産後の身体はまだ本調子ではないけれど、
今日は久しぶりの外出だった。
生まれたばかりの娘の玲奈(レナ)を胸に抱き、
商店街をゆっくり歩く。
季節はそろそろ雛まつりを迎えようとしている。
夫の隆弘は初めての女の子だからか、玲奈の雛人形は七段飾りだなんて張り切っているけれど、手狭なマンションなんだからちょっと考えて欲しい。
それでもつい頬が綻んでしまうのは、父親になろうとしてくれる彼が、純粋に愛しいのだ。
これから一緒に歩いていく、私の家族。
エレナも何処かで見ていてくれるだろうか。
玲奈の名前は、彼女から貰った。
エレナのように優しく美しい子に育ってくれるように。
エレナにしてあげられなかったことを、玲奈にしてあげられるように。
ふと通りがかったいつもの和菓子屋の軒先に、雛まつりのお菓子と色とりどりの小さな風車が並んでいた。
ひとつの小さな風車に、玲奈の視線が吸い寄せられる。
「あ〜」
嬉しそうに指を伸ばす。
その小さな声が妙に胸に響いた。
「玲奈、風車好き? クルクル回ってるねぇ」
玲奈に話し掛けた時だった。
(……あれ? なんだろう)
胸の奥がじんと熱くなる。
懐かしいような、切ないような。
何か「大切なもの」が、そこにあるような。
でも、思い出せない。
「……前にも、こんな……」
けれど胸の奥で何かが軋んでいる。
(ありがとう。幸せです。幸せになっています)
そう言いたい。
私は、誰に向けているのだろう?
わからない。
思い出せない。
だけど、涙がこぼれそうになるほど、優しい気持ちになった。
「玲奈、帰ろっか。お夕飯、作らないとね。今日はパパの好きなハンバーグだよ」
玲奈を抱き直しながら、歩き出す。
ふと振り向いた和菓子屋の軒先で、赤い風車がひとつだけ、手を振るように回っていた。