あらすじ
どこにでもいるサラリーマンの竜一は、会議続きで疲れ果て一服するために外に出る。
すると見たことのない浜辺に転移していた!
茫然と浜辺を眺める彼だったが、気を取り直し行動を開始する。
ボロボロのナタを拾った時、「再構成」という謎の能力が発動しナタが新品になった。
彼はこの能力を使って打ち捨てられた廃屋を新品に変え住処とする。
その後、喋るカモメやもふもふの白と黒の熊のようなフェンリル(自称)と出会い、周囲の探索を進めていく。
魚を獲ったり、採集をしたり、探検をしたり、と毎日気ままに過ごし案外楽しく異世界生活を満喫している竜一であった。
『兄ちゃん、今日は何するの?』
「そうだな、山の方に行ってみようか」
「がおー」
竜一とカモメを乗せたフェンリルが気の抜けるような鳴き声を出し、走り出す。
今日もまた彼らの楽しい一日が始まる。
1.
「ふう……会議終わりっと」
ため息と共にノートパソコンのディスプレイから目を離す。一人暮らしでリモートワーク続きだとどうしても独り言が多くなる。
会社に行かず家でずっと仕事をするなら楽になるかと思いきや、全然そうじゃなかった!
むしろ移動時間がない分、会議やら何やらが詰まりまくり、メールの代わりにひっきりなしにチャットが来る。
ウェブ会議をしていても、ピコンピコンピコンとチャットが来たことを告げる音がひっきりなしに鳴っているのだ。
オフィスに行かずとも仕事になるかと心配だったのだが、全く問題ない。
いや、恐ろしいことにオフィスに行った方が仕事量が減るんじゃないかと思う。
世間ではリモートワークだと楽そうというイメージがあるが、現実は非情である。
腰も痛いし、次の会議までまだ少し時間があるか。
社用スマートフォンを持ち、財布を後ろのポケットに入れて上着を着る。
「あー、どうせ家から出ないなら南の島でのんびりと過ごしたいよ」
ぼやきつつ出口扉に手をかける。
――かなえてやろう。
どこからか声がした気がした。
扉を開けるとそこは、アパートの二階ではなく海だったのだ!
一面に広がる砂浜に打ち付ける波。引いては伸び、引いては伸びを見ているだけで心が洗われるようだ。
青い海はどこまでも広がっており、船の姿は見えない。ギラギラとした太陽の光が反射し、家の中との光量の違いに目を細める。
「海だ……」
余りに非現実的な光景に俺の頭は完全に麻痺する。
人間、突拍子が無さ過ぎることが起こるとパニックになったりしないんだな。
ざあざあとする波の音が心地よい。
一度部屋に戻り、状況を整理しよう。
閉じたばかりの扉を開けようと体の向きを変える。
「扉が、ない?」
後ろはヤシの木があるだけで、年期の入った我が家の扉もアパートの壁も無かったのだ!
「……どうしよう」
茫然と呟くも誰も答えてくれない。
思考停止した頭が動き出すと言いようのない不安が胸を占める。
有り得ない出来事だ。突然知らない砂浜に移動するなんて。荒唐無稽であるが、不思議とこれは現実だと思えたんだ。
吹き抜ける風、波の音、揺れる葉、波で濡れた砂浜、降り注ぐ太陽の光……全てがこれが現実だと俺の体に訴えかけてきていた。
神隠し? 空間転移?
何が起こったのかまるで分らないが、迷子の俺を誰かが発見してくれるまで生き延びなきゃならない。
期間は数時間なのか数ヶ月に及ぶのか想像がつかん。
緊急事態の時こそ、落ち着いて行動しようと防災訓練で言っていたな。
まずは深呼吸。
「すー、はー」
大袈裟に胸に手を当て大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。何度か繰り返していると気持ちが落ち着いてくる。
俺は会議が終わり、一息入れるかと自販機まで飲み物を買いに行こうと扉を開けた。
すると、外はアパートの通路とどんよりとした街の景色じゃなく砂浜だったのである。
ビーチに出かけようとしていたわけじゃないので、手ぶらであるが幸い後ろのポケットに財布が入っている状況だ。
ビーチの場所は不明。日本なのか海外なのかも分からない。
分かることといえばヤシの木が自生していることから、暖かい場所なのかなあ程度である。
周囲を見渡してみても人家らしきものや海の家がないどころか道路さえ見えない。
「こんな良いビーチなのに誰もいないってことは嫌な予感しかしないぞ」
周囲の環境を見るに座して待つのは詰む可能性があると判断した。
最悪の状況を想定した方がいいよな。
最悪か……ここは絶海の孤島で無人島であると仮定しよう。誰も助けてくれないし、近くを通りかかる船がいつ来るかも分からない。
いつ来るか分からぬ船を待ち続けるためにはここで生活していく必要がある。
最優先は水、次に食糧だな。それと、水や食糧を口に入れるために火がいる。
あとはナイフのような刃物が欲しいところだな。整備されておらず自然そのままだと探索するにも、道具を作るにもナイフがあれば重宝する。
砂浜には食糧があるかもしれないが、水はないはず。
動けなくなる前に水を確保しなきゃならないので砂浜の探索は後回しにしよう。
「とはいえ、見える範囲だけ見ておくか」
砂浜に期待するものは食材以外に漂流物だ。
波に乗って流れつく道具の中に使えるものがあるかもしれない。もし過去に誰かがこの無人島にいたとしたら捨てられた道具もあるかもしれないからね。
ここが人手の入っていない無人島だとすれば、砂浜が一番道具をゲットできる可能性が高い。
何かないかなとキョロキョロしていたら砂浜に埋もれて殆どみえなくなっているが人工物らしきものを発見した。
砂を払ってみたら柄らしきものが見える。
これは、と思い柄を引っ張った。
「おお、刃物じゃないか! ……ナタかなこれ」
引っ張り出したものは、柄と同じ大きさの長方形の金属部分に片刃の刃物だったのだ。俺の記憶によるとこいつはナタでこれからの俺にピッタリの刃物と言えよう。
ナタは山林で働く人に適した刃物であるのだから。
ナタは鞘もなく、折りたたむこともできないタイプのものだった。
しかし、世の中早々甘くない。ナタを発見できた幸運はすぐに落胆に変わる。
欠けてはいないものの、金属部分は錆びついて完全に茶色に変わっていた。
強く打ち付けるとあっさり折れそうなほど中まで錆が浸食しているだろうほど酷いものだったのだ。
「砂浜だもんなあ……そら錆びるか」
海から近い家では潮風でいろんなものが錆びる。
まして砂浜だとよほど落としてから新しいものじゃないと金属が錆びてないってことはないよな。
「はあ……」
左手で柄を握り、もう一方の手の指先で錆びた刃に触れる。
これだけで錆が手につき――。
『必要材料なし。そのまま再構成可能です。再構成しますか?』
「うお、誰?」
周囲を見渡すも人の気配はない。
な、何だったんだ。声に驚きナタを落としてしまった。
再度ナタを手に取り、錆を確かめようと指先を当てると……。
『必要材料なし。そのまま再構成可能です。再構成しますか?』
「これ、頭の中に響いている? 再構成って?」
『必要材料なし。そのまま再構成可能です。再構成しますか?』
「壊れたスピーカーかよ。再構成してみよう」
『不必要な素材は消滅します』
と脳内に声が響くと同時にナタが光り、みるみるうちに錆が無くなり新品同様に変わった!
「な、何だこれ! 再構成って新品にすること?」
『再構成が完了しました』
質問をするも声は答えてくれない。
砂浜に出現したことからはじまり、謎の再構成、もう何が何だか。
しかし、再構成の力があれば使えない壊れた道具でも使えるように変化させることができる。
よ、よおし、これなら何とか生き抜くことができるかもしれない。
希望を胸に砂浜に背を向け藪へ足を踏み入れる俺であった。
こういうのをサポーター限定にすればいいのか、と思いましたがサポーター限定の記事は書かない予定です。