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『トマト畑』非限定SS「じじさんぽ」

ついに8月30日(水)に第二巻発売! ということで、記念特別SSとなります。

時系列としてはWEB版の第二章、また書籍第二巻の途中の出来事となります。

※非限定近況SSとは…本来はサポーター様限定公開のSSのうち、前後半、あるいは序中終盤のように数編に分かれていて、その最初の一編だけ公開したものになります。ただし、今回は新刊発売記念ということで、誰でも読めるようにしています。


―――――


 巴《は》術士ジージは御年百二十歳を超える王国の魔術師協会の重鎮で、若い時分には勇者パーティーにも参加して戦った王国最強の一角だ。

 第五魔王こと奈落王アバドンの封印後にパーティーを退いてからはこっち、王族の魔術指南役を半世紀以上にも渡って務めてきた。もっとも、現王とは反りが合わなかったのか、今では引退して、王都の外れの古塔にこもって余生を送る日々だったが――

「どうかお願いいたします。今回、新たに結成される聖女パーティーにご参加いただけませんか?」

 そんなふうに王都にいた弟子たちが次々と頭を下げてきた。

 当然、ジージは頭を縦には振らなかったものの、翌日には武門貴族と旧門貴族の当主たちが土産持参でひっきりなしに訪ねてきた。

 さらには魔術師協会の同僚たちや冒険者ギルドのギルドマスターまでやって来て、「魔女モタがやらかした」と、まるで師匠であるジージに非があるかのように言ってきて、しかもギルマスに至っては「モタのせいでおむつを履いて生活している有り様だ!」とまで泣きつかれたこともあって、

「ええい! 五月蠅《うるさ》いわい!」

 と、ジージもさすがに堪忍袋の緒が切れた。

 もっとも、ジージはやんちゃな弟子だったモタのことを、実のところ、ひ孫のようにこっそり可愛がっていたので、

「戦うかどうかは現地で決める。それまではせいぜい付き添い程度しかせんぞ」

 結局、押し切られる格好となって、聖女パーティーに加わることになった。

 そんないざこざから半月以上も過ぎて――今やジージは北の魔族領こと第六魔王国に入って、魔王城手前の街道沿いにいつの間にか出来ていた温泉宿泊施設に到着した。

「少し散歩に出かけてくる」

 ジージは温泉宿の入口で第二聖女クリーンにそう伝えて、魔王城へと向かった。

 ただ、魔王城自体にはしっかりと封印がかけられて、全く視認出来なくなっていた。その分、ふもとに広がるトマト畑がよく目立つ……

「はてさて……この地はこれほどに畑ばかりじゃったかのう」

 ずいぶんと昔、ダークエルフの最長老ことドルイドのヌフを勇者パーティーにスカウトする為に『迷いの森』に立ち寄った際に、魔王城のすぐそばまで来たことがあったので、ジージは「うーむ」と、当時の様子を思い出そうと顎鬚に手をやった。

 ちょうどそのときだ。

「む?」

 ジージをじっと見つめる視線に気づいた。

 トマト畑からだ。しかも、畝に掘られた一本道こと塹壕から一匹のヤモリが這い出てきた。

「キュイ?」

 その鳴き声だけでジージの片頬に冷や汗がたらりと過ぎた。

 古の時代よりも遥か以前――神話時代の伝承の中に、土竜ゴライアスとその眷族にまつわる話があったことを思い出した。曰く、この世界の全ての大地を創造した神獣こそ、その眷族たちなのだ、と。

 ジージの目つきは険しくなった……

 勝つのは難しいだろう。良くて引き分け……いや、最善はむしろ逃げるべきか……

 ただし、それは相手が一匹だけのときだ。ジージの冷や汗はついに顎鬚も濡らしていた――

 そう。このトマト畑にはそんな神獣たちが無数にいるのだ。しかも、ヤモリだけではない。イモリにコウモリまでいる。畦道にいる、かかしらしきモノが可愛く見えてくるくらいだ。

「やれやれ……わしもついに年貢の納めどきかの」

 ジージはさすがに最期を覚悟した。

 とはいえ、出てきたヤモリの目もどういう訳かうるうると濡れていた。そのつぶらな瞳がジージに何かを訴えかけてくる。

「キューイ?」

 刹那、ジージは「もしや?」と首を傾げた。

「わしに何か……手伝えとでもいうのか?」
「キュイ!」
「じゃが、お前さんらに出来ぬことがわしにやれるとは到底思えんぞ」

 すると、ヤモリも、イモリも、コウモリやかかしまでも、皆が一斉にトマト畑からさらに進んだ先にある岩山のふもとに視線をやった。

 そこには――なぜか巨大な魔法陣が浮かんで、暴発寸前という有り様だった。

「…………」

 ジージはすぐさまガックリトホホと項垂《うなだ》れた。

 というのも、ジージはその魔法陣をよく知っていたからだ。

 未熟で独特な術式も……それを構築しているいい加減な術者のことも……まだ視認すらしていないというのに脳裏にありありと浮かんできた。

「……モタのやつか」

 さすがにヤモリたちはジージに非があるような視線こそ向けてこなかったものの、今回ばかりはジージも「ええい、五月蠅いわい」とは言えなかった。

 しかも、コウモリが一羽、パタパタとやって来て、さながら前払いの報酬といったふうに真祖トマトを一つだけ渡してくる。

「わしに……何とかしろということかね?」
「キュ!」

 ジージは「はあ」とため息をついた。

 ここまで聖女パーティーのおもりをこなしてきたわけだが……まさか魔王城付近まで来て弟子の尻拭いまでさせられるとは……

「分かったわい。こうなったら、あの不肖の弟子に引導を渡してくれるわ」

 こうしてジージはもらった真祖トマトをがぶりとかじって、足早に歩き始めた――

 後年、ここで知己を得たヤモリたちにジージが逆にお願いをして、この大陸のいたるところに神《セロ》を称える為の様々な建設物を設けることになるなど、当然のことながら肩を怒らせて歩いているジージはまだ知る由もなかった。


―――――


話としては、「第84話 理解(魔女サイド:08)」のサイドストーリーになります。

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