カナダからアラスカ、シベリア、中央アジア、北欧、グリーンランドと……地球をぐるり一周する北極圏とその周辺地域には、歌と太鼓踊り(ドラム・ダンス)の文化があります。
歌は、個人がつくる「もの」です。時には何世代にも渡って歌い継がれることがあります。「もの」ですので、他氏族や民族と「交換」することもあります。
伝統的な歌の多くは、シャーマンが作った呪歌(マジック・ソング)で、狩りの獲物のクジラを弱らせたり、嵐を止めるちからを持つとされています。
歌い方にも特徴があり、グリーンランドとカナダのイヌイットの「喉あそび」(カタジャク)、トゥバやモンゴルの「喉歌」(フーメイ、ホーミー)、アイヌやチュクチ、コリャクの歌(レクッカラ、ピッチアイネン)など、似たものが多くあります。これらは、シャーマンの独特な歌い方を踏襲しています。
研究者たちは、中央アジア圏の『草原のシルクロード』と対比して、『歌のシルクロード』と表現しておられます。
太鼓は、日本の和太鼓や西洋のドラムとは異なり、胴がなく、丸い木枠に動物の革を張った平らなものです。アラスカ、シベリア、北欧やグリーンランドにも、同じ形のものが伝わっています。一人で叩きながら踊る地域もあれば、集団で踊りながら叩く地域もあります。
板琴は、アイヌ民族には、トンコリとして伝わっています。大陸での呼び名はナルスユク(ハンティ族)など。ケイジが演奏したものは五弦ですが、三弦、六弦もあります。ピックや弓などはなく、爪ではじいて音を出します。
拙作は、北東シベリア圏の有名な民話を基に、この太鼓踊りを表現しようとしたものです。長編『EARTH FANG』と同じ世界設定、登場人物ですが、本編をご存じなくても読めるようにしたつもりです。
作中、ゴーナの女が「息子を牡のゴーナに殺された」と話していますが、これは、ヒグマなどの牡熊がしばしば行う『子殺し』です。子どもを連れた母グマをみつけると、牡グマは、小さな子グマ(自分の子どもではない)を殺してしまいます。そうすることで牝グマと交尾を行い、新たに自分の遺伝子を継ぐ子どもを産ませるのだと言われています。
(これを避けるため、知床半島などでは、子連れの母グマが、人間の漁師小屋の近くに避難する行動がみられています。牡グマは警戒心が強く、人間のにおいのする場所へは近寄らないので、子どもを守りたい母グマは、間接的に人間に守ってもらうわけです。)
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む、難しかった……。
書き始めてから、何度も後悔しました。現地の方は、後半の民話を、実際に歌にのせて踊りながら演じておられます。それを文章、小説という形で表現するにはどうしたらいいのか、かなり悩みました。
特に、歌を掛け合う場面では、段落を分け、わかりやすくしたつもりですが。それによってせっかくの民話の雰囲気が壊されていないか、心配しています。
集団で行う太鼓踊りは、多くの場合、冬に演じられることが多く、夏に行うことはありません。現代では、例えば少数民族の伝統芸能フェスティバルなどで、夏に演じられています。
作中の民族は、脚色をくわえた架空の存在で、実在の方たちとは関係ありません。しかし、シベリア諸民族の文化、民俗に関する記述に誤解がある場合の責任は、私にありますことを、明記させていただきます。
お読みいただき、ありがとうございました。