布袋さんは最近奇妙なものを見るようになってしまったという。彼の話によればそれは理論的にはあってもおかしくないが、合理的な説明が付かないものらしい。話を聞いてみた。
「知ってますか? 看板ってあるじゃないですか? いや、今時の電源が入って光るような奴ではないです。昔よくあったホーロー看板って知っていますか? 昔はよく見たんですけど、時代が進んでなくなったかと思ったら最近よく見るんです」
彼の話はこう始まった。
初めて見たのはなんだったかな……もう覚えていないんですが、よく街角で見かけた看板で、当時は『まだ撤去されてないんだな』と思ってそのまま帰ったんです。
自宅に帰ってから気がついたのですけど、あの手の看板を最近見ないじゃないですか、それなのにその看板が新品同然の光沢を放っていたんですよ。
また新しく作り始めたのかなと思ったんですが、初めて見てからだんだんと街角でよく見るようになったんです。不気味なのが全部古いタバコや薬などの宣伝のはずなんですが全部新品みたいなんですよね。タバコの看板ってもうほぼ無くなったじゃないですか、それなのに今さら新しく作るのかなとは思ったんです。
それからはどんどん見える看板の数が増えていきまして、角を曲がったらすぐの塀に取り付けてあることもあったんです。
しかし説明が付かないのはそれを見てから一度その場を離れると、そんな看板はもう見つからないんですよ。それなのに新しい場所にはまた新品みたいなものが付いているんです。
「でも……実は問題はそこではないんですよ」
そう言って暗い顔をして布袋さんは話を続けた。
はじめにタバコの看板を見たって言いましたよね? 当時は禁煙に挑戦していたんです。そんな時にタバコの看板を見せられて嫌気がね……
それから子供が生まれたらチャイルドシートの看板が見えて、妻が時々家を空けるようになったころには興信所の看板が出たりしたんです。
参ったのは親父がもう危ないって時に病院まで急いでいると、ビルの壁面に大きな葬儀社の看板が見えたんです。縁起でもないとは思いましたが急いでいたので無視しました。
結局最後にいくらか話して看取ることはできたんですがね、最近になって新しい看板を見るようになったんです。
それから一息置いて彼は言葉を絞り出した。
「抗がん剤の看板を最近見るんですよ……法律で処方薬の看板なんて出せないはずでしょう? それなのに当たり前のように街角で見るんです。不思議と他の人には見えないようなんですが、もしその看板が私への忠告だとしたら……私はどうすればいいんでしょうね……」
ただそれだけだと布袋さんは言い、席を発つ前に『来週、健康診断の結果が出るんです』と苦々しく言って去って行った。
今は連絡が付かないのだが、私は彼の健康を祈っている。