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カー学 天之神社2~4

今月の初旬には書けていたのだがあまりに終わりが最終回っぽくなったため投稿を躊躇っていた話。この頃はあまりにも終わりに囚われ過ぎていた。最近ようやく少し書き直せた。今後の話のスタンスが少し見えた。これは全5話だが全9話になった。約束通り天之神社の続きを近況ノートに先行投稿。でもこれは初稿。
本編は少し構成を変えてもっと爆弾みたいな話を挟む予定。
これまでのカー学のテーマが愛と狂気と夢だとしたらこれからのカー学のテーマは戦争と地獄です。

新作は途中まで書いてまたリビルド。少しずつアイデアを練っている。





第9話 天之神社2

「……会長はあの2人をあそこにつれていくつもりなのですね」

 屋上。いつものように誰も立ち入らない孤高の場所にてルディラは手すりにもたれて地上を見下ろす。視線を先には校門を抜ける3人の小さな人影。ルディラは風にたなびく水銀色の髪を抑え、嘆息した。

「……去年、私も連れていかれましたね。全く、会長はいつも強引です。そしてそこで――」

 ルディラはそこで言葉を切る。そして。

 ぶるり、とその神の彫像物のように均整の取れた矮躯を震わした。

さらに水銀色の髪が光り、ふわりと浮かび上がる。ルディラはその髪を慣れた様子で抑え、再度嘆息。

「全く。難儀な体質ですね。本当に――」

 大空の光を受けて白く透過する、どこにも行方のないかのように孤高の空に遊び浮かぶ浮雲を銀色の虹彩に移しこんでルディラは呟く。

「魔物なんて、滅んでしまえばいいのに」





「お帰りなさいませ! 明麗さま!」

 天之神社に立ち入るや否や、入り口に待ち構えていた巫女シスター服や修道服とも僧衣とも浄衣とも取れる不思議な服装に身を包んだ天之神社の関係者たちが一斉に頭を下げた。おそらく階段の昇降の辺りで来訪を察していたのだろう。見事に受け入れ態勢が整っていた。驚きたじろぐ玄咲とシャルナを背に先頭に立つ明麗の前へと2人の男女が進み出る。翼は生えていない。

 人間だ。

(会長の両親か……初めて見た。普通の両親だ。ゲームじゃ両親が出てくると幻想が崩れるからか顔グラが出てこなかったんだよな……CMAみたいなギャル――恋愛要素のあるゲームで相手の両親登場は、萎えるものな)

「お帰り、明麗」

「お帰りなさい。久しぶりね」

「はい。お久しぶりです。お父さま。お母さま」

「積もる話もあるでしょう。洋菓子とお茶を用意してるから、あちらのお座敷で――」

「あ、すいません。あまり時間がないので今日は2人の館内案内だけして帰ります。全員、通常業務に戻ってください」

 そういうことになった。明麗と両親の話はそれで終わった。




「よかったんですか? せっかくの両親との再会を」

「いいんですいいんです。両親との会話なんて退屈なだけですから」

 ふいに出てきた年頃の少女らしい発言に玄咲はドキリとした。先輩なのに、少女。そのギャップにグッとくる。シャルナの瞳が一瞬鋭く尖ったのは本能の賜物だ。しかし特に突っ込むことはなく、代わりにシャルナは明麗に話しかける。

「それにしても、なんか、貴族みたい、でしたね」

「みたい、というか区分としては貴族だ。いや、華族かな?」

「はい。その通りです。華族は王族を支える家。天之家は王家を補佐する家の一つです。といっても、金銭的にはプレイアズ王家から天之神社の運営資金を出費してもらっている、むしろ支えてもらっている側なんですけどね」

「へー……」

 3人は今天之神社本館と別館を繋ぐ通路を歩いている。白い鳥居が断続する通路は雨が降れば濡れてしまいそうだ。だが、ガラス窓で覆われているため雨が降っても心配ない。快晴の空が白い鳥居の間に何度も現れる。ガラス窓を通して白い光を運んでくる。

「支えてもらわないと管理費が賄えなくて潰れるんですよ……。天之神社は普段は観光客相手に飲食を振舞ったりささやかながら入場料を取ったりグッズを売ったりお祓いをしたりして金儲けをしているのですが、どうにも経営費を賄う程の儲けは出なくて……あ、ちなみに今日は定休日です」

「あ、だから、他の人、いなかったんだ」

「はい。その通りです。まぁ、普段も小学生の集団観光とかでもない限り大した客足はありませんがね。それでも国が出費して神社を維持しているのは、それだけの価値があるからです。建築物としての価値。宗教施設としての価値。天之家の食い扶持としての価値。そして何より――」

 明麗は立ち止まる。目の前には白い観音開きの扉。その扉に手を当て、明麗は押し開けた。

「この世界の歴史を伝える歴史資料館としての価値が。さぁ、行きましょうか」

 白い照明具の光が3人を出迎えた。



第10話 天之神社3

(天之神社別館歴史資料館センチュリーズ・ホール……壮観だな。ちゃんと博物館してる。しかし、当たり前だが数部屋しかなかったゲームとは全然違うぞ……)

 受付巫女(明麗と違い普通の巫女服)の受付を来賓扱いでノー入場料で通り、休憩場も兼ね大きめのエントランスの入り口から壁で緩く仕切られただけの別室に移ると、そこはもう歴史資料館だった。たくさんのカード・リードデバイス・写真・文書・絵・モニュメントなどがガラスケースの中に並んでいる。

「ここは災戦時代のコーナーです。マギサ学園長やヒロユキ理事長が経てきた時代ですね。……時々語られますね。大変な時代だったようです」

「はい。それは、展示見てて、分かります。うーん……」

 キョロキョロと展示を見ながら歩いていたシャルナが、ふっと漏らした。

「なんか、残酷な展示が、多いなぁ……」

「……そりゃ、戦争だからな」

 玄咲はどこか遠い瞳をして、シャルナに答えた。

「残酷だよ。俺も、シャルも、平和な時代に出会えて良かったな」

「うん……戦争はさ、怖いよね」

「そうですね……怖いです。怖いものをちゃんと怖いと思える。大事なことです。戦争は怖い。なのに、この世界には戦争をしたい人たちがまだいるんです。困ったものですよね……次の天下一符闘会、絶対優勝しないといけません」

 明麗が透明な決意に満ちた瞳でいう。きっと、明麗は昔からこの展示館に通っていたのだろう。その言葉には胸にふっと落ちる自然さがあった。心の底から言っている。そう分かった。

 玄咲はその眩しさに、目を焼かれる思いだった。遠い思いが蘇る。

(戦争、か……人類史上最悪の愚行だ。地獄を産み出す悪魔の所業。二度と経験したくない。……そうか。そうだな。それもまた、シャルとずっと平和な世界で過ごしたいってのも、戦う理由になるか。……絶対)

 玄咲は決意を新たに確かめる。

(天下一符闘会でエルロード聖国の優勝だけは止める。何がバッドエンドルートの亜人戦争の引き金になるか分からない。できれば、優勝。やっぱり、それ以外ありえない)

「ちょっと、暗い話になりましたね。すみません。ここはあまり用がないので、一通り見まわして次に進みましょうか」

 3人は次のコーナーに進む。





「ここは大ダンジョン時代ですね。夢と希望に満ちた活気溢れる時代です!」

 明麗が明るく言う。その名の通り、大ダンジョン時代のコーナーの雰囲気は発展のエネルギーを感じさせるものが多かった。高度経済成長期。玄咲の脳裏にそんな言葉がふと浮かんだ。

「大ダンジョン時代は近代ではもっとも長く、もっとも発展した、そしてもっとも平和な時代でした。王魔戦線時代を生き延びた人類は世界規模で団結し、希望に燃え、凄まじい勢いで戦後復興を遂げた。その活力の源が、危険を対価に無限の資源を産み出すダンジョンです」

「ヴィズ、ラビリンス、みたいな、奴ですね」

「はい。あれって実は国内屈指の高難度ダンジョンなんですよ。知ってましたか?」

「えっ」

「ダンジョン低層は並だがな、ヴィズラビリンスは凄まじく階層が長い。99階まである。深層の難度は国内屈指って訳だ」

「へー……今、真央先輩と、協力して、6層だよね」

「そうだな」

「符闘会までに、99階まで、攻略しよっか」

「――」

 シャルナの何気なく発したその言葉。それがどれ程難事なのか詳しくは知らないからこそなのだろう。ゲームではいわゆるやり込みコンテンツの一つ。1周目クリアは至難の技。この世界でも相応の難事に違いない。

 だが、

「ああ。必ず」

 シャルナにそう言われれば、玄咲には期待に応える以外の選択肢はあるまい。玄咲は力強く頷き、仲間と一緒に必ず攻略しようと心に誓った。

「ふふ、頼もしいですね……できなくはない(・・・・・・・)ので頑張ってください――そう言えば」

 明麗がくるりと振り返る。

「天之くん達はこの間ダンジョンアタックしてましたね。見ましたよ」

「えっ? そうなんですか?」

「はい。それで、この時代はダンジョンカードを筆頭にダンジョン攻略のため本当に色々な物が開発されて、またダンジョンから本当に色々なものが発掘されまして、丁度あそこにある」

 3人は一つのガラスケースに歩み寄る。そしてその中のものを覗き込んだ。

「これも、そうですね」

「あ、配信機器だ」

「こ、こんな昔からあったのか……?」

「はい。今みたいに高速で飛んだりできず映像も荒かったようですが、確かに配信機器です。そしてこの配信機器、実は当時ダンジョンの宝箱から発掘された不思議な機械を元に作ったらしいんですよ」

「え、そうなのか」

 初耳だった。

「はい。残念ながらその機械は現存していないらしいですが、ダンジョンからは時々そういう超レアなお宝が手に入り、高値で取引されていたらしいです。そういうトレジャーハントな要素も人々をダンジョン探索に駆り立てて――」

 歩きながら、明麗は色々な解説をしてくれた。幼いころから住んでいるだけあってその知識はかなり詳細だった。大ダンジョン時代の熱狂と繁栄が良く伝わってきた。

「という訳で、大ダンジョン時代は王魔戦線時代の陰鬱を吹き飛ばすような明るい時代になった訳です。分かりましたか?」

「はい」

「すっごく」

「ふふ。良かったです。……このコーナーの終わりが見えてきましたね。では、次は」

 明麗は2人に背を向け、表情の伺えない声音で言った。

「今日の目的の一つ――王魔戦線時代のコーナーへ向かいましょう」




第11話 天之神社4


 3人の目の前に地獄模様が広がっている。

 当時の図画系資料だ。目に余る光景。血が煮え滾る景色が続いている。どこまでも、そんな調子だった。

「……ここが、王魔戦線時代のコーナーです。惨いものでしょう」

「……はい。これは……地獄です」

「……うん。絵にすると、際立つね。クロウ先生、結構気を使って、話してくれたんだ……」

「……あの人はああ見えて優しいですからね。この時代についても詳しく語って生きましょうか」

 明麗が歩を進める。2人はその後に続く。

「禁止カードコーナーですね。禁止カードがこの世には溢れていたんです。代償を捧げて威力を高める系のカードが特に多いですね。死ぬよりはマシという判断です。あるいは、酷い目に合うくらいなら、死んだ方がまだマシ……そんな意図で作られたカードも多かったようですね。相当な流通量だったらしく。今でも時折発掘されるらしいです。当時の世情が見えてしまいますね」

「さっきのコーナー、見た後だと、理解、出来ちゃうね……」

「……自死の選択。それもまた、仕方ないって状況も確かにあるもんな……」

 玄咲は選ばなかったが。

生きて、シャルナと出会ったが。

「左腕の代償(レフト・レーム)、断頭台の惨劇(ギロチン・コーリング)、等価(フリーズ)封印(シール)、死(デス)――たくさんありますね。なんとなく、それぞれ、左腕を代償にした高威力魔力弾、命を代償にした極大魔力刃の召喚、大小にささげた部位と同じ相手部位の封印。そして、死は、一瞬で死ねます」

「え? それって――」

「はい」

 シャルナの言葉の先を明麗が代弁する。

「ただの自殺用のカードです。そんなカードが需要があった――それがこの時代の性質を良く表していますね――死んだ方がマシな時代だったということです」

「……自殺、それも止むを得ない時が」

「それでも」

 明麗は振り返り明るく笑った。

「苦しんで生きることを選んだ人の方が多くいた。その人たちのおかげ未来がある。そして今私たちはこうして巡り合えている――それもまた、事実ですよね。そう思うと、少しだけ、誇らしいですよねっ!」

「……」

 玄咲は自分の過去にも少し触れる言葉に、共感した。

「そう、ですね」

「うん……巡り合い、いい言葉、だね」

「はい。……次、行きましょうか」

 3人は展示を見て回りながら移動する。




【古代AD展示】
 
 3人の前に巨大な大斧が飾られている。黒地に金色が稲妻のように走っている。ガラスケースの中に横たえられている。

「これは勇者の仲間の【鉄壁】のガスキンが用いた斧型のAD【黄昏の大斧ミョルニル】です。このADと」

 明麗が隣の白字に金の部品で鷹の描かれた、しかし縦に真っ二つに割れた大盾に視線を向けて言った。

「大盾型のAD【聖鉄城】ガルウィング。アイギスの攻撃を受けて今は壊れていますがね。この2つの大型ADを両手に一つずつ持って戦っていたらしいです。ガルウィングは壊れているので測定できませんが、ミョルニルの補正値は現代換算すると凡そ100。ガルウィングを特別強化していたという記述はないので、おそらくガルウィングも同程度だったであろうといわれています」

「えっ。100って、今の私たちの、ADと、同じ数値だ。あまり、高くない……?」

「いえ。十分高いですよ。現代の技術がそれだけ発展してるって話です、当時はこれでも勇者ADや魔剣アベルに次ぐ立ち位置のADだったらしいです」

「へー……」

(シャル、今日はこの相槌が多いな……)

「そして」

 3人の前に罅割れた黒い剣身にレッドラインが走る禍々しい形状の一本の剣型ADがある。ガラスケースの中に飾られている。

「このADが魔剣アベル。【剣聖】アベル・マルセイユ――勇者の仲間で、勇者に次ぐ、あるいは匹敵するといわれた英雄が使っていたADです。自分の名前をADにつける辺りが豪放で型破りな性格のアベルらしいですね。残念ながら壊れてしまっているので補正値の程は分かりませんが、勇者ADに次ぐといわれたADらしいので、相応に高かったのでしょう」

「へー……」

「か、格好いい。格好いいぞ」

「玄咲の好きそうな、カラーリング、だもんね。デスがつけば、完璧だったね?」

「シャル、そのネタはもう引っ張らないでくれ……」

「ふふ。天之くんはこういうセンスが好きなんですね。男の子には、むしろ後述の勇者ADよりも魔剣アベルの方が人気がありますね。では、次は勇者ADを見に行きましょうか」




「おぉ……!」

 3人の目の前に虹色に輝く宝剣が台座に柄を固定される形で縦に飾られている。他のADと段違いの存在感だった。シャルナが感嘆の声を上げる。

「このADこそが採虹剣セイント・ソード――通称勇者ADです。勇者が最後に使っていた当時最強のADです。虹色の魔力の持ち主にしか使用できないため、残念ながら補正値の程は分かりませんが――それが逆にロマンを魅き立てていいのかもしれませんね。様々な説が考証されています」

「ほ、本物、ですか?」

「もちろん模造品です。本物をこんな場所に展示する訳ありませんからね。ほら、ガラスケースの下部にこれは模造品ですって注釈があるでしょ」

「あ、本当だ」

「ふふ、もしかしたら天之くんなら勇者ADを起動できるかもしれませんね。何せ虹色の魔力の持ち主ですから」

「え? あ、そうか……」

「ま、模造品などでそういう訳にも行きませんけどね。次、行きましょうか。これは当時のジャンクAD。補正値換算できない程貧弱らしいです。でも、当時はこんなADも使われていたんですよ。禁止カードを使わなければいけなかった理由の一つで――」

 古代ADの展示を見て回ったり、




【古代カード展示】

「この、カードは」

「伝説の英雄。アベル・マルセイユ。カーンの仲間の剣聖が使ったカード【プリミティブ・ソード】です。ランクのない古代カードですが、現代基準でランク換算するとその性能は驚愕のランク10。オーパーツの筆頭とされるカードです。アベルも同時代ではカーンに次ぐ魔符士で、化け物でしたが、仲間を守るため単独でアイギスと戦い、あと一歩のところまで追い詰めましたが、卑劣な策略にかかり死にました。その死にざまから今でもカーンに匹敵、あるいは凌ぐほどの人気があります」

「へー……あ! この、カードは……!」

「はい。伝説の勇者カーンが使ったカードの一枚【リベリオン・フォース】――勇者カードです。虹色の閃光を放つカーンのメインカード。全属性を使用するカーンに使えないカードです。それ故際限が出来ず出力は不明。ですが、こちらもまた、伝承によればランク10相当の性能があったと言われるオーパーツです。こちらもまた、真偽のほどは定かではありませんけどね。その歴史的価値から市場に出れば100億はくだらないと言われる逸品です。天之神社はそんな貴重品を大量に保管しているため、国内最高峰のセキュリティシステムが完備されています。ここでADを抜いたら殺されますよ?」

「はは。それは流石に冗談――」

「?」

(あ、冗談じゃない)

 勇者のカードの実物を目の当たりにしたり、





【芸術展示】

「うぅ……」

「これは、凄いな」
 
「当時の画家がこの世界の窮状を後世に残そうと命かけて残した怪作です。――タイトルは【地獄絵図】――鬼気迫る迫力がありますよね。……この作者はこの絵を書いた直後に戦いで亡くなったそうです。絵画系魔法の名手だったらしいですよ」

 当時の画家が残した一枚の絵画に圧倒されたり、

 原色の黒と赤で塗りたくったような、当時の画家が残した巨大絵画を一




【関連商品】

「……! これは、王魔戦線時代を取り扱った漫画や小説たち……! あ、逢魔尖線学園もある!」

「こ、これは、王魔戦線時代を取り扱った漫画や小説! 逢魔尖線学園もあるぞ!」
 
「資料としてちゃんと取り揃えております」

「す、少しだけ、読んでいいですか?」

「いいですよ」

「やった!」

「玄咲……」

「購入もできますよ。購入も」

 当時を描いた貴重な資料に興味深く目を通したり、







 その後もいくつかのコーナーを回った。明麗の解説は巫女風シスター服と丁寧な所作も相まって凄く親しみやすく、恐怖やショックを随分和らげられた。主にシャルナが。

 そして、ある一つのコーナーに辿り着いた。そこは、亜人についての、文書、写真、骨格標本、特徴的な体の部品、当時の扱いについて書かれた案内板などがあった。

【亜人黎明期】

 それがそのコーナーの名前だった。

「……ここは、当時の亜人について語るコーナーです。亜人の誕生、来歴についても語られます。一緒に見ていきましょうか」

「はい」

「亜人……」

 3人は明麗を先頭に亜人コーナーに足を踏み入れる。明麗がごく当たり前のことを確認する口調で2人に尋ねる。

「2人も、どうやって亜人が生まれたかくらい知っていますよね?」

「はい」

 玄咲が答えた。

「魔物に人間が襲われた結果誕生します。レアな所では人間が魔物を腹ませるケースもあるとか、魔物に寄って交配方法は異なり、機械種なんかは培養に近い形で育てるらしいですね。その過程で愛情を抱くケースもあるとか――っと、これは蛇足か。とにかく、魔物と人間が交配して生まれる。2世は亜人と人間、あるいは亜人同士で生むのが普通ですが、直径は必ずそうなる」

「だから、穢れ血と言われ、差別されてきた。今でも、その傾向は、続いている」

「――」

 補足するシャルナの言葉はいつもより少し力強い。玄咲は、その背景を思えば当然だなと思った。それでも少し驚いた。

「――その通りです。亜人は魔物と人間の子。特に直系は魔物の特徴を多く引き継いだ異形の子が誕生しやすい。でも、その心は人間なんです。……だからこそ、差別の悲劇がより際立ったんですけどね。亜人の差別問題は、今尚根深いです」

「……そう、ですね」

 アマルティアン。それに限らず、差別される亜人は今でも多い。

 堕天使族も、その一つだ。

「――そんな亜人も、あまりに分母が増えすぎた。最初は生まれた直後に殺していた亜人も、数が増えるとそうはいかなくなる。大事な戦力、そして生産力として扱わなければいけなくなる――幸い、亜人は戦闘力には恵まれていた。魔物の身体能力の欠片、そして種族特性を有する亜人は並の人間より強力な戦力だった。そう、戦力だった。時代が時代ですから、強力な戦士である亜人はむしろ重宝されるようになりました。……皮肉にも魔物が、戦争が、亜人に存在価値を与えたんですね。当時活躍した英雄と同じ種族の亜人なんかは今でも扱いが悪くない傾向にありますね。そういう経緯で、亜人も人権を獲得していった。……ただし」

 言葉を一回止めて、

「例外もある」

 その言葉を強調する。亜人コーナーの終わりが見えてきた。その先には扉がある。明麗がポケットから一枚のカードを取り出す。

「王魔王アイギス――かの最強にして最悪の魔王が戦時中の人々に植えつけた恐怖が、その子種が、その後の時代をも歪めてしまった」

「アイギスの忌み子――」

 玄咲は。

 思わず呟いた。

 その歴史的意義以上に。

 一人のヒロインの姿が脳裏に浮かんだから。

「はい。その通りです。アイギスの忌み子――人間牧場で大量生産されていた親も素性も母体となる魔物も知れぬ子たち。彼らの取り扱いが、戦後重大な問題となり、後の大きな悲劇にも繋がった――さぁ、次は」

 明麗が扉にカードを差し込む。ガチャッと解錠音が鳴る。扉には14歳以下立ち入り禁止――魂成期を迎える15歳以上を半成人とみなすこの世界ならではの注意分が書かれている。明麗がその扉を開く。

「人間牧場のコーナーです」

 3人はその中に立ち入った。扉が、締まる。

 ガチャリ。

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