こんにちは、あしわらんです。
『放課後に咲く躑躅』が、短歌コンテスト週間ランキング総合1位になりました。
コンテスト締め切るなら今でしょ!今! (; ・`д・´)و 間違いないっ
御礼 ヽ(´▽`)/ 別冊短歌なども読んでいただいて感謝感激です!
★ Thank You! さいとう みさき 様
三国洋田 様
あきこ 様
蜂蜜ひみつ 様
月見トモ 様
藤かをる 様
【短歌】放課後に咲く躑躅
https://kakuyomu.jp/works/16817330658916188247★ Thank You! さいとう みさき 様
真朱 様
短歌ってこれでええんか?【物書きあるあるの候】
https://kakuyomu.jp/works/16817330658213782639★ Thank You! さいとう みさき 様
蒼田様
復顔師は骨に筋肉を問う
https://kakuyomu.jp/works/16817330654316119888 * * *
この先、涙腺弱い方はハンカチのご用意を。
そして、長話なのでご無理はなさらず。
今日、カドカワの短歌コンテストで1位になったよって、父にメールしました。
「たぶんお母さんに言ったら喜ぶのではないかと思う」
そんな一言を付け加えて。
わたしは今年に入るまでの8年間、母と不仲でした。不仲というより、わたしが一方的に怒って、憤慨して、嫌いになったのです。
わたしは普段、怒りとか嫌だっていう感覚にとても鈍いので、めったに怒ったり人を嫌いになったりしないのですが、あるとき母に対してとてつもなく怒って、一生許せる気がしませんでした。
きっかけは今となってはよく思い出せないのです。たしか、それまで知らなかった真実を知って、信じていた母親像が崩壊した、そんなようなことだったと思います。それ以上思い出そうとしても、仕事、金銭感覚、嘘だった、みたいなキーワードしか思い浮かばない。でも、母に失望して父に離婚を勧めたのは覚えています。
電話は着拒。たまに届く手紙は目を通したら即ゴミ箱へ。
一応目を通すのは、一度、クリスマス前に届いた手紙に、〇月△日にクリスマスプレゼントを届けに行きますと書いてあったから。わたしはそれを読んだ瞬間、急いで子供たちを車に乗せて旦那さんの実家に避難しました。帰ってきた時、家の門の前に、子供たちに宛てた大きなクリスマスプレゼントの箱が置いてあったのを見つけました。
3年前、祖父の葬儀で5年ぶりに顔を合わせた時も、わたしはまだ怒っていました。なんて根深い感情だろうと自分でも呆れるくらいでした。
それが氷解を始めたのは今年。母が六十五を過ぎてフルタイム勤務に就職した、という手紙を読んだ時。その時、自分が望むのとは別に、母を許し始めました。氷解するのを拒んでも、解けていくものは解けていく。そんな感じでした。
今年、子供たちの進級前、父と会う時8年ぶりに母も同席して食事しました。その席で、また父に相談もなしに妙な中古車を買ったという話を聞いて、わたしは呆れて、そういう時は事前に相談しなよって言ってるじゃん、と言いました。
8年経ってまともに交わした会話がそれというのも、母が昔と何も変わっていない証のような気がしましたが、人はそんなに簡単に変われるものではないんだなっていうことを8年かかって学んだような気がします。
その食事会の帰りに、もらっても微妙~なお土産をいくつか母に渡されたのですが、その中に母の所属する俳句会の小冊子が4冊(も)入っていました。あと、ホームベーカリーで焼いた食パン。
正直俳句にはまったく興味がなくて、母のこともまだ許せるとか許せないの間をぐらぐらしていたせいで、結局ちゃんと読まなかった酷い娘なのですが。
短歌コンテストで2位になった時、もし1位になれたら母に知らせたいと思いました。
もし1位になれたら、母はずっと冷酷だったわたしのことを怒らずに、すごいじゃんと手を叩いて喜んでくれるだろうと思ったのです。
今日、短歌で総合1位になって、父にメールしました。
たぶん父から母にこのことが伝わるだろうと思います。
8月に実家に顔を出します。