• 現代ファンタジー

花月堂夜想譚 各主人公のその後【第一章 茉莉枝】

 産後の身体はまだ本調子ではないけれど、
 今日は久しぶりの外出だった。
 生まれたばかりの娘の玲奈(レナ)を胸に抱き、
 商店街をゆっくり歩く。
 季節はそろそろ雛まつりを迎えようとしている。

 夫の隆弘は初めての女の子だからか、玲奈の雛人形は七段飾りだなんて張り切っているけれど、手狭なマンションなんだからちょっと考えて欲しい。
 それでもつい頬が綻んでしまうのは、父親になろうとしてくれる彼が、純粋に愛しいのだ。

 これから一緒に歩いていく、私の家族。

 エレナも何処かで見ていてくれるだろうか。
 玲奈の名前は、彼女から貰った。
 エレナのように優しく美しい子に育ってくれるように。
 エレナにしてあげられなかったことを、玲奈にしてあげられるように。

 ふと通りがかったいつもの和菓子屋の軒先に、雛まつりのお菓子と色とりどりの小さな風車が並んでいた。
 ひとつの小さな風車に、玲奈の視線が吸い寄せられる。
「あ〜」
 嬉しそうに指を伸ばす。
 その小さな声が妙に胸に響いた。
「玲奈、風車好き? クルクル回ってるねぇ」
 玲奈に話し掛けた時だった。
(……あれ? なんだろう)
 胸の奥がじんと熱くなる。
 懐かしいような、切ないような。
 何か「大切なもの」が、そこにあるような。
 でも、思い出せない。

「……前にも、こんな……」

 けれど胸の奥で何かが軋んでいる。
(ありがとう。幸せです。幸せになっています)
 そう言いたい。
 私は、誰に向けているのだろう? 
 わからない。
 思い出せない。
 だけど、涙がこぼれそうになるほど、優しい気持ちになった。

「玲奈、帰ろっか。お夕飯、作らないとね。今日はパパの好きなハンバーグだよ」

 玲奈を抱き直しながら、歩き出す。

 ふと振り向いた和菓子屋の軒先で、赤い風車がひとつだけ、手を振るように回っていた。

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