『トマト畑』と同様に、こちらも何だかどこかで聞いたようなタイトルですが、とにもかくにも七夕を扱った話になります。
時系列としては第二章「渦中の街 イナカーン」に当たります。まだ第一章をお読みでない方はご注意くださいませ。
※非限定近況SSとは…本来はサポーター様限定公開のSSのうち、前後半、あるいは序中終盤のように数編に分かれていて、その最初の一編だけ公開したものになります。ただし、今回は限定近況SSの宣伝もかねているので、全ての読者に公開しております。この一話で完結した掌編です。
――――――
「あら、スーシーちゃん。いらっしゃい」
「ええ。こんにちは、パイ姉さん。頼まれていたものを持ってきたわよ」
「ありがとう。助かるわ。じゃあ、私はすぐに|セコンド《・・・・》に戻らないといけないから……まあ、勝手知ったる我が家だと思うけど、ゆっくりしていってね」
イナカーンの街の冒険者ギルドの受付嬢パイ・トレランスは神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトから七夕竹の笹を受け取ると、それを孤児院の前庭に飾った。
すぐさま子供たちがわらわらと集まってきて、願いを書いた短冊を笹に吊るしていく。
今日は『七夕』の星祭り――王国では一般的に夫婦喧嘩《・・・・》の日とされている。一年に一回、この日だけは徹底的にやり合って、夫婦の間に溜まりにたまった膿を出し切り、最終的にはこれまで以上の仲になろうというイベントに当たる。
もちろん、この星祭りは夫婦、もしくは恋人たちだけに留まらない。
実際に、ここ教会付きの孤児院では、子供たちの喧嘩大会となっている。要は、この日だけは男の子と女の子に分かれて盛大に争っても、女司祭マリア・プリエステスにげんこつを喰らわないわけだ。
「よっしゃ。今だ。せめろー!」
「かくよくの陣をしきなさい! 男どもをおびき入れるわよ!」
「ちょ! 待って! それはずりーって! たんま、たんま! トイレタイム! お前ら、便所に逃げこむぞー!」
「えんがちょー。はい、切ったあ! 男子トイレもやきうちよー!」
おかげで子供たちはというと、食事と祈りの時間以外は日ごろの鬱憤を晴らすべく、喧嘩をしまくってはすぐ仲直りを繰り返しているわけだが――
そんな他愛のない合戦も夕方となって、そろそろ終わりを迎えようとしていた。喧嘩の|トリ《・・》をつとめるのは年少組のリーダーの女の子クインビと、いつもクインビに怒られては反抗しがちなプランクによる一戦である。
孤児院の前庭には土俵《・・》に似た円を描いた場所があって、つまるところ、その円から出たら負けのいわゆるスモウ・レスリングルールだ。もちろん、ぐーやぱーなどで叩く、あるいは蹴るのはルール違反で、あくまでも押し出すだけの単純な戦いだが、二人とも年少組とあって体格差はほとんどない。
しかも、この一戦の勝者となった方の願いが優先的に実現されるとあって、クインビも、プランクも、いわば女の子や男の子の代表として土俵に立っている格好だ。
「いいか、プランク。よく聞け」
すると、土俵際で|セコンド《・・・・》を務めるリンム・ゼロガードがプランクに耳打ちした。
「クインビは素早い。土俵内で駆け回られたら敵わない」
「うっせ、おじさん。ぼくの方が早いって!」
「よく聞け。お前が一度でもクインビの魔の手から逃げられたことがあったか?」
「……ぐっ」
「大事なのは構え。そして、退かぬ心だ」
「ど、どういうこと?」
「カウンターによる一閃。それで決めろ。わざとクインビを土俵際まで誘い込むんだ。お前ならば出来る」
「分かった……おじさんを信じるよ!」
「よし。その心意気だ」
そんなふうにリンムが熱心にアドバイスを送っている一方で、反対側ではこちらもセコンドのパイが「ふう」と小さく息をついた。
「さあ。どうするの、クインビ?」
「ねえ。パイ姉さん?」
「なあに?」
「今年はわざと負けてあげてもいいかなって思っているの」
「あら。それは……なぜかしら?」
「プランクってば、こないだ勝手に『初心者の森』に行って、皆にすんごく迷惑かけちゃったでしょ」
「ええ。そうね」
「あれからあの子……ちょっと自信喪失気味なのよね。何だか空回りばかりしちゃって。たまに見ていられないのよ」
それを聞いて、パイはクインビの頭をやさしく撫でてあげた。まだまだ子供だと思っていたが、どうやら良いお姉さんになったようだ。これなら孤児院も安泰だなとパイは考えて、ぽんとクインビの背中を押してあげた。
「分かったわ。他の子たちには私から説明しておいてあげる。だから、心置きなく貴女のベストを尽くしてきなさい」
「うん!」
逆に、そんなクインビに相対するプランクはというと――
「いいか、プランク! 機会を逃すな! ワンチャンだぞ!」
「おうよ! リンムおじさん。ぜってーにあんなやつ、けちょんけちょんに倒してやるぜ!」
いやはや、この頃合いの子供たちは女の子の方がよほど大人びているというが……結局のところ、男というのは子供でもおっさんでもあまり変わらないのかもしれない……
それはさておき、肝心の勝負はというと始まるや否や、しばらくの間、止まってしまった。
というのも、女司祭マリアの「発揮揚々《はっきよい》!」の掛け声の直後、プランクが土俵際に後退してどっしりと構えたからだ。これにはセコンドのリンムも「あちゃー」と、額に片手をやった。
カウンターとは相手を誘い込むからこそ効果があって、こんなふうに堂々と待ち構えていてはクインビに警戒されるだけだ。とはいえ、どしんと構えたことで、クインビの素早さに翻弄されずに済んだのはかえって良かったかなと、リンムも考え直した。
その一方で、クインビは「んー」と眉をひそめた。わざと負けてあげようと思っていたが、プランクの意図が見え見えでかえってやりづらくなってしまったのだ。
そんなこんなで二人の睨み合いは数分も続いた――
が。
女司祭マリアの「残った!」という掛け声と同時に、
「いくわよ、プランク!」
「こいや! クインビ!」
クインビは全速力でもってプランクにぶつかりにいった。
プランクがカウンターによる叩き落としを狙っているとみて、わざと転んで負けようと考えたのだ。
が。
「え? は、速い!」
プランクはクインビの予想以上の速さに驚いてしまった。
しかも、低い姿勢でプランクの脇に突っ込んできたクインビをそのままかわせば簡単に勝てたのに――判断が遅れて、クインビの腕を取ってしまったのだ。
結果、それが仇となって――ぶんっ、と。プランクはクインビを放り投げる格好になってしまった。
その勢いのままに宙に飛ばされて、上手く受け身も取れずに、土俵の外に投げつけられて背中を強《したた》かに打ちつけたクインビはというと、
「う、ええ、えええええん」
泣き出してしまった。
プランクは「やった!」と勝利を味わうのも束の間、ガチで泣かせてしまったことを申し訳なく感じて、すぐにクインビのもとに駆け寄った。何だかんだで仲の良い二人なのである。
当然、リンムも「大丈夫か?」と駆けつけようとしたが、ふいに肩を掴まれた――パイだ。すぐそばにはスーシーまでいた。そのスーシーがパイに、次いで女司祭マリアにやれやれと視線をやってから、「これは……プランクの完敗みたいね」と呟いた。
「いやいや、プランクの勝ちに決まっているだろう?」
リンムがそう抗議するも、三人の女性は頭を横に振って同時に言った。
「決まり手は――泣き落とし《・・・・・》かしら」
すると、おろおろとするプランクをしり目に、クインビはちらりとパイたちに目をやって、いかにも得意げに「てへ」といったふうにちらりと舌を出したのだ。
いやはや、子供であっても女の子はいつだって|強か《・・》だ。ちなみに、これから数年後に二人が孤児院から旅立って、仲の良い夫婦の冒険者として七夕の日を幾つも迎えることになるのだが……
結局のところ、プランクはずっとクインビには勝てずにその尻に敷かれ続けたらしい。
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なぜ七夕が夫婦喧嘩の日になったのかについては、『トマト畑』の近況限定SS「決戦の金曜日」に記されています。要は、本土で醸成された星祭りがこちらに変容して伝わったわけですね。
ちなみに、「大事なのは構え。そして、退かぬ心だ」――この名言はゲーム『ビーナス&ブレーブス』からの引用です。次の限定SSは『夏休み』をテーマにしたもので、八月に予定しています。