少し前に小説家になろうさんで頂いた感想にお返しで書いた話です。学年一の美少女は〜の話。もしよろしければ、お暇潰しに。
和臣、初めての総能本部。
和臣8歳の話。
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「和臣、本当に兄ちゃんと一緒に行かなくていいのか?」
朝から約10回目の質問に、これまた約10回目の答えを返した。
「後から行く。1人で待ってるのやだ」
明日の昼、俺は総能本部へ挨拶に行くことになっている。ただ、今日の夜から兄と父は会議らしく、俺は1晩1人で待つくらいなら京都まで1人で行くことを選んだ。
「確かに待ち時間が長くなるが.......お前、1人で来れるのか? 本当に?」
「大丈夫だよ。車で送ってくれるんでしょ? それに俺もう子供じゃないし。俺も清ちゃんの兄ちゃんだよ」
小さな妹は、びっくりするぐらい可愛い。正直、もう少し見ていたいから時間ギリギリまで家に居たいのもある。
「.......本部じゃ携帯使えないぞ? 1人で迷子になったらどうするんだ?」
「案内してくれる人いるって言ったじゃん」
兄はまだ納得していないようで、ジュースを買ってやるから一緒に来ないか、と聞いてくる。確かに魅力的な提案だが、妹に俺の名前を教える事の方が重要だ。そろそろ喋るかもしれない。1番に俺の名前を話してほしい。
「和臣、本当に大丈夫か?」
「大丈夫」
兄は最後まで一緒に行こうと言っていた。それも断り、車に乗って京都へ行った兄を見送って、さっさと妹の所へと走った。寝ている妹の耳元で、「和臣お兄ちゃん」と呟き続けていると、姉がやって来て引き剥がされた。無念。
「和臣、本当に1人で行くの?」
晩ごはんを姉と2人で食べていると、姉までも同じ質問をしてきた。
「うん。姉ちゃん、魚もうやだ」
「半分は食べな。.......お姉ちゃん、ついて行ってあげたいけど.......」
「いい。姉ちゃん忙しいし、車乗ってれば着くって言ってた」
魚目の前のをどうにかして半分に出来ないものか。肉に変わってくれればすぐなのだが。
「和臣、我慢しなくていいよ。朝の新幹線なら、お姉ちゃん一緒に行ってあげられるかもしれない」
「え!? これ食べなくていいの!?」
「違うわよ。明日の話」
違うのか。困った。このままでは一生食卓から離れられない。
「.......我慢、しなくていいよ」
姉が箸を置いて、小さな声で言った。
「し、してないよ!」
また姉が泣くんじゃないかと思って、慌てて魚を口に入れた。急いで飲み込んで、姉の横に行って顔をのぞき込む。
「姉ちゃんごめんね、大丈夫.......?」
姉はいきなり両手で俺の頬を挟んだ。そのまま、ふっと笑う。
「.......大丈夫に決まってるでしょ。和臣、絶対車の運転手さんと総能の人についてくのよ。それ以外の人は絶対にダメだからね」
「うん」
「帰りは父さん達と一緒だからね。頑張ってきな」
「うん」
姉は俺が魚を残さなかったことを褒めて、さっさとお風呂に入って寝な、と言って妹がいる部屋へ行った。姉は最近ずっとそこで勉強をしていた。
そして。
俺は姉に言われた通り、運転手さんに京都へ連れて行ってもらった。というか寝ていたらついた。なんだ案外簡単じゃん、と思って、運転手さんに手を振って総能本部へ入ろうとして。
「.......あれ?」
どこから入るのだろうか。兄が、大きい門がある、と言っていたので、大きい門を探す。
恐ろしいことが起きた。
見つけた門が全部閉まっているのだ。
なぜ。俺今日呼ばれたのに。なんで。
やっと見つけた開いている門は、家の門より小さく、どちらかと言うと扉だった。もしかして兄は小さい門と言っていたっけ。なんだかそんな気がする。さあ、中に入るぞと足を踏み出した時。
「こちらからはお入りいただけません」
「ひっ」
白い着物の女の人が、門の真ん中に立っていた。
「こちらは管理部専用の裏口になります。総能本部へお越しの方は、正門をご利用ください」
「ご、ごめんなさい.......」
「失礼致します」
女の人は、ぼんっと消えてしまった。さあ、困った。ただ、俺には秘策がある。
この間学校の友達に迷路の必勝法を教えてもらったのだ。なんと、壁に手をついて歩けばいいだけらしい。
俺は総能本部の塀に手をついて、歩き出した。
それからどれくらいの門で女の人に、「正門をご利用ください」と言われたのかは謎だか、やっとびっくりするほど大きな門の前に辿り着いた。白い女の人は出てこなかったので、ここから入ってもいいのだろう。
中に入れば、案内してくれる人がいるらしい。これでやっと兄と父に会える、そう思って。
「.......兄ちゃんどこ.......」
知らない庭の池の前で、1人泣いていた。妹の前じゃないから許して欲しい。
だってさっきから誰も人がいないし、ここはどこか分からないし、建物にはどうやって入ればいいのか分からない。一生出られないかもしれない。どうしよう、どうしよう母さん。
「.......」
涙を拭いて建物の方へと歩いてみても、窓は全て閉まっているので入れない。
「.......ん?」
何故かある窓の前に、ピンク色のバケツが置いてあった。中をのぞけば、ぎっしりどんぐりが詰まっていた。
「わぁ、全部丸いやつだ!」
山で見つけるのに苦労する、細長いやつではない丸っこいどんぐりばかりだった。本当は、どんぐりが欲しいと言えば山が好きなだけくれるが、自分で探すから楽しいのだ。ふと顔を上げて。
「.......あれ、窓開いてる」
バケツの目の前の窓は、少し開いていて隙間が出来ていた。助かった、これで兄ちゃんに会える。
窓を開けて、廊下へ上がって父達が待っている部屋へ向かう。父が、奥にある、襖が他と違うところだ、と言っていたので、他とは違う襖を探す。
恐ろしいことが起きた。
襖が全部同じなのだ。
しかも延々と続くような長い廊下と、怖いぐらいに多い襖の数。本当に怖くなって、1つの襖をそっと開けてみた。中には謎の大皿が飾ってあって、余計怖くなってすぐ閉めた。
「.......ひぃん」
自分の足音と鼻をすする音ばかりが響く長い廊下を進む。
「あっ!! あった!! あった!!」
他とは違う襖があった。やった、父さんがいる。やった、帰れる。やった。
「父さん! 兄ちゃん帰ろ!」
ばぢんっと、襖を開けた。何やら内側から貼ってあった札が剥がれたが、俺は今日呼ばれているのだから大丈夫だろう。開けて見せろみたいな感じかもしれない。
「.......」
部屋の中には、父も兄もいなかった。部屋の中には、札だらけで横たわる1人の大人がいた。裏切られた気分だった。
「違う、違うじゃんかぁ.......兄ちゃぁん.......」
襖に剥がれた札をはりなおして、また廊下を歩き出した。怖い。変なもの見た気がする。嗚咽が止まらなかった。
「あぁぁぁ.......父さぁん.......」
気がつけば何故かまた外に出ていて、大きな蔵の前で泣いていた。もう夕方で、本気で悲しくて泣いていた。泣きすぎて吐きそうだし、お腹は空いたしで最悪だった。
「そうか。すぐ迎えを呼ぼう」
下を向いていた視界に、真っ白な足が写った。ばっと顔を上げる。
「.......?」
もう目の前には、誰もいなかった。辺りを見回しても、やはり誰もいなかった。しばらくぼうっとしていると。
「和臣!」
「いたか!」
バタバタと走ってくる兄と父がいた。引っ込んでいた涙が戻ってくる。
「父さん! 兄ちゃん!! おそぉおい!!」
「悪かった!」
そのあと2人が何やら話していたが、泣きすぎて一切聞いていなかった。そのあといつの間にか寝ていて、気がついたら家だった。
その後俺は1度も本部には呼ばれなくなり、父と兄が青い顔で手紙を書いていた。俺も名前を書かされたが、落ち込んでいたはずの2人は、次の日はめちゃくちゃに俺に甘かった。
姉はいつも通り厳しかった。