といっても大した内容ではありません。作品世界の設定と名前の由来等について軽く語るだけのノートになります。ちょっと長めですが、現在の技術水準や達成可能性も含めてまとめていきたいと思いますので、興味ありましたら参照してください。
なお、ダイアログAIの背景となる要素やそれに関連する考察については、7/25のノートにて触れているのでそちらも合わせてご参照ください。(
https://kakuyomu.jp/users/Yrrsys/news/1177354054881458221)
★キャラクターについて
☆篠路ミキ
主人公については本編で語りつくした通りの存在です。詳しくは今一度本編をご覧ください。
外見についてはあまり描写を行っていませんし特に重視しておりません。ご自由に判断ください。
篠路⇒ギリシャ語で境界を表すΣύνοροから。精神だけの“ミキ”と身体だけの“ミキ”、両者を分ける境界を意識しています。
ミキ⇒特に決めていません。末来かもしれないし末帰かもしれないし未希かもしれない。
☆久遠メグル
高1時代はどちらかというと成績も悪く勉強熱心ではなかったのですが、ミキの身に起こった出来事を機に哲学に関心を抱き始めます。元から直観に優れていたのでしょう。彼女の会話は‘わたし’や“わたし”に重要な意味を与えます。本来は精神のみの存在となった‘ミキ’を肯定する子でしたが、存外パワフルな子になりました。
久遠⇒そのままの意味。
メグル⇒そのままの意味。
☆相馬アイノ
彼女も高1のミキの事件に大きく影響を受けた一人です。眠り続けるミキを救う方法はないかと考え、事故から一年とたたずに、スウェーデンに渡航しナノマシンに関して勉強する意思を固めていました。彼女にとって、高校3年生の冬は怒涛の展開だったでしょう。ミキを諦めるという両親達の言葉、‘ミキ’との出会い、“ミキ”との再会が齎した歓喜と衝撃。その上でスウェーデンへ渡ったのですから、なかなか気骨のある女性です。
頭が良すぎるがために、預かり知らぬはずのミキの内心まで心配してしまう。どこまでも頭が良くて、性格がよく、だからこそ臆病。ある意味、昔のミキに一番近かった、そういうキャラクターです
相馬⇒ギリシャ語で肉体を意味するΣώμαから。
★設定等
☆時代設定について
作中では仮に2065~66年と置いています。この年代設定に深い意味はありませんが、カーツ・ワイルが技術的特異点<シンギュラリティ>到達の年と予言した2045年からおよそ15~20年後の出来事として書いております。作中では2048年に突破したことになっていますね。
ただしワイルはヴィンチやホーキンズが提唱した「人類を越えうる知性の創造」を指すのではなく、「技術的パラダイムシフトの加速により過去技術と明確な断裂が発生する日」と定義しています。彼は2020年代には、人間に匹敵する人工知能が生まれ、2030年にはチューリングテストをも合格する人間性を持つ人工知能が生まれると予言しています。現在の技術革新をみても、りんなやAl+といった高い人間性を持つAIが生まれつつあり、現実味のある予言です。
☆バイオローグ(Biologue)について
特に日本語名は定めておりません。イメージとしてはFaceBookのような匿名性の低いソーシャルメディアを基盤としています。
ソーシャルメディア。既に一般化したものなので詳しい説明は不要かと思いますが、あえてIT用語辞典を引用しますと、
「インターネット上で展開される情報メディアのあり方で、個人による情報発信や個人間のコミュニケーション、人の結びつきを利用した情報流通などといった社会的な要素を含んだメディアのこと。」
と定義されています。簡単に言えば社会性を帯びたコミュニケーションツールと考えるのが一番正しいかと思います。
バイオローグは、個人の保有する情報の質を最大限に高めたツールです。個人が認識したモノを、認識そのままに共有する。目でみたものを目でみたままに、感じたことを感じたままに共有する。脳信号を解析し、脳に直接メッセージを送受信する技術は、SFの中ではよくでてきますね。現在も研究が進められている技術で、今は簡単な挨拶ぐらいなら、脳信号で再現できるそうです。
個人情報を正確に記録するバイオローグは政府機構にとって非常に重要なツールとなりえます。具体的には税収の安定ですね。よくクロヨンとかトーゴーサンとかいいますが、納税義務の不公平感はつまるところ、自営業者の収入や消費を正確に掌握できず、税の取り立ても自己申告に頼らざるを得ない点に帰着します。しかしバイオローグで正確な記録を常時収集できれば、納税率は限りなく100%に近くなる。当然これは自営業者にとっては厳しい数値であり抵抗も大きそうですが、自己申告が不要になる事や高所得者の脱税阻止、犯罪行為の抑止といった社会的正義を掲げ導入が進められたのではないでしょうか。
先程も述べた通り、バイオローグは犯罪抑止にも有効です。ソーシャルメディアでは時折犯罪行為や社会的悪とされる行為が掲載され、瞬く間に拡散して社会的制裁を下されるという事件が発生します。昨今だとコンビニの冷蔵庫内に入るとか、ハンバーガーの異物混入とかですね。あれは当人たちが「面白いだろう」「知り合いしかみてないだろう」と思ってやった結果ですが、ソーシャルメディアは知人の知人の知人の知人…といった具合に連鎖しているのでどこまでも拡散する。バイオローグでは、それがより容易になる。
勿論、バイオローグでも他者と共有したくないと思った情報は発信されません。ただし、目にした瞬間、耳にした瞬間、行動した瞬間に、その情報、脳波が記録されるシステムとなっていて、その情報を後から追跡できるようになっている。それは作中で“わたし”が言ったように、本来なら本人にしか見えません。ただ、特別な令状を得た警察官や、当人の死後、ダイアログAIを作成する企業は、これを開示する権限を保持している。また、当人の死後でも、遺書か、あるいは家族の合意があればバイオローグは開示されるでしょう。死者の記録そのものであるバイオローグ、ダイアログAIは、位牌の代わりとなり、死後も保存され続ける。
こう書くと空恐ろしさがありますが、結局のところ今現在のソーシャルメディアも同じなのです。その人が死んだとしてもソーシャルメディア上の発言が消されるわけではない。かつて人が書物に書いたものが今はネット上にあり、それは本人が死んだとしても消去されずに残り続ける。ただし、バイオローグは決して隠し立てできない。より情報の質が高く、権限さえあれば下書きのまま隠しておきたい事実さえ開示できる。バイオローグに限らずソーシャルメディアは非常に便利なシステムであると同時に自己監視・相互監視を強化するシステムとなっている側面があります。そのことは作品のテーマの一つとなっています。
☆ナノマシン
現在研究が急ピッチで進められておりますナノマシンですが、本作では非常にフワッとした概念でしか用いておりません。だって篠路ミキはただの女子高生なんですもの。
私たちはナノマシンというとつい「何でも屋」のように考えてしまいますが、仕組みはもっと原始的です。分子や原子の化学的作用を利用し、刺激に応じて明確な指向性のある作用を発生させるものが、現時点でのナノマシン研究の最先端となっています。積み木のように機能と機能を組み合わせて目的を達成する。マシンというよりも機構や機関と表現する方が正しいかもしれません。例えば化学物質・光・熱の刺激によって一方向に回転する「分子ローター」や、回転を制御する「分子ラチェット」などが現在確立されております。分子なので、例えば鉄、亜鉛、ナトリウムといった体内金属や合成分子を利用する合成分子マシン、カリウム、カルシウム、水素、炭素、硫黄といった有機分子を利用する有機分子マシンが現在研究されています。
このナノマシン、作中ではかなり広範に利用されており、おそらく様々な仕事を与えられたナノマシンが存在しています。例えばバイオローグは、ナノマシンが脳波や体調の状態を監査して、変化があればその信号を体内に埋め込まれたより高精度の機械チップに伝達し、そこから情報を送受信します。また医療用ナノマシン群<MEDNEMS>は、患者の体内の特定状況にのみ作用するナノマシンを十数種類投与しており、自然凝塊を溶解させるため使用が難しいとされる血栓溶解薬を安全に投射することや、抗がん剤のピンポイント投射が可能となっています。特に脳血液関門を通過し血液溶解薬を投射するナノマシンは、脳梗塞による血栓を溶かし、その後は血管壁に融着して血管を補強する効果を持っていたらすごい便利だと思うのですが、この時代の医療用ナノマシン群がそこまで進歩していたかどうかは特に決めていません。
さて、ここまで書いてきたように、ナノマシンは本来単純な刺激に対して決められた作用を起こすだけのものです。なので、本来定義された作用以外の仕事を行う事は困難であると考えられます。
作中で「脳血栓の排除のために血液脳関門を通過した医療用ナノマシンが脳に吸収されて、機能停止したシナプスに代わる疑似シナプスを形成したの」と“わたし”は述べてますが、これは作中でも医師が述べたようにかなり可能性の低い事象だと思われます。一方で、有機分子を利用するナノマシンで、特定刺激にカルシウムイオンを発するようなものであれば、ひょっとしたら死滅したニューロンの代わりに、機能を代替する可能性があるかもしれません。今回はそのIfを最大限盛り込んでおります。
☆ダイアログAIについて
ダイアログAIについては、7月25日のノートに詳しく書いてあるのでぜひそちらをご覧ください。簡単にいえば個人の日記や記録、その人を知る人の記憶からその人の人格を想像し再現する技術で、現在のAI研究の最先端の一つです。
作中のダイアログAIは、バイオローグによってその人物に関するほぼ100%の情報を収集し、そこから人格を再構築しています。基礎となりうる基本人格に、その人が持つエピソードを全て記録させ、そこから人格を再演算する。こう書くとかなりの処理能力が必要そうですが、おそらく(それこそオイラーの公式のように)高度かつ美しい計算式で最適化されてるのでしょう。一方でその人格を形成する計算式は固定されているので、そこから成長し、別人になっていく可能性は極めて低い。
当人の声を再現する技術は、現在ほぼ完成に向かいつつあります。声帯手術等で声を失った人でも、機械を通せばかつてと同じように会話できる。そういう時代になりつつあります。(以前のノートでは株式会社ウォンツと書きましたが、現在は株式会社ヒューマンテクノシステムに事業移転したそうです)
人間らしい、その人らしい応答性を持つAIというのはかなり難易度が高いと思うかもしれませんが、一方で我々人間と言うものは、どんなものにでも人間性を見出してしまう特性があります。例えば猫や犬は猫や犬の行動原理があるはずですが、例えば疲れてる時に寄ってきてくれたら、「心配してくれてるんだ」と、つい人間的な感情を見出してしまう。それと同じで、その人らしく振る舞う外見(CG)を持ち、その人らしい発言をするAIが備わっていれば、おそらくその人をその人だと信じてしまうでしょう。いくら「物だ」という理性が働いても、人の心は常に人間性を欲している。作中でも述べた通り、最終的には生きている人がその人だと信じ、受け入れる事が必要になりますね。
☆拡現情報と体調監査機能と評価システム
第3章でチラッとだけ出てきた、“わたし”が食べ歩きし始めるシーンについて。実は私このシーンが大のお気に入りで、是非ともここは書きたかった。
バイオローグは体内を巡るナノマシンの反応によって情報を飛ばします。つまり高い体調監査機能が備わっているので、何か異常があればすぐにネットワークが“お節介”を焼いてくれます。まんま伊藤計劃「ハーモニー」のWatch meですね。
ただ、ハーモニーの世界では生活指標を専門の健康コンサルから受領し、外食店の評価もその健康コンサルが決定していますが、この世界ではまだぐるナビや食べログのようなシステムが残っていて、外食店への評価も個人の評価値の総合で決まっています。当然、評価の基準となるお店の評判や情報も、ソーシャルメディア的な口コミが紐づけされていて、下手なことを隠せばすぐ攻撃の対象になる。だからお店の側は全ての情報を開示しないといけない、という状態です。
「なぜそうなったかといえば、顧客の側がそれを求めたからだ。顧客の安心を守るために、顧客が店舗を信頼するために、プラス要素の情報だけじゃなく、マイナス要素の情報も全て開示させる。それが当たり前の社会だった。」
今、道の駅やあるいはスーパーなんかでも、その土地で作った野菜の生産者の顔を乗せたり、二次元バーコードを表記して、その産地や生産者の情報を開示する方向に向かっています。また、店舗も食べログやソーシャルメディアを通じて情報発信した方が客が入りやすいという時代になっている。おそらくその流れは今後も強まるだろうなと。そういう世界として描いています。
おおまかな所については以上になります。他にも「ここはどうだったんだ」「ここは違うんじゃないか」というご質問、ご指摘があればこのツリー内でお答えします。
最期になりますが、「わたし、‘わたし’、“わたし”。」を読んでくださりありがとうございました。
なお、私の近況でございますが、論文の学内審査の提出はひとまず終わったので、ぼちぼち復帰していきたいと思います。ひとまずは街コンで勘を取り戻しつつ、頃合いを見て1万文字程度のSF短編を投下したいなと思います。その時は是非ご付き合いください。
それではまたー