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『トマト畑』非限定SS 「恵みの雨」

時系列としてはWEB版の第一章、また書籍第一巻の後の話になります。ただ、やや細かいネタ的には第二章や第二巻分も含みますので、その旨ご了承ください。

※非限定近況SSとは…本来はサポーター限定公開のSSのうち、前後半、あるいは序中終盤のように数編に分かれていて、その最初の一編だけ公開したものになります。ただし、今回は限定近況SSの宣伝もかねているので、全ての読者に公開しております。この一話で完結した掌編です。


―――――


「うーん」

 と、セロは魔王城二階のバルコニーから外を眺めていた。

 今はちょうど昼食をいただいたばかりで、天気はあいにくの雨だ。ダークエルフの双子の付き人ドゥが柄《え》の長い葉っぱの傘を「ういちょ」と背伸びして差してくれているので、濡れることがなくて助かるものの、セロの表情はというと曇天同様にどこか晴れない……

 そんな様子のセロが気になったのか、ドゥがぼそりとこぼした。

「どうしたのですか、セロ様?」

 だが、セロはまた「うーん」と息をつくばかりだ。

 ドゥは小首を傾げるしかなかったが……まあ、セロの態度も致し方ないことかもしれない……

 というのも、雨がざあ、ざあと、降っているのだ――そう、雨だ。もちろん、ただの雨ではない。|血の《・・》雨だ。おかげでセロの視界は見事に真っ赤に染まっている。

 セロからすれば、ここは北の魔族領こと第六魔王国であって、住み慣れた人族の土地ではないのだから、気候の変化に|少しは《・・・》注意しないといけないかもしれないなと考えていたわけだが、

「うーん」

 三度《みたび》、セロは息をついた。

 さすがに血の雨がこんなに降ってくるとは思っていなかった……

 たしかに魔族領に来てから、「可笑しいな」と思ったことは幾度もあった。たとえば、魔王城で夜な夜な「あーっ」という絶叫がどこからか聞こえてきたりとか、最近はやけに地震が多くて……城ごと宙に浮かんでいるような不思議な感覚に襲われたりとか……

 まあ、他にも挙げれば切りがないのだが、何にしても血の雨は想定外だった。

 とはいえ、ここはもともと吸血鬼が知《し》ろしめす領土だ。吸血鬼といえば、その種族特性は『血の多形術』ということもあって、ルーシーもこないだセロに「血溜まりがほしい」と甘えてきたばかりだし、こんなふうに空から血が降ってきてもおかしくはないのかなと、セロとしても納得するしかなかった。

「ねえ、ドゥ?」
「なんでしょうか?」
「北の魔族領では、血の雨って普通に降ってくるものなのかな?」
「いえ」

 ドゥの答えにセロは「ん?」と首を傾げた。

「普通じゃないの?」
「はい」
「じゃあ、ドゥも初めての経験?」
「いえ」
「どういうこと?」
「んー。めったにふりません」
「なるほど。そういうことか。頻度の問題だとすると……じゃあ、一年のうちに数日とか?」
「いえ」

 ドゥはそれだけ答えてから、「むう」と頭を横に傾げた。いかにも、ぽく、ぽく、ぽくと、シンキングタイムの音が聞こえてきそうな雰囲気で、セロははらはらと見守った。すると、ちーん、という音がどこからともなく鳴った。

「ふったのは四年前です」
「なるほど。数年に一度ってところか。何か理由でもあるのかな?」

 セロの問いかけに対して、ドゥは「むー」と、くしゃくしゃの渋い顔つきになった。

 これはどうやらろくに知らなそうだなと、ドゥとの付き合いから察することが出来るようになったセロは「じゃあ、ルーシーを呼んできてくれるかな」と頼んだ。ドゥから葉っぱの傘を受け取って、それからほんの数分後――

「いったい、どうしたのだ。セロよ?」

 やけにうっきうきなルーシーが現れた。よりにもよって全身血塗れだ。

 もっとも、この姿はセロも想定していた。というのも、バルコニーにいても聞こえてきたのだ。「うっほほーい」とか、「ひゃっはー」とか、「世界よ! 血に染まるのじゃあああ!」とかと、魔王城正門前あたりから発せられる嬌声《・・》が――

「ええと、ルーシーに聞きたいんだけど?」
「うむ」
「この雨って……もしかしてルーシーが降らしている?」

 セロは素直にそう問いかけた。

 というのも、以前、ルーシーが人造人間《フランケンシュタイン》エメスと戦ったときに、水と闇魔術の複合術式たる『|血の雨《ブラッドレイン》』を使っていたからだ。

 もっとも、ルーシーはすぐに眉をひそめると、

「何を言っているのだ、セロよ。妾《わらわ》がこれほどの雨を降らせられるわけなかろう?」
「あ、やっぱり」

 質問をしておきながらセロも、「そんなはずないよなあ」とは思っていたのだ……

 実際に、『天候形成《ウェザーフォーミング》』は最高位の法術に当たる。雨乞いをしたり、台風や大雪を避けたりする為に人族は長い時間をかけて術式を改良して、天気を操作出来るほどに至った。もちろん、それほどの法術を扱えるのは、王国でも教皇や聖女ぐらいしかいない――

「そもそも、『血の雨』はあくまでも局所的な術式で、何より妾の血を必要とする。幾ら魔族が不死性を有しているとはいっても、こんなふうに降らせたら妾はあっという間に干からびてしまうぞ」

 ルーシーがいかにも「やれやれ」と肩をすくめてみせると、セロも「そりゃあそうだよね」と小さく息をついた。

「でも、おかしいんだよなあ」
「何がだ、セロよ」
「王国にいたとき、第六魔王国では血の雨が降っているなんて話は一度も耳にしなかった。勇者パーティーで出征するときも、そんな報告は上がってこなかったはずだよ。吸血鬼の国でこんなふうに降られたら、勇者パーティーだってあっという間に壊滅しかねないはずなのに」

 そんなセロの疑問に対して、今度はルーシーの付き人ことダークエルフの双子ディンが答えた。

「セロ様。この雨は『迷いの森』までは届いておりません」
「え? そうなの?」
「はい。視界が血しぶきなどで赤く染まるので分かりづらかったと思いますが、あくまでも魔王城周辺――つまり、迷いの森の入口付近では止んでいます」
「へえ。それじゃあ、局所的なゲリラ豪雨みたいなものってことなのかな?」
「そういうことになります」

 セロは「ふうん」と肯いた。

 同時に、これはいよいよおかしいぞとも考えた。明らかに異常現象だ。ともあれ、何が原因となっているのか調べる為にも、セロはさらにルーシーに質問を重ねることにした。

「この血の雨って……いつ止むのかな?」

 セロがそう尋ねると、ルーシーは顎に手をやって、「ふむん」と息をついてから、

「一日で止むはずだぞ」
「あ、そうなんだ。いつもは夜までに上がっているってこと?」

 すると、ルーシーはしれっと答えた。

「もちろんだ。そういう約束だからな」
「え? 約束?」
「その通りだ。遥か昔、およそ古《いにしえ》の時代に母上と土竜ゴライアス様が交わした約束事だ」
「…………」

 あの土竜……この血の雨といい……血反吐といい……本当にろくなことしないな、と。

 セロは拳をギュっと握り締めて、色々と文句を言いたくなってきたが、ルーシーがさらに説明を加えてくれたので耳を傾けることにした。

「かつて母上がゴライアス様と対峙して認められたときにこの血の雨を求めたらしい。ほら、セロだってもらっていただろう?」
「ああ。|欠けた牙《ペンダント》のこと?」
「そうだ。ゴライアス様はそれと認めた者に相応しいものをお下賜くださる。事実、母上が魔王として認められたときには、この北の魔族領にもいまだ幾人もの強力な魔王が立っていたらしい。人造人間エメスが良い例だな」
「なるほどね。それで血の雨を降らせて、吸血鬼にとって有利な地形効果にしたってわけか」
「うむ。母が言うには、昔はもっと頻繁に降ってきたようだが、第六魔王としての治世が安定すると、しだいに間隔も長くなっていったようだ」

 セロは「ふむふむ」と肯いた。これでだいたいのことは分かってきた。

 要は、ゴライアス様に「もうセロの治世になったのだから血の雨は必要ないですよ」と伝えて、今後は降らせなければいいわけだ。そうと決まれば、早速、地底湖にでも赴こうかと、セロの足が岩山へと向かった――その瞬間だ。

「セロよ」

 ルーシーが何だか甘ったるい声音をかけてきた。

「もしかして……妾の為にもっと降らせてほしいと、お願いしにいくつもりなのか?」
「……はい?」
「すでに牙の首飾りをいただいているのだ。さらにもう一つ欲するとなると、相当な修羅場になるやもしれんぞ」
「……は、はい」
「それでも行ってくれるのか。さすがは妾の認めた魔王だ」
「はい」

 セロの胸にルーシーがしな垂れかかってきたので、セロは血涙を流すしかなかった。

 何にしても、こうして第六魔王国では毎年この時季になると、血の雨がそこそこ長い間、降るようになったという。もっとも、その血が実はセロの流したものだったと知る者は少ない……

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