Eさんは毎朝仏壇に線香を供えるのが習慣になっている。彼女が信仰心を持っているわけではないが、供えないと文句が出るのだそうだ。
彼女の母親はマンションに仏壇を持ち込んで毎日線香を供えていた。鬱陶しいなあとかかさばるなあと思っていたのだが、それが当たり前になっているのだろうしケチを付けて揉めるのも嫌だった。
そうして彼女が母親と同居してから朝起きると線香の匂いが漂ってきていた。タバコは禁止のマンションだが線香には規定がない、とんだ欠陥ルールだと思いながら面倒を見ていた。
とはいえ、同居の時点で高齢になっていた母親なので三年と持たず鬼籍に入ることになった。ただ、本当の問題はそれかららしい。
「朝なんですが、封筒がドアポストに入っていたんです。中には『朝のお経をやめてください』って書いてあるんですよ。もちろんお経なんて唱えてませんし、そもそも読めもしないですから」
それからため息を吐いて言う。
「それでいろいろ考えたんですが、仏壇が原因だと思うんですよ。処分しようかとも思ったんですが、なんだか余計に悪化するような気がしていろいろ試したんです。そうしたら母親がやっていたのと同じように線香を供えると苦情がパタッと止んだんです。引っ越すことも出来ませんし、線香を供えていれば文句もないようなのでそれで済ませることにしていますよ」
彼女は深いため息と共に私の謝礼を受け取り、『線香代の足しにでもします』と言い去って行った。