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家康≒家族の巻

司馬遼太郎の「歴史の中の邂逅」の戦国武将のあたりを読んで、家康に関する文章を読んでみると、この時代がいかに非倫理的な裏切りと殺し合い、忠義と裏腹の騙し合いに満ちていたかがよく分かった。

丸谷才一の「日本史を読む」も含めて、皆が口をそろえて言うのは「影武者徳川家康」がメチャクチャ面白いということだが、そちらへすぐ進むのもなあ、と思いつつ山田風太郎の「信玄忍法帖」を読んだら冒頭から「家康は気の毒」という説で、山田風太郎自身の考えがストレートに書かれている。

こちらの方が読みやすそうなので、先に読んでみることにした。これは信玄の死後、その情報を漏らしてはならないという遺訓を守って8人の影武者を立てるという話。徳川の方は「噓なんじゃねえ?」と考えているので忍者を使って探ろうというのであった。

家康のことばかり考えているせいで、たまたま「家族」という単語を目にすると「家康」に見えてしまう。

「家康だから愛したんじゃなくて、愛したのが家康だった」

意外とこの線はあるかもしれない。多くの「家族」と「家康」は置き換え可能なのではないだろうか。

たとえば……、

「家康ゲーム」

「パラサイト 半地下の家康」

「ほかほか家康」

「万引き家康」

などなど。

2件のコメント

  • こんばんは。

    福山氏の『家康になろうよ』はさすがに、なれるかぁ‼︎ って言いたくなりました。

    おもしろいですね。
  • ♪家康になろ~うよ~

    字あまりっぽいですが、歌おうと思えば歌えそうなところに家康力を感じますね。
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