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『狼の唄の伝説』 後書き

 こんなところまでお読みいただきありがとうございます。サイト内に掲載している後書きです。

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 『飛鳥』シリーズの外伝、〈草原の民〉視点で書かれた、少年期(十六歳)のトグルの物語です。本編では第三部に登場するシルカス・ジョク・ビルゲや、第四部以降に登場するオルクト・トゥグス・バガトルが、中心的に出てきます。
 本編では既に死んでいるトグルの父・メルゲン・バガトルとトゥグスの父・先代のオルクト族長も出てきます。(幼いタオも居ます。)
 全体的に、本編での彼等の立場を補うような話にしています。

  ……もうちっと、解り易い形にすれば良かった。
 と、この作品を読み返して、我ながら苦笑しました。二十三 歳当時(一人称役のトゥグスと同年齢)に書いたものですが、いわゆる「若書き」で、無謀にも親子の問題を扱おうとしています。私自身は子育てはおろか、結婚すらしていませんでした。
 もっと、『エディプス・コンプレックス』(ギリシャ神話のエディプスが、実父を殺すという、アレです。フロイトの心理学では、同性の親を心理的に殺害して成長するという意味ですね。)とかの、理解し易い構図にしておけば良かったのに。よりによって機能不全家族の、思春期男子と父親間の葛藤とは――。
 トグルのような複雑なキャラクターを創った自業自得ですね。見事に、玉砕した気分です。

 一応、心理学的な解説を試みますと、
 トグル・ディオ・バガトルは、『母のない少年』です。
 彼にとって(心理学的に)『母』のような(受容、支持的な)役割を果たしたのが『ジョク』であったということは、お分かり頂けると思います。メルゲン・バガトルも、そのことを承知しています。だから、最期に彼を呼び出しました。
 これは正確には、トロゴルチン・バヤン→メルゲン・バガトル→トグル・ディオ・バガトル三代の父子関係を表現しないといけなかったのですが、メルゲンの登場シーンが減ってしまったのは、私の構成力不足です。

 部族を武力で支配した英雄バヤンに対して、妻子をそのために傷つけられたメルゲンは、和睦を主張する方法でしか、己の意見を父に認めさせられなかったのだと、作者は考えています。――その方法で、結果的に父を(心理的にも物理的にも)死に追い遣りました。
 トグル(ディオ)は、メルゲンを超える為には、やはりどこかで父を『心理的に殺す』ことが出来なければいけないのですが……メルゲンは、勝手に死んでしまいましたから、この葛藤は昇華されていません。
 戦い続けてきたバヤンは、息子(メルゲン)の意見を認めた結果殺されますが、部族が生き残る為に『仇を報せ(=徹底的に戦え)』と、遺言しました。 メルゲンは、己の行為が最終的に息子(ディオ)を戦争に追い込むと承知の上で、『忘れて幸福になれ(=和睦の道を探せ)』と、言い遺しました。
 二人の気持ちを承知しているトグル(ディオ)は、『たった今、(父を)嫌いになった』と言い、十年間の戦争に突入します(そうせざるを得ませんが……)。

 勿論、ディオが言葉通りに父を嫌いになったわけではないことは、言うまでもありません。(十五歳以上の読者の方に、この読解が出来ないとは思いませんが)敢えて噛み砕きますと、『父が好きだから、勝手に死んだことが許せず、受容できないから葬儀を行わなかった』のです。ただ、ディオは自分の感情を言語化してそう認識していません。
 そして、メルゲンの遺言を聴いて、彼の気持ちもディオの気持ちも充分承知しているはずのジョクは、本編で『ディオにクリルタイ(氏族長会議)を……』と、言うわけです。
 戦争に対する、トグル自身の最終的な解答は、本編の最後になります。

 これ以上の解釈は、読んで下さった方にお任せしたいと思います。

         *

 本編では一言しか台詞のない『ジョク』ですが、このような人物であったと、理解して頂ければ幸いです。
 彼は、実在の重度身体障害をもつ友人たちをモデルにしています。友人たちに感謝を捧げます。

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  一人称のトゥグスの年齢を超え、改訂作業をしていると、この話の登場人物の「若さ」がよく分かります。十代のディオなんて、ただの不良ですよね。酒は飲む煙草は吸う女遊びはする、挙句に暴力沙汰の喧嘩までしている……。トゥグスでさえ「族長の存在意義」について悩むなど。何とも若くて痛々しいなあ、と感じていました。
  一方、現在では、メルゲン・バガトルの気持ちが理解できます。支配的な父(バヤン)に対して自己を立てつつ、息子(ディオ)を父の影響から守るにはどうするべきか……さらには思春期・反抗期の息子との距離の取り方に悩む、なんて。――解るよ、メルゲン。ディオも赦してあげてよ。お父ちゃん、自分なりに頑張ったんだからさ……などと言いたくなりました(^^ゞ←こら、作者。

  本編では、ディオはトゥグスの年齢を超え、二十五歳になっています(細かい設定をすっかり忘れて恐縮ですが。読み返していると、第二部冒頭で、タオに「二十五歳、もう若くないのに独身で、女嫌いだと。どういうつもりだ」とバッサリやられていました)。
  いずれ、お目にかけたく思っていますが……なにしろ長いので、まだ躊躇っています。申し訳ありません。

  
 これを書き直していて、自分は短編が苦手だということを、改めて痛感しました。
 いつも、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございます。
 本編の方も読んで頂ければ、幸いです。
 では、また。

2003年5月 サイト内初出
2017年8月 改稿

                   作者 拝

4件のコメント

  • Azurite(藍銅鉱)様

     おはようございます、夷也荊です。
     今回も読みごたえ抜群でした! 
     ただ、序盤からかなりの数の人名が出てくるので、最初に簡単な人物紹介があれば良かったなぁ……と、少しだけ思いました。読み進めていく内に、キャラクターは分かってくるのですが、試読みした方にはもったいなかったかと思いました。
     しかしこれを23歳の時に書かれているとは! 一体何者なんですか? って思いました。「凄い」の一言です。
     いつも重厚な物語をありがとうございます。

     それでは、感想とお礼まで。
  • 夷也荊さま

     おはようございます。コメントとご丁寧なレビューを頂き、誠にありがとうございますm(_ _)m
     相変わらず、ユーラシア北方民にどっぷり漬かった話です(笑) お付き合いいただきありがとうございました。

     人名もですし、モンゴル語(もどき)も大量に出ていて、本当に読者に優しくない話ですよね!(^_^;) もういっそモンゴル語で書けよ、自分!と自己ツッコミを入れておりました。
     中国史書に取材した部分もあり、部族間の勢力関係や家系など、一部のマニアの方以外は大量に振り落としているのではないかと思います……orz 

     23歳というのは微妙な歳で(笑)中二病の自分を振り返る余裕はあるのですが、流石に親世代の胸のうちまでは理解できなかったですね……。メルゲンとディオ、不器用極まりない親子ですが、楽しんで頂けたなら光栄です。

     いつも温かく見守って下さり、ありがとうございます。

     夷也荊さまの新作、楽しみにしております。頑張って下さいませ~(^^)/"
  • Azuriteさま

    完結おめでとうございます。そして草原で生きるかっこよくも不器用な父子の物語をありがとうございます!

    匂い立つような草原の描写と緻密な知識に息を呑みながら読了していたのですが、これを23歳の時に書かれたとは。何者ですか、Azuriteさま(笑) もしや草原に降り立ったテングリの子なのでは、と浅学非才の私は始終圧倒されっぱなしでした。
  • 田所米子さま

     こんばんは(^^) 最後までお付き合い下さっただけでなく、こんなところまでお読み下さり、ありがとうございます。恐縮です。
     また、改めて、お星さまをありがとうございましたm(_ _)m

     恋愛色皆無なむさい男たちの話ですが(^^ゞ 楽しんで頂けたなら幸いですv
     23歳……ええ、私、何をやっていたんでしょうね(滝汗) 中二病~反抗期の心情はまだしも、親世代の心理について書こうなんて。
     周囲が男ばかりの学生生活を送っておりましたので、野郎どもの馬鹿な会話に関してだけは、やけにリアリティがあります(^^ゞ

     テングリは、本編に登場します(やっとファンタジーらしくなります・笑)。私は、自分の前世はきっとモンゴル高原に住んでいたタルバガン(地リス)だったと思い込んでいる、民俗マニアですよv

     応援、コメント、レビューを本当にありがとうございました。同好の士にお会いできて大変嬉しいです(*^^*)
     御作の続きも楽しみにしておりますv またお邪魔させて頂きますね。
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