだ第一章をお読みでない方はご注意くださいませ。
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「あら? スーシーも……十三夜のお団子作りかしら?」
そう言いながら、イナカーンの街にある孤児院の調理場に入ってきたのは、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルだった。
神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトはどこか既視感《デジャヴュ》があるなと思いつつも、
「お団子? 違うわ。今は子供たちのお夕飯の仕込みをやっているの」
「おじ様ではなく……貴女がわざわざ?」
「そうよ。そもそも、義父《とう》さんは『初心者の森』で山菜を採取しているはずだわ。子供たちに食べさせる為にね。それに食事当番の年長組の子もいるけど、今は私が街に滞在しているから代わりにやってあげているってわけ」
ティナは「ふうん」と生返事した。
道理で街にリンム・ゼロガードがいなかったわけだ。今度こそ料理が得意なリンムに手取り足取り教わりながら団子作りをしたかった。最後にティナの聖衣の胸もとを肌蹴て、豊満なお団子を見せつけてから、「何なら……私も食べていいのですよ。うふふ」と締め括ればいいと考えていたが……早々にその計画は破綻してしまったようだ。
「仕方ありませんわ。ねえ、スーシー。この調理場を借りてもいいかしら?」
「女司祭マリア様に許可を得ているなら構わないけど……何だかこのやり取り、前にもした記憶があるわね」
「そうね。あのときは失敗してしまったけど、私は学習したわ!」
「へえ。それはそれはよろしゅうございました。当然、私はティナの手伝いをしないわよ。あと、味見はきちんとすることね」
前回、バレンタインのときにはティナの愚行に釣られて、料理の仕込みを失敗してしまったとあって、今回はスーシーもさすがに無視しようと決め込んだ。
もっとも、ティナは「ふふん」と腕を組んで、どこか自信たっぷりだ。
そんなタイミングで調理場に人がぞろぞろと入ってきた――まずはダークエルフの錬成士チャルだ。この時点でスーシーは嫌な予感しかしなかった。
「では、今回こそよろしくお願いします。チャル先生《・・》」
「うむ。聖女ティナよ。私に任せよ。団子なぞ、錬成以前の問題だ。私の薬師《・・》としての力量を見せつけてやろうぞ」
当初は無視しようと決め込んでいたスーシーだったが、さすがにその台詞は気に掛かった。
というのも、薬師が作る団子といったら毒《・》団子と相場が決まっているからだ。もちろん、それより小さな丸薬だって作れるだろうが、このイナカーン地方では農作物を荒らす獣害対策として薬師が毒団子をよく精製した。
とりあえず、孤児院の子供たちは畑仕事を手伝って、全員が外に出ているからいいものの、はてさて味見はどうするつもりなのかと思っていたら――
「一応、依頼《クエスト》だから来てやったけどよ……」
「これって……どうせまた|殺しに《・・・》かかってくる料理を食べさせられるパターンじゃないっスか?」
「おいおい、ちょっと待てよ。聖女様の美味しい手料理が食べられるって聞いたから俺は来たんだぜ? 殺されるってどういうこったよ?」
例によってDランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツとフン・ゴールデンフィッシュに加えて、今回はそんな二人に唆されたのか、盗賊の頭領ことゲスデス・キンカスキーまで仲良く付いてきていた。
まあ、あの三人が倒れるなら構わないかと、スーシーはそこで「ほっ」として自らの調理に戻った。
すると、チャルがティナ同様に自信たっぷりに言い放ってみせる。
「それでは、毒《・》団子を精製する!」
スーシーは大鍋で煮込みをしていたものの、「ぶほっ」と噴き出した。
それは味見の三人も同様だったようで、当然のように三者三様に悪態をつき始めた――
「おいおい、毒って堂々と言いやがったぜ」
「それでも、こないだの即死チョコよりはマシな気がするっス」
「テメエら……やっぱ知ってやがったな。てか、団子なんて小麦粉を練りゃあいいだけだろ。何なら、俺がやって――」
というところで、ティナが三人を片手で制した。
「お待ちください、皆様。たしかに最初は毒団子かもしれません。しかしながら、私は法国の誇る第七聖女。毒団子なぞ、私にかかれば一発で清らかな聖団子に変えてみせます!」
スーシーも含めて四人は「ほう」と息をついた。
なるほど。最初はあえて毒団子を作っておきながら、最後に法術で毒を浄化するわけか。そうすればたしかに毒は消えて、美味しいかどうかはさておき、聖なる団子に様変わりするに違いない……
「さあ、ティナよ。毒団子を幾つも精製してやったぞ!」
「ありがとうございます、チャル先生! それではいきます! このティナ――毒をもって毒を制してみせます!」
そこで四人は「ん?」と、一斉に首を傾げた。
今、この頭のおかしな聖女はたしかに「毒をもって」と言ったよなと。いったい法術による浄化はどこにいったんだ、とも。
もちろん、ティナはこれまで一言も法術を使うとはいっていなかった。実際に、ティナはよりにもよって呪詞《・・》を唱え始めたのだ――何とまあ最上級の闇魔術だ。
なぜ法術に特化したはずの聖女が闇系をここまで見事に扱えるのかはとりあえず置いておくとして、何にせよこの時点で、スグデス、フンにゲスデスは青ざめるしかなかった。呪詞が宙で六陣の円を描くと、毒団子が浮かび上がって円内で魔紋を刻まれて、明らかに異様な雰囲気を漂わせてきたからだ。
スーシーに至っては、せっかく仕込んでいる大鍋に呪詞がもやとなって張り付かないようにと、わざわざ聖盾を取り出して守っている有り様だ……
そんな四人を尻目にティナはさらに謡ってのけた。
「エロエロエッサイム、エロエロエッサイム――私は求め、訴えたり!」
直後、ぼふん、という怪しげな音と共に。
料理台にはぽろんと、やや不格好な丸い団子が落ちてきた。チャルはそれを見て、すぐさまティナに血の入った瓶詰めを手渡す。
「さあ、あとはこれをかけるだけだ。きれいなピンク色になるだろう」
またどこぞの野獣の血反吐か!
と、スーシーはそろそろツッコミを入れたかったが、無視しようと決め込んでいた以上、何も言い出せなかった。そもそも、大鍋に付着したもやを除くのに精いっぱいだった。
だが、これまた意外なことにティナはどことなく不満げだ……
「師匠……どうやら失敗のようです。私は丸型ではなく、思いのたけをたっぷりと込めたハート型のお団子を作っておじ様にお渡ししたかったのです」
「喝っ!」
突然、ダークエルフのチャルは怒鳴った。
「聖女ティナよ。団子がなぜ丸いか知っているか?」
「…………」
ティナには答えられなかった。
当然だろう。一応はこれでも侯爵家子女でもあるので庶民の食べ物に詳しいはずがない。
一方で、「そりゃあ単純に丸めているからだろ」とか、「丸い方が作りやすいっスよね」とか、「ハートの団子って何考えてんだ……この聖女《あばずれ》」とかと、例によって味見役の三人は口を挟んだわけだが、そんな言葉を無視してダークエルフのチャルは堂々と言ってのけた。
「それは――団子が月の形をしているからだ」
スーシーも含めてその場にいた全員が「ほう」と、納得した表情を浮かべた。
本日、唯一まともな話を聞いたような気がして、若干、心が洗われたような気になったのは秘密だ。
が。
チャルはさらに言い切った――
「月とは神代語にてルナというらしい。そのルナにはルナティックなど派生語があって、精神に異常をきたすという意味があったそうだ」
「なるほど、チャル先生! つまり、おじ様を狂わすほどに団子に呪詛を練り込んで、もっと闇夜に浮かぶ妖しい月のようにしてみせろということですね!」
違う! と、スーシーは叫びたかったが、これからティナが放つであろう闇魔術から大鍋を守るので精いっぱいだった。
「さあ、聖女ティナよ。その思いのたけを術式にして、この魔法陣をさらに狂気に染めるのだ」
「はい! 先生!」
とはいえ、毒見役の三人はさすがに冷静だった――
「おいおい、こいつら……味見役のオレらの前で堂々とヤバいこと言ってやがるぜ」
「とりあえず、状態・精神異常耐性の装備を一式持って来て良かったっスね、スグデス兄貴」
「ちょい待てや……テメエら、何も持ってきてない俺の前でしれっと耐性防具を身に着け始めるんじゃねーよ。俺だけ犠牲にするつもりかよ。ふざんけんなよ!」
何にしても、その後に出来上がった狂気の団子を味見したことによって、スグデスたち三人はかなりパーになってしまったわけだが――その日の晩、山菜採りから帰ってきたリンムが子供たちと食卓を共にして、開口一番、
「今日の食事当番もたしかスーシーだったよな? やはり腕がなまったのか? 何だか……味がちぐはぐな感じがするぞ?」
と、鋭い指摘をしてきた。
当然のことながら、大鍋を聖盾で守りながらろくな仕込みなど出来るはずもなく、スーシーとしては反省しきりだったし、その一方でティナはというと、来年こそはきちんとおじ様を狂わせたいと意気込みを新たにしたのだった。
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全体的に限定近況SSの『血反吐のバレンタイン』(23年2月20日投稿)と対になる作品となっています。その為、半年経ったこともあって同作品の限定を解除しています。よろしければそちらもご覧くださいませ。