某ユニットの歌詞を借りるなら、今年もあの花が蕾を開く。
二年前に近況報告をして以来、一人で花見を楽しむのが恒例行事になりつつあります。
ドギンの冒険を翻訳する作業を放置して、今、新たなエルの物語の編纂をしておりますが、作業の方は進めておりますので、今は気長にお待ちいただければと思います。
さて、話を戻すと、前々回、前回に引き続き、今年も京都を選びました。理由は日帰り旅行にうってつけの近場だからですね。我ながら面倒臭がりでインスタント食品大好き人間ですから、そのくらいがちょうど良かった。
先斗町にある念願の老舗喫茶店に入店できて本当に良かった。アンティーク調でありながら、店内の仄暗さが妖しげで、同時に謎の暖かみがあり、不思議な空間でした。
名物のフルーツポンチも可愛らしく、あの透明感と店内の色合いがこの四角形で彩り豊かなゼリー達に宿っているようでした。
会計を済ませて店を出た後、鴨川に架かる四条大橋の上を歩きながらあの古めかしく、その時代にいないのに懐かしさを感じさせる景観を見て、八坂神社、ひいては円山公園へと歩を進めました。
やはり、桜はいい。桜の下で酒を煽り、屋台の売り物を口にする宴会の様子は羨ましかった。
真昼間からのビール……この響きはとても愉悦で誘惑せしものですが、私は唇を噛み締めて堪えました。
一人花見はいい。誰にも邪魔されず、自分の気が許すままに桜を楽しめる。それが誰かとなれば、そうはいかない。風情を感じる時は湯船と一緒で、どっぷりと浸かりたいものだ(私は長湯できないし、温泉自体は好きだが、あまり長時間いる方ではない)。
どこを見渡しても桜の花びらが揺れて、小川に浮かぶ様はいつ見てもいい。花びらが水面に集まる様子も好きだ。何がそこまで心奪うのかは分からないが、その様子だけでじっと見つめ続けられる自信がある。
堪能し終わる頃には、少し日が傾いていたが、それでも暖かく、少し散歩したくなった。そして、どうせ歩くなら何か土産でも買って帰ろうとも思い、その足で高台寺公園の桜並木のある通りを歩いて、三年坂を目指すことにした。
私は愛煙家だったが故に、昨今の煙草への厳しい眼差しに肩身を狭くしている。だから日帰り、宿泊問わず、まっさきに喫煙所の位置は調べる。
高台寺公園の御手洗のそばに喫煙所があるのは記憶しており、この道を選んだのはそれが理由だった。
ただし、この桜並木もまた、風情があり、桜吹雪というのが見たくもなった。
喫煙所で一服とは言わず二服くらいしてから三年坂を目指すと、二年坂で辟易した。
というのもツアーガイドに先導されて帰路に着く観光客の多さで進もうにも進めず、人の流れが帰りの人間で道を占領された。
この時期で、場所も京都となればいか仕方なしとも思うが、私は割とせっかちだ。いつも気になっていた三年坂の食器店に着く頃にはもうヘトヘトだった。しかし、私の目的は土産ついでの散歩、これくらい時間を無駄にしても罰は当たらないだろう。
食器店で小一時間悩んだ末にお猪口を買って、ついでに土産屋で丹山酒造の日本酒を二つ買う頃にはもう少しです午後五時、まだ明るいが夜空が透けて見えるようだった。
そして、流石にこのまま帰るには疲れすぎたと思い、早めの晩飯にしようと、和食屋に入った。日本酒選びにいくつか試飲したからか、少しほろ酔い気味だったこともあり、ちょうどいい休憩となった。
和食屋で飯を済ませて店を出る頃には、空は仄暗く、そして、人の流れが穏やかになっていた。丁度よかったと思い、のんびりと帰路に着いた。夕陽を浴びた桜もまた美しい。この美しさを独り占めにしてやりたいとすら思うが、それではきっと飽きてしまう。
どこかに出かける意味もこの桜たちに意味を見出しているのだから当然だ。
今年の花見も良かった。例年より気持ち小さじ一ほど人が減ったのもあるだろうか、来年はもう一度、嵐山に行ってのんびり過ごせることを祈ろう。
この休息が明日に繋がることを祈りながら、家で眠りについた。