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珈琲

 夜の自室。
 机の上のノートパソコンだけが白く光っていて、
 その光に照らされる指先は、ちょっとだけ大人っぽく見える。
 でも胸の奥では、小さな子どもみたいな不安が跳ねている。

 カップの中には、飲めないくせに淹れたコーヒー。
 香りは好きなのに、味はまだ苦い。
 だからミルクをいっぱい入れて、色がやさしく薄まるまでくるくる混ぜる。
 その動作だけは、どうしても“大人っぽい自分”でいたくてやめられない。

 そしてキーボードに手を置くと、
 胸の奥がそっとざわつく。
 “この精一杯、本当に誰かを満足させられるのかな。”
 そんな思いが、白い画面の光より濃くゆらめく。

 キーボードを叩く音は軽いのに、
 背伸びしたい気持ちと、子どもみたいな不安がいつもぶつかる。
 どんな一文を書いても、
 “これでよかった?”
“もっと上手くできたはずじゃない?”
 そんな小さな声がついてくる。

 ネットの向こうにいる誰かの表情は見えない。
 どこで笑ったのか、
 どこでつまらないと感じたのか、
 読むのをやめたのか続けてくれたのか、
 その全部がわからないまま作品だけがひとり歩く。
 それが、背伸びしきれない心には、少しだけ重くのしかかる。

 けれど、中途半端に書いたものを“これでいい”と思う勇気は、もっとない。
 少しでも手を抜いた文章は、自分でもすぐにわかる。
 あの小さなチクッとした後悔が苦手で、
 どうしても本気で向き合ってしまう。

 本当は、わかっている。
 こんなに怖くなるのは、創作がただの宿題じゃないから。
 大人になりたい気持ちと、まだ幼い心が交じり合って、
 変に真剣になってしまうだけ。
 でも、その真剣さだけは手放したくない。

 だから今夜も、コーヒーをミルクでいっぱい薄めて、
 まだ少し熱いカップを両手で持ちながら、
 白い光の前に座る。
 幼さと背伸びが同時に映り込む画面に、
 震える指をそっとのせる。

 怖いけれど、逃げたくない。
 幼いくせに、大人ぶってでも前に進みたい。
 そんな矛盾だらけの“精一杯”が、
 いつか誰かの胸の奥に、ほんの少しでも触れますように——。

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