お久しぶりです。みなさま。
多忙ゆえ死んだのではないかと思うほどの低浮上でした。相変わらず小説には手を出せておりません。
受験生、おつかれさま。これから頑張れよ。
今日は3月11日。
あの日ですね。
そのことで、東北勢であるわたくしから少しだけ。
実家が東北にあります。
津波にはあいませんでしたが、あれを経験した身です。
おととしの3月の6弱地震の時もたまたま東北にいて、深夜なのに泣き叫びながらベッドの上でがたがた震えてました。
いつも東日本大震災のことを思い出しては足が震えます。
学生時代の担任は、当時卒業式が終わった午後だったとのことで、避難してきた教え子を1人1人確認すると、津波に巻き込まれていなくなった子がいて……。
卒業式で会ったのを最後に、もう2度と会えなかったとお話してくれました。
震災遺構には未だ足を踏み入れられません。
復興して、表ではとても幸せそうに見えても、そうではない人たちも多くいます。
私は、たまたま陸に住んでいたから、高台だったからという理由だけで犠牲にならなかった命です。
もう震災を知らない子供たちがたくさんいます。
当時の恐怖を体験しないと得ないトラウマもたくさんあります。
だから、この日は、生かされた命に感謝しようと思っています。
もしかすると、これから辛いことが待っているかもしれない。
でも私たちは、どうにかしようとふんばってみたら、結局何でもできるのだと思います。
だって生きているじゃないか!
そんなことを想いながら、今日という日を迎えました。
あの日から13年。
東北はこんなにも綺麗になりました。
能登半島のみなさん、ウクライナのみなさん、今もいろいろなところで頑張って、苦しんでいるみなさん。
13年前のあの日、恐怖で眠れなくて停電した住宅地から見た夜空は、信じられないくらいきれいでした。
涙を堪えるために見上げた夜空は、どうしても霞んで見えないだろうけれど。
きっと、もう1度、前よりももっと幸せで、満たされた気持ちで夜空を見上げる時が来ます。
だからその時まで頑張って!
ふんばってね!
(まだまだ私も若造です。いっぱい頑張って、もっときれいな夜空をもっとたくさん見上げられますように)
(そろそろ小説出せるようにがんばる)
(待っててくれ)
2024.3.11