基本的に限定近況SSは季節のネタに合わせて書いているのですが、『梅雨』となるとなかなかネタが浮かばずに苦労しました。
そもそも、リンムたちが住んでいる大陸に梅雨前線があるかどうかも微妙なところですし……とにもかくにも、本稿はSSと銘打っているわりには三編に分けてお届けします。ちょっとした短編ですね。中盤は7月1日(土)、終盤は7月8日(土)に投稿予定です。
なお、この話は『おっさん』の第77話「勘違い」のワンシーンから入りますので、まだお読みでない方はそちらからお願いいたします。
※非限定近況SSとは…サポーター限定公開のSSのうち、前後半、あるいは序中終盤のように数編に分かれていて、その最初の一編だけ公開したものになります。次話からは限定公開となりますので、その旨ご了承くださいませ。
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神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトは聖盾を構えながら、媚薬を飲んで淫獣と化した法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルと対峙した。
「貴女とこんなふうに対峙するのは――法国の神学校以来ね。さあ、来なさい。ティナ! 決着をつけてあげるわ!」
「がおおおおお!」
このとき、不思議なことに二人の脳裏には全く同じ記憶が過っていた。それは法国の神学校に通っていた時分、王国のとある地方に祭祀祭礼の手伝いで赴いたときの出来事だった。
王国西の牧歌的な草原地帯をぱかぱかと三台の馬車に乗り分けながら、その女司祭一行はとある広場に向かっていた。
当時、法国の神学校の騎士課程に留学していたスーシー・フォーサイトも、ティナ・セプタオラクルも、その馬車に同乗していたわけだが、さすがにまだ若い神学生ということもあってか扱いが雑で、二人して縮こまるようにして幌《ほろ》の張った荷台に座っていた。
「もう! 何でこんな狭い場所にぎゅうぎゅう詰めなのですか!」
もとはセプタオラクル侯爵家の子女なので、まるで使用人みたいなぞんざいな扱いにティナはぷんすかと下唇を突き出した。そんなティナに対して、スーシーは「はあ」とため息をつく。
「仕方ないじゃない。神殿の騎士を本格的に動員したら物々しくなるから、まだ見習いの私たちに声が掛かったわけだし……それにこうして久しぶりに王国に帰郷するのも良いバケーションになるって貴女も同意したわけでしょう?」
「それは、まあ、そうなんですけど……普通、馬車に乗るのはせいぜい二人か、三人ですわよ」
そう言って、ティナはぐるりと馬車の荷台を見渡した。
そこには神官服を纏った女学生たちばかり、二十人ほどが詰めていた。扱いが使用人並みというならばまだしも、これでは人身売買される奴隷の体《てい》だ。もっとも、スーシーはいかにもやれやれといったふうに頭を横に振ってみせる。
「貴女が貴族出身だからそういうふうに感じるだけよ。平民の馬車旅なんて、混んでいるときはこんなものだって」
「はあ……私は一生、平民になれない気がしますわ」
「ならなければいいじゃない。実家に戻れば婚約者を見繕ってもらえるんでしょ?」
「それだけは絶対に嫌です。そもそも、私よりも弱い男性なんて御免被ります。少なくとも、貴女ぐらいの力がなければ、私は結ばれるつもりなど毛頭ありませんわ」
ティナがきっぱりと断言すると、周囲の女学生が「ひゅう」と囃し立てた。
「なになに? ティナからスーシーへの愛の告白ってやつ?」
「あらやだ。スーシーは競争相手が多いわよ。何せ同性から見ても格好良いものね」
「こないだも聖女様の守護騎士候補になったばかりでしょう? まだ見習いの立場なのに前代未聞だって、もっぱらの噂じゃない」
「こりゃあ、ティナには高嶺の花よねー」
そんな声に、皆が「ねえー」と返してきた。
あまりにぎゅうぎゅう詰めのせいか、一人がちょっかいをかけると、全員がすぐに反応する始末だ。
そもそも、普段は神学校で禁欲的かつ幾つもの作法に則って生活していることもあって、今は普通の女の子らしく、ちょっとした小話でも盛り上がる。
全員が神学生とはいっても、ティナみたいに婚約者をぐーで殴るような訳ありの貴族子女だったり、あるいはスーシーみたいに長じてから貴族の養子になった者に箔をつける為だったりと、決して敬虔な淑女ばかりが集まっているわけではないので、こうなると最早、女子校の修学旅行みたいなものだ……
とはいえ、話題の中心となってしまったティナは両頬を膨らませて、「もう! うるさいですわ!」と、皆を牽制すると、
「そもそも、騎士課の私たちがなぜ神官服なぞ着させられているのですか?」
そう言って、さらに「暑苦しいったら、ありゃしませんわ」と文句を連ねた。
普段、騎士課の女学生は全員、冒険者風の軽鎧を纏って学生生活を送っている。ただ、軽鎧とはいっても全て白銀で統一された、大神殿郡の聖印の入った立派なもので、その一方で神官服はむしろ司祭課や学士課の制服であって、法国の天空都市での祭祀祭礼でも身に着けることは滅多にない。
そういう意味では、この馬車に乗っている女学生は今回の小旅行、もとい任務《・・》の為に箪笥《ドレッサー》の奥から引っ張り出してきた者たちばかりで、肝心の神官服に折り目がついたままの者も多い。
かくいうティナもその一人だし、貴族子女ということもあってか、洗濯もプレスも一人ではろくに出来ないので、よろよろの神官服を纏っている始末だ……
すると、スーシーが諭すように落ち着いた口ぶりで応じた。
「なぜ神官服を着ているのかということなら、私たちが騎士見習いだと分からないようにする為よ。事前にそう説明があったじゃない」
同時に、また周囲の女学生たちが囃し立てた――
「そのとき、ティナはぐーすか居眠りしてたものね」
「説明していた司祭様を前にしてもバレないんだから凄い特技だわ」
「そもそも、両目を開けながら眠れるスキルを持っているのなんてティナぐらいのものよ」
「でも、それって……たしか斥候系か何かのマイナースキルなんだよね? どうやってそんなもの取得出来たの?」
この頃からすでにティナはスーシーに何としてでも勝つ為に、ありとあらゆる戦闘基本職のスキルを漁って、それらを|無駄に《・・・》身に着けてきたわけだが……
何にしても、スーシーはもう一度だけティナに説明してあげた。
「これから向かうウシカーダ地方の村々は毎年、豊作を祈願して法国から司祭様を招いて儀式を執り行っているの。ただ、昨年の儀式で司祭様がちょっとしたミスをしてしまって……それで村人たちから反感を買ったのよ」
それがなぜ神官服を纏う理由になるのかは分からなかったが、ティナは「ふうん」と肯くと、
「だから、今年は聖女候補筆頭とされている女司祭のエルンスト様がこんな辺鄙なところまでわざわざ赴いているってわけなのね?」
「そういうこと。けど、昨年の因縁もあって何が起こるか分からないから、エルンスト様の警備を厚くしておきたい……その一方で、神殿の騎士を増員すると村人たちの不審を募らせかねない」
「なるほどね。それで私たち、騎士課の神学生が神官を装って警備に当たる、と」
スーシーは「その通りよ。警護に失敗は許されないわ」と応じて、周囲の女学生たちを見やった。
この馬車に同乗しているのは全員が騎士課ということもあって、スーシーの言葉に「ごくり」と唾を飲み込んだ。そんな女学生たちの中には当然、今回が初任務という者たちもいる……
騎士課の成績ではスーシーが群を抜いていて、次席にティナが続いているので、皆からすればこの二人こそがリーダーだった。スーシーは天才肌なのに真面目でしっかり者、逆にティナは力の入れ方がどこに向かっているのか分からないものの努力家で大雑把な性格――
ちょっとしたでこぼこコンビではあったが、それがかえって良いと皆も認めていた。
そんなタイミングで馬車がゆるりと速度を緩めて、ついにはごと、ごと、と停止した。幌の覗《のぞ》き窓から外の様子を確認した女学生がスーシーにこくりと肯きをやると、当のスーシーはリーダーらしく声を張り上げた。
「全員、起立! 衣服を確認!」
その呼び掛けに全員が復唱する。
「衣服確認、よし!」
「では、順に二列で下車準備!」
「下車準備、よし!」
「さあ、行くわよ。けど、緊張する必要はないわ。私たちは祭祀祭礼を見守るだけ。あとは司祭のエルンスト様がしっかりとやってくださるわ。そのことを忘れないように」
こうして神官服を纏ったスーシーとティナはウシカーダ地方の雨乞いの儀式に向かったのだった。
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懐かしい名づけが出てきました。ムラヤダ水郷は「俺《おら》こんな村いやだ」からきているわけですが、今回のウシカーダ地方も、「東京で牛飼うだ」からきています。久しぶりにIKZOLOGICでも聞いて、テンション上げていきます。