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天之神社5

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第13話 天之神社5

「うー……気分が悪い」

「だ、大丈夫か、シャル」

 場所は変わって、天之神社境内の中庭。白砂の敷かれた広々とした空間に設けられた石椅子の一つに腰を下ろしてシャルナが気分悪そうにしている。人間牧場のコーナーで見た光景が余程ショッキングだったようだ。玄咲はそのシャルナの背をやや遠慮がちに撫でている。明麗はくすりと笑った。

「本当、仲がいいですねぇ……。シャルナちゃんには少しショッキングだったみたいですね。ごめんなさい」

「い、いえ。モニュメントとか、写真が、少し視覚的に、来ただけで、全然、大丈夫です……」

「そうですか?」

「ええ。シャルはそんなに弱くありません。……しかし、俺も正直、恐ろしいと思いました。……まるで、地獄を見ているようでした」

「地億、ですか。……そうですね。」

 明麗は少し考えて、頷いた。

「地獄。一言でいえば、それですよね……そして」

 3人を照らす白い太陽を見上げて明麗は告げる。

「平和。その価値がよく分かりますよね。……だから、私はこの平和が続くといいと思っています。頑張っています。あー、本当」

 明麗は空を見上げて、

「平和が続くと、いいなぁ……」

「……先輩は」

 玄咲は

「なんで、ここに俺たちを連れてきたんですか?」

 尋ねる。明麗に。ただ、親睦を深める。それ以上の意味が明麗の行為には明確にあった。

「なんでか、と言われるとですね……この」

 明麗は大空の光に向けて両手を広げる。

「平和の素晴らしさを!」

 美しく、明るく、

「戦争の悲惨さを!」

 たおやかに笑って。

「亜人の歴史を、魔物の怖さを」

 全てを受け止めるかのように、

「そして何より、それらを超えて今ここにある、今この瞬間の奇跡を、この素晴らしい時間の尊さを!」

 言い切る。

「――試験前に、あなたたちに、改めて実感してもらえたらいいなって、思ったんです!」

 太陽を背負って、どこまでも明るく、麗らかに、笑う。

 まるで天使のように。

「――もちろん、私の実家に招待したかったからっていうのも、結構ありますけどね。私心ですっ!」

 明麗はぺろりと舌を出して、シリアスな空気を柔らかく纏め上げる。ようやく我に返った玄咲とシャルナは明麗に尋ねた。

「なぜ、俺たちに」
「なんで、私たちに」

「んー……そうですね。ルディラちゃんにも当てはまるんですけど」

 明麗は艶やかな唇に人差し指を当てて、

「試験対策のため――魔物がどういう存在なのかをより具体的に知り、その恐怖を知り、正しい知識と勇気をもって相対することでより魂は成長する。魂格成長(レベルアップ)しやすくなる――という真面目な理由も、もちろんありますけどね。本音に比べたら建前です! 一番の理由は――」

 明麗はこれまでで一番の、明るく、麗らかな、明麗らしい笑顔で、2人に笑いかけた。

「単にですね、私が、あなたたちを大好きだからですっ!」

そう言った。玄咲は訳知らず涙が零れた。シャルナも、涙を零していた。玄咲は尋ねた。

「なぜ、俺たちのことを、そんなに」

「――それは、ですね。……シャルナちゃんを助けた時のあなたがとても格好良かったからです」

「えっ……あ、いや、ああ……」

 玄咲は驚いて、そしてすぐ得心した。それはとても明麗らしい理由だったし、よく考えたらそれくらいしか理由がない。

「それでですね。もし私が同じように(・・・・・)困ってたら、きっとこの人は助けてくれる。……不思議と、そう確信できてですね。それでですね。気づいたら」

 シャルナと、私を重ね合わせてしまったから。

「好きになっちゃいました」

「――」

 明麗の理由。それは、衝撃的だった。シャルナがプルプル震えている。明麗はあはは、と笑った。

「後輩としてですよ。だから、シャルナちゃん。落ち着いて。本当、落ち着いてください……」

「う、うにゃ、うにゃにゃ――うにゃーーーーーーーーーーーーっ!」

 シャルナは久々に暴走した。明麗が笑顔で逃げ回り、シャルナがそれを目をグルグルにして追う。大空の下で、2翼の天使が戯れ舞う。それはとても、美しく、平和な光景で、玄咲はこの光景がいつまでも続いて欲しいと、一瞬、本気で願った……。



「それじゃ、そろそろ戻りましょうか」

 その後は、天之神社の飲食店でケーキを食べて抹茶を飲んだり、明麗の舞とゴスペル調の祝詞の融合した不思議で荘厳な演舞祈祷を楽しんだり、玄咲が展示用の勇者ADを起動して大騒ぎになる一幕を挟んだりと、天之神社でしばし楽しい時を過ごした。でも、それももう終わる。

 楽しい時間には終わりがくる。

「それじゃ、そろそろ帰りましょうか」

「そう、ですね」

「ああ、俺たちの――」

「うん。私たちの!」

「私たちの!」 

 玄咲と、シャルナの前で、夕暮れを背負った明麗が最後の鳥居の向こう側で、階段を背に両手を広げて告げる。夕暮れ色に染まった街並みの果てにはラグナロク学園――玄咲たちの帰るべき場所。

 そこに、みんながいるから。

「――私たちの」

「大好きな」

「うん! 私たちの、大好きな!」

 シャルナが両手一杯を広げる。誰にも負けない、天下一の、スーパーエンジェリックスマイルを浮かべる。だから、夜なんて訪れない。

 シャルナが、いつだって玄咲にとってNo1の、忘れることなんてできない、天使の笑顔で、力いっぱい、もう喉の不調など感じさせない大声で、叫んだ。

「――私たちの、大好きな、ラグナロク、学園へ――!」

 ――玄咲とシャルナの2人が出会えた特別な場所、そこに。

 いつだってみんなが、待っている。だから、無限の光が生まれる。

 ――階段を下る3人の影がどこまでも伸びる。3人の上に夕日がいつまでも輝いていた……。

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