ずっと異世界を書いてみたいと思ってた。いや、語弊がある。書いたことはある。エッチなヤツ。投稿もしている。あれはあれで楽しいのだけれど、そういうじゃなくて、真っ直ぐな異世界。おそらくこれも語弊があるけど、そんな感じ。
漠然と思い描いていたのは、二時間で終わる劇場版アニメ的な異世界。十万文字前後で終わるような物語。
ドブネズミの物語を書き終えて、ずっと考えていた。その合間に過去作を書き直したりしていた。
だけど考えれども考えれども、設定は浮かべどその先が閃かない。「捨て物の怪」とか、「竜の背に語り継がれる物語」とか、「その森は1日を繰り返す」とか、第一話は書いたんだけど、その後が続かない。プロットも思いつく限り書いたけど、これは僕のジンクスで、プロットから書き始めたヤツは続かない。ジンクス通り、どれもが設定置き場行きになった。
それでも、思いついた設定をプロットに書かなきゃ仕様が無いわけで、書き続けていた。だけどそのどれもが物語を紡がない。最終話が見えない。朧気でも見えてくれれば良いのだけれど、全然見えない。そろそろ書き始めなければ、先を見据えた物語を書かなきゃ、第三回コンテストに間に合わない。ジレンマの連続で、過去作の書き直しも放置。ずっと考えてた。
それが、仕事帰り、急に浮かんだ設定。浮かんだ瞬間、頭の中で物語が出来上がって行く。多分小説を書いている方々は皆経験があると思う、あの気持ち良い瞬間が、やっとの事で舞い降りてきた。最終話、凄く良い。朧気より少しだけ鮮明に、見ることが出来た気がした。
正直、読者から求められている設定じゃない気がする。でも面白いと思っちゃったから、書き始めています。最初の理想とは少し違う。二時間の劇場版は無理臭い。十五万字程度のを予想している異世界ファンタジー。たくさんキャラクターが出てくる。魔法もある。モンスターもいる。戦闘も用意している。でも転生でも無いし、勇者も出てこない。
主人公は、お婆ちゃんだ。
さて、読者の反応はどうなるだろう。でも、この作品でカクヨムコンテストに参加するのがとても楽しみ。今の所、第一章を書き上げたら、投稿する予定。早まるかもしれないけど。僕は小説投稿に関して、向こう見ずなところがある。最低な癖だ。直したい。
以上、近況です。お楽しみ頂ける方は、お楽しみ下さい。結構本気。書いててめっちゃ楽しい。
さて、ここからはタイトル通り、未完の日帰りファンタジーを載せちゃおう。未完です。読まなくても良いです。ここは僕の近況なので、好き勝手にするよ。
とりあえず、ここまでお読み頂きましてありがとうございます。ここから先は完璧な自己満足です。読む際は注意して下さい。
作品名「思春期真っ盛りの行きたくない異世界」
はぁ、行きたくない。本当に行きたくない。嫌だなぁ、嫌だ。全部が嫌だ。いや、一つだけ良いことはある。だけど、それを入れても、本当に行きたくない。遠足が登山だった時よりも、雨の日に誘われたドッジボールよりも、ヨボヨボのお爺さんがやってる歯医者さんに行くよりも、いや、それよりはマシだけど、本当に行きたくない。はぁ。
僕は未だ、ベッドの上から起き上がれずにいた。ユウウツだ。まさかこの年で、あんなに難しい言葉が頭に浮かぶなんて。はぁ、行きたくない。
そろそろ、ママが起こしに来るはずだ。もう約束の時間は五分過ぎた。行きたくないと言ってみようかな。怒られるだろうな。怖いな、怒られるの。怒られてどうせ行く事になるなら、怒られないで行く方が良いに決まってる。でももしかしたら、怒られて行かなくて良くなるかもしれない。いや、それは無いか。はぁ、行きたくない。だってパパが一緒に行けないって事は、あれを僕がやらなくちゃいけない。はぁ、ユウウツだ。あそこへ行くのなら、何故か体がカユくなるユウイチ君の家へ行く方がマシだ。シオリさんの前でズッコケル方がまだマシだ。ニャン太のトイレ掃除だって十日ぐらい僕がやっても良い。いや、それはそもそも僕の仕事だった。はぁ、このまま朝まで眠っちゃおうかな。
ドットットッド、とたまに濁音の入る、階段を上がる足音が、僕の部屋に近づいてきた。ママだ。パパなら、スットットッス、だから。あぁ、やっぱり起こしに来た。
ドアが、勢いがある訳じゃ無いけど、弱くはなく、叩かれた。僕はクラスの席替えで隣同士だったヒカルさんと大分離れてしまった時ぐらい、大きなため息を、ドアの向こうには届かないぐらいに、でも少しは届いて欲しいと願いながら、吐き出した。
「マサキ、早く起きなさい」
「起きてる」
「じゃあ何で下に降りて来ないの?」
その言葉と一緒に、ドアは、今度は勢い良く、開いた。こういう気分の時は、全部がユウウツに見える。ママの青色で長い髪の毛も、それがクルクルと少しだけ渦を巻いている事も、少し太っている事も、やけに大きな目も、やけに白い皮膚も、普通の格好をしていればそれなりなのに、それなのに今は、年に二回は、童話に出てくるお姫様、いや、もっと派手だ。女王様みたいな、赤と白とピンクの、今時小さな女の子も着ないようなドレスを着ている事も、全部がユウウツに包み込まれてしまう。はぁ、行きたくない。
「ほらマサキ、もう月が一番上に来ちゃうわよ。着替えなさい。その格好で行くの? 着替えないなら昔みたいにママが着替えさせようか?」
着替えない、なんて言ってないだろ。いつもそうだ。早口でしゃべる。年下の従姉妹に上げたアヒルのオモチャみたいだ。ママとは、上品で優しくてオシトヤカで、秋の夕方みたいにオダヤカのはずだ。ママはもう、母さんだ。いや、それでも足りない。おっ母だ。
「何グズグズしてるの。着替えないの? 着替えないなら早く屋上に上がりなさい」
「着替えるから出て行ってよ」
「着替えないから見てるんじゃない。あんたがズボン脱いだら出て行くわよ」
「ママがドア開けてるから着替えられないんだろ。閉めてよ」
「何恥ずかしがってるの、まったく。いいから上ぐらい脱ぎなさい。それ見たらママ下に戻るから。まだ準備も終わってなくて忙しいのよ」
じゃあ早くドアを閉めれば良いのに。なんて無駄な話し合いをしているんだ。僕の頭に、夏休みの海外旅行を冬休み前まで自慢していた田中君が浮かんだ。なんて無駄な、話なんだろう。でもこうなったらおっ母は……ママは引かない。僕は口を尖らせて、洋服を脱ぎ捨てた。パタンと、ドアが閉まる。ママのフテキな笑みだけを置き去りにして。
そこから目を逸らして、僕は着替えを始めた。昔は僕も、向こうへ行くときは今のママみたいに、まるで王子様みたいな格好をしていた。去年、これでもかと泣きわめいて、それだけは嫌だと訴えた。僕の気絶寸前の過呼吸もあり、それだけはなんとか納得して貰えた。
ママもパパも、本当はそういう格好をして欲しいみたいだけど、それだけは、もう本当に、絶対に、嫌だった。体操着のズボンが破れていた時よりも、ハジメ君から貰った水着のお姉さんの写真をパパに見つかった時よりも、買い物に行くと手を繋ごうとしてくるママと一緒に居る所をヒカルさんに見られた時よりも、いや、ヒカルさんにあれを見られたのは、人生で一番恥ずかしかった。三日ぐらいママと口を聞かないぐらい喧嘩もした。それでも王子様の格好は、それぐらい恥ずかしい。
「マーサーキーっ!!」
「今行くよっ……もう」
僕は学校へ行くみたいな普通の格好に着替えて、一階のリビングに降りた。遅めの夕ご飯を食べているパパが、僕に気づいていつのも笑顔を浮かべる。あぁ、今の僕はやっぱり、ユウウツにやられている。
昔は、つい昨日までも、気にもならなかったのに、今日はパパの由緒正しきスポーツ刈りも、細長い目や細長い顔の形も太い鼻も、まるで年を取れば間違いなく僕はこうなると見せつけられている様な気がして、僕のユウウツはさらに重たくなっていく。別にパパが嫌いな訳じゃないし、見た目が悪いなんて思ったことも無い。だけど、大人になった時の姿が丸わかりなのは、良い気分にはなれないものだと思う。今の僕にとっては、さらに。
「良いな、俺も行きたかったなぁ」
パパは、本当の残念を顔に浮かべて、ため息を吐いた。じゃあ行けば良いじゃない、僕の代わりに。なんてママの小言みたいなセリフが浮かんだけど、口には出さなかった。
「準備出来たの? マサキ」
「……うん」
派手なドレス姿でキッチンの生ゴミを袋に詰めているママに返事をして、僕はパパの前に座った。
「どうした? 眠いのか?」
「……ううん」
行きたくないんだ、なんて言ったら、パパは凄く寂しそうな顔をするんだろう。はぁ、子供ながらに気を使う。
「よしっ、じゃあ行きましょうっ。あなた、お皿はちゃんと洗って下さいね」
「うん。じゃあナルさん、マサキ、行ってらっしゃい」
パパとママは、僕の前で口と口を合わせる。別にいつもの事だけど、見ていてあんまり気持ちの良いものじゃ無い。今の僕には、さらに。だから僕はそこから目を逸らして、階段に向かった。
「よろしく伝えといてよ」
「皆寂しがるわ」
パパとママはやっと口を離したみたいだ。
「明日の夕方には帰りますから」
「うん、俺はちょっと遅くなると思う」
「分かりました。じゃあ行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」
どうせパパとママは、もう一度口と口を合わせている。僕はゆっくりと、階段を上がり続ける。後ろから、ママの足音が追いかけてきた。はぁ、行きたくない。やっぱり行くことになるのか。最後に頼んでみようか。行きたくないって。せめてパパが居ればなぁ。はぁ。僕はユウウツが引っ張る足をどうにか持ち上げながら、まるで山の上にある神社への石階段を上るみたいに、ゆっくりと屋上に向かう。
「早く♪早く♪」
やけにはしゃいでいるママの声を背中に受けながら。
酷く遠い様に感じていた屋上までの階段は、正直このまま月が沈むまで上り続けても良いと思っていたけど、ついに無くなってしまって、僕はママと屋上に出てしまった。しまった。ついに。
ママははしゃぎ続けながら、屋上の床に厚い本を広げた。開かれたページには、たくさんの星マークが重なり合った様な絵が描かれている。ママはその本から少し離れて、不器用なカケッコの走り出しみたいに、肘を曲げてまま両足を縦に広げた。いつもの、年に二回訪れる、いつもの光景。
「さぁ、踊るわよっ」
パパが好きな古い映画のセリフみたいに、ママは言い放つ。まずこれが、とても嫌だった。二年前までは、僕の方がママを急かしていたぐらいなのに、今の僕には、その頃の気持ちが、どうしても理解出来ないし、思い出せなかった。
「ホゲッチョ、ホゲッチョ、ボンボンボンチョ」
ママが、踊り出した。鳩みたいに頭を前後に揺らしながら、肘を曲げたままの両腕をこれでもかと振りながら、縦に広げられた両足でリズムを取りながら、本を中心に円を描きながら、ママが、踊り出した。はぁ、まるで僕のユウウツを取り出したみたいな景色だ。
「ほらマサキっ、踊りなさいっ。トリンコ、トリンコ、モンモンモリンコ。デアールナガール、チバチバシカーニャ」
あっちの世界へ行く儀式だと、ママは言う。でも僕には、今の僕には、まるで鉄棒にぶら下がり続ける体育の耐久テストみたいに、恥ずかしさにどこまで耐えられるかの、耐久テストにしか見えない。もうすでに、耐えられそうには無いのだけれど。
「マーサーキーっ、パパにも言って怒るわよっ。いい加減に、踊りなさいっ。デルンダモルンダ、デルモンダ。ミルンバネルンダ、ネムルンダ。ヤッチョーイっ、ヤッチョーイっ、ヘイゴウヘイゴウ、ヤッチョーイっ」
ママが口を尖らせて、「ヤッチョーイ」と叫んでいる。いったい、親が「ヤッチョーイ」と叫ぶ姿を見たことのある子供は、世界中にどれくらい居るんだろう? 僕だけかもしれない。もし奇跡的にいるのなら、無二の親友にでもなれそうだ。グチを言い合えるのなら、オヤツもジュースも要らない。
「いい加減にしなさいっ」
「ごご、ごめんなさい」
足を止めて怒鳴ったママに、反射的とも言える謝罪を口にする。もう観念しなくちゃいけない。パパまで出て来たら、もっと怖いから。それでも些細な抵抗と、僕は両腕をだらりと下げたまま、本を中心に円を描きながら、ゆっくっりと歩き始めた。テンションまで、ママの真似をするつもりはない。だって、犬のウンコを踏んだ事に気づかないまま登校して、教室で異臭騒ぎになるぐらい、恥ずかしいから。
「ソトボ……ぼそぼそ……テンチャン……ぼそぼそ」
「ソトボンボンボンボン、テンチャンテッチャン、テンテンチャン」
もし誰かが今の僕らを見てしまったのなら、どう思うのだろう。仲の良い親子だと微笑んでくれるのか。まさかね。絶対に、確実に、間違いなく、馬鹿にした笑い声を上げる。多分その笑い声は、ゲハハハッハハハハ、だ。そして僕は、笑った相手を睨みつけるだろう。目に涙を浮かべて。
「ぼそぼそ……ラッキネスモッチネス……ぼそぼそ……ヤッチョーイ……ぼそぼそ」
「ダッキネウスラッキネスモッチネス、ダラスモチネスヤッチョーイ、ヤッチョーイ」
どうして、なぜ、僕はこんな事を、しているんだろう? 不意にそんなクエスチョンが頭に浮かんでは、昔の僕がすぐさまに答えを告げてくる。楽しそうに、無邪気な笑み浮かべて、甲高い声を上げながら。頭の中だから仕様が無いけど、もし本当に僕の前に現れたら、グーで殴ってしまいそうだ。
「マタマタキテンネ……ぼそぼそ……ドゴヤッチョーイ……ドゴドゴヤッチョーイ、ヤッチョーイ」
「マタマタキテンネ、ママタキテネ、ドゴヤッチョーイ、キテネドゴドゴヤッチョーイ、ヤッチョーイ」
僕の一生の願いは、ママの半々生の願いに覆い尽くされたのか叶うこともなく、本が僕を馬鹿にしてるみたいに輝きだした。足下が、立ち漕ぎのブランコから飛び降りたみたいに、フワッと床から離れる。一瞬だけ、大事な所が冷やされる。別に嫌いな感覚じゃ無いけど、誰かに伝える意味も無い。
体が宙に浮き出しても、ママは元気いっぱいに、運動会の全体練習、練習、なのに本気で踊る低学年の子達みたいに、元気いっぱいに踊っている。足は床を離れているのに、足を上げて前に出すと、体はちゃんと進んでいく。だから僕も、踊り続けなくちゃいけない。
ついに、目の前が暗くなる。目を開けているのに、暗くなっていく。全身の力が抜けていく。ママの声が聞こえなくなって、僕はすぐさま、漫画に出てくる速さが売りのヒーローよりも速く、音速とか光速とかよりも速く、踊りも呪文も止めた。ここまでこれば、後は向こうに着くのを待つだけだ。
体中を、程良い冷たさが包んでいく。親がお金持ちのヤノ君ん家のリビングみたいに涼しい。正直この瞬間だけは、結構好きだったりする。だけど、この後を考えると、やっぱり、忘れかけていたユウウツが、僕を包み直していく。綺麗に、丁寧に、僕の体が、内側まで、ユウウツに梱包されていく。やっぱり、行きたくない。
パパの所為だ。ママの所為だ。パパが昔転生した勇者じゃなければ、ママが向こうの世界に住んでいたお姫様じゃなければ、二人が結婚なんかしなければ、僕はこんな事、しなくて良かったのに。
昔は、あんなに楽しかったのに。どうしてだろう。いつからだろう。分かってる。去年からだ。急に恥ずかしくなった。向こうの人達は皆とても優しくて、信じられないぐらい良い人達なのは分かっているけれど、分かっているからこそ、今の僕には、どうしても恥ずかしい。
あぁ、行きたくない。異世界の人達に会うのは、今の僕には、やっぱり、ユウウツでしかなかった。
足下に感覚が戻って、僕が目を開けようとした瞬間、微かな太鼓の音が耳に届いたと思うと、続けて僕の表情が多分イラついてしまう程の大音量が、鳴り響いた。それはそれは陽気な音楽。昔の僕なら、ついついと踊り出したろう。同時に、プロ野球の選手登場みたいな歓声が、体中を叩く。その全てが、当たり前の様に歓迎を表していた。分かってる。信じられないほど、皆良い人だ。僕はゆっくりと、覚悟を決めて、いや、正直決められなかったけど、それでも息を吐きながら顔に笑顔というものを浮かべて、目を開いた。
僕らは、それこそ野球場みたいな建物の、広い敷地の真ん中に、立っていた。立たされていた。いつもの場所。周りを囲むスタンドには何万という人々が、ぎっしりと詰め込まれて歓声を上げている。人々、って言っていいのか分からない、二足歩行のワニみたいな人や、絶対に悪の組織に所属してそうな真っ黒で鋭く尖った角が二本生えている四足歩行の怪物まで、誰もが僕らを歓迎していた。他にも、妖精みたいに小さな人達も、正直ここからは遠くて電球の明かりに集まっている虫みたいに見えるけど、数え切れないぐらいに上空を飛び回っている。
観客席から、多分誰かが口から吹き出している火柱がいくつも上がる。光の尾を引く光線が数百と、流れ星みたいに空へ消えていく。紙吹雪みたいな光達が放たれて、僕らの頭上を彩る。そのどれもが、大音量で鳴り響く陽気な音楽と完璧に重なり合っていて、それなりに、僕の気分は良くなる。これほど歓迎されて、悪い気はしない。だけど、結局それなりだ。二年前までは、信じられないほどはしゃいでいて、なんだったら踊っていたのに、正直、もう帰りたい。
その中心に、僕らはショウカン(召喚)された。足下のフカフカに手入れされている芝生には、家の屋上で使った本と同じ様な模様が、僕らを囲う様に大きく描かれている。僕の前では、ママが、アニメのヒロインみたいに、いい歳なのに、それこそお姫様みたいに、スタンドで歓声を上げている皆に向かって、手を振っていた。
ヒメサマ~っっ
オカエリ~っっ
ナルサマ~っっ
オウツクシイっっ
コッチムイテ~っっ
ヤンヤヤンヤっっ
ママには似合うはずの無い叫びが、僕の耳に嫌と言うほどに届く。
ボッチャマ~っっ
ステキ~っっ
ダイテ~っっ
ワタシヲミテ~っっ
ワーワーワーワーっっ
僕の耳は、信じられないほど真っ赤だろう。ダイテ、だって。ステキ、だって。観客席で僕に手を振っている、まるでただのエッチな水着を着ているお姉さん達を、僕はチラチラと、見ていることがバレないように、確認した。凄くエッチだ。今度機会があれば一人で来ようかな、なんて少しだけユウウツが軽くなる。
ダーーーーーーーーーーンッ
急に一際大きい太鼓音が、鳴り響く。まるで教室を震わす先生の怒鳴り声みたいに、一瞬にして場内は静けさに包まれた。僕はいつもの様に驚いて、いつもの事だと思い出す。頭上に取り残された紙吹雪みたいな光達は、季節はずれの雪みたいにちょっとだけ降り注いで、恥ずかしそうに消えていく。
バサバサっという音が耳に届き、目線を上げた。細長く真っ赤な絨毯が、クニャクニャと木から落ちた蛇みたいに舞い降りてくる。それは僕らの足下と、スタンドの壁側にある大きくて豪華な、キラキラの装飾に色づけされた門の前まで、道を作った。
たっぷりとゆっくりと、その門が開いていく。誰もが固唾を飲んで見守る。いつもの事なのに、どうせ王様が、女王様が、つまり僕のおじいちゃんとおばあちゃんが出てくるだけなのに、まるで驚く準備でもしているみたいに、誰もが息を潜めている。
まずは象ぐらいの大きさで、真っ白の長い羽が綺麗な鳥が、二羽現れた。その二羽が引っ張る感じで、金ぴかの荷台に乗ったおじいちゃんとおばあちゃんが、ママに負けないぐらい派手な格好で、登場した。まだ皆、声を発しない。何でもないのに、おじいちゃんとおばあちゃんが出てくるだけなのに、いつもこの瞬間は、ちょっとだけ緊張してしまう。
二羽の大きな鳥が、僕らを囲う様に離れる。おじいちゃんとおばあちゃんの乗った金ぴかの荷台が、僕らの前で止まった。