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『入替花嫁』完結記念番外編 第一弾

「ナタリーとカナリアのお泊まり会」



「なんだか幼い頃のお泊まり会を思い出すわ」

そう微笑みを浮かべながらゴロンと身体の向きを変えたカナの視線の先には、同じような格好でこちらを向いているナタリーの姿がある。
ここはカナの寝室。時刻は真夜中の少し手前。
二人が同じベッドに向かい合って寝転んでいる状態だ。

今夜は仕事の関係でアズベルトが不在だ。
たまには一緒にと『カナリア』を発動させたカナの願いで、ナタリーは今ここにいる。常の立場なら決して許されない事だが、二人は幼い頃からの友人関係でもある。
今日のお泊まり会は友人として、という事で、メイド長から許可は下りている。

「本当に。カナリアと出会った頃を思い出すわ」
「その時もこんな風に一緒に寝たりしたの?」
「ええ。それも初めて会った日の夜に」
「そうなの? 是非聞きたいわ」

◇ ◇ ◇

ナタリーが初めてカナリアと出会ったのは九歳の時だ。両親の友人が集まるからと、オラシオンの農場に連れて行かれた事がきっかけだった。
ナタリーがオラシオンを訪れるのは初めての事だ。正面に見えるは真っ白に色付く大きな山、道の両脇には果てなど無いのではと思わせる広大な畑、牧場で草をはむヌル。
そのどれもが目新しく新鮮だった。

オラシオンへ向かう馬車の中、母から友人の娘でナタリーよりも一つ年下の女の子がいるのだと聞いた。
生まれた時から身体が弱く、あまり外で遊べないのだと言う。ついこの間も風邪を拗らせて寝込んでいたらしく、今は具合が良くなったものの大事をとって療養しているのだとか。ナタリーとは歳も近いし、話し相手になって欲しいと、そう言う内容だった。
あまり話し上手な方ではないが、そういう事ならと了承し、着いた部屋の中に居たのは驚く程天使な可愛らしい少女だった。
『天使』
その表現がしっくりくる、逆にそれ以外の表現方法が見つからない程、圧倒的に天使だったのだ。

「こんにちは」

ベッドの上、開いていた本を閉じナタリーに向かって微笑んだ少女・カナリアは、一つ下とは思えない程落ち着いていて大人びて見えた。
きちんとした教育を受けてきた令嬢とはこういうものなのかと、カナリアと話していて子供ながらに関心したし、自分が情けなく恥ずかしくも思えた。
それにしても何故かと、ふと疑問に思う。体調のせいで社交界へのお披露目はしないのだと聞いている。
なのに何故こんなにも……。
その理由は直ぐに判明する事となった。
そのうちにチラチラと時計を気にし出したカナリアが、時間が経つに連れてソワソワしている。
どうしたのかと思っていたら、部屋の扉をノックする音が響いた。

『カナリア、私だ。開けても良いかい?』

その声にパッと表情を変えたカナリアは、ベッドを飛び出すと開いた扉へ向かって駆け出して行った。

「お友達が来ていると聞いたんだが——うわぁっ!!」
「アズ兄さま!!」

驚きながらも片手でしっかりとカナリアを抱き上げたのは、ずいぶん年上の美しい青年だった。
片手で抱き上げたのは、もう片方の手に花束を持っていたからだ。彼女への見舞いの品だったのだろう。カナリアは大層喜び、頬をその花束と同じ色に染めている。

「アズ兄さまったら、五分も遅刻よ!」
「ごめん。叔母様がなかなか離してくれなくてね」
「まぁお母様が? 後で叱っておかなくっちゃ!」
「リア、体調はもう良いのかい? また無理して動き回ってはいけないよ?」
「……じゃぁ動かないから、今日はずっとこうしていてくれる?」

首へぎゅっとしがみついて離れないカナリアは、さっきまでの大人びた態度が嘘のように青年に甘えている。仕方が無い子だと目尻を下げながらも、青年は両手でカナリアを大事そうに抱えると、ベッドまで運んだ。
降ろすのかと思ったら、彼がベッドの淵に腰掛けその膝の上にカナリアが座っている。
あぁ大好きなんだなぁ。そう思った。
さっきまでのカナリアとはまるで別人のようだ。大人びて見えたのも、落ち着いて見えたのも、全部この方に恋しているせいなのだと。
八歳の少女は、彼の前で確かに女の顔をしていたのだ。


その夜、ナタリーはカナリアと同じベッドへ入った。大きなベッドは子供が二人横になったところで狭くも何ともない。
カナリアからアズベルトの事をたくさん教えて貰った。
学院では首席だった事。魔術師のお友達がいる事。たまにお姫様と呼ばれて嬉しい事。お姫様のようにエスコートしてくれる事。いつも花束を持って来てくれる事。声を聞くとドキドキする事。お嫁さんになりたいと言ったら、良いよと言ってくれた事。
……でもそれは多分叶わない事。

「どうしてそう思うの?」
「だって、アズ兄さまは私の事、妹だと思っているもの」

私は大好きだけど、私の大好きとアズ兄さまの大好きは違うの。
そう話すカナリアの瞳は大きく揺らいでいる。子供ながらにこの歳の差が大きい事を理解しているのだ。

「それに私は身体が弱いから」

この足枷は一生外す事が出来ない。カナリアにとっては重い重い足枷だ。
大好きでも、彼の役に立ちたくても、この身体は大事な時にいつも役に立たないのだ。それは幼いながらアズベルトの為には決してならないのだと理解している。
そんな風に大きな瞳を伏せる友人が不憫に思えた。こんなに一途に、一生懸命に、真っ直ぐに気持ちをぶつけられるのは、本当に凄い事だと思うのに。羨ましい事なのに。そんな風に諦めて欲しくなんて無い。

「諦めちゃダメよ。身体はこれから良くなるかもしれないじゃない!」
「ナタリー」
「それに妹だと思われているなら、妹に見えなくすればいいんだわ」
「どういう事?」
「妹を辞めるの。レディとして見てもらえるように作戦を考えましょう」
「……っ!」
「私も手伝うわ!」
「……ええ、ありがとうナタリー」

それから遅くまで二人で話し合った。
淑女は紅茶に詳しい方が良いから、カナリアがお茶の銘柄を沢山覚えようと言えば、ナタリーは美味しく淹れられるように練習すると約束した。
また、お花を貰った時はお手紙を出すようにしたら良いから、字の練習と手紙の書き方を覚えよう。後は刺繍をしたハンカチをプレゼントする事、呼び方を変える事、元気になったらダンスの練習をする事。
本物のレディのように着飾っていつかエスコートして貰おう。
この作戦については数年後、功を奏する事になるのだが、それはまだ二人は知らない。

そうして二人の話し合いは、時計の針が真上を過ぎる頃まで続いたのだった。

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