「文豪と食」というアンソロジーを図書館で見つけたので読んでいたら、岡本かの子の「鮨」が入っていて、35年ぶりくらいで読み返した。
初めて読んだのは雑誌「新潮」の1000号か創刊何周年、といった記念号で「昭和の名短編」という名目で50作ほどの短編を集めた本だったと思う。
その時にもやはり上手な、心に残る短編と感じられたものの、印象としては「母親が息子に鮨を握る話」であって、その頃の自分には、それ以上の何がどう上手いといった点は明らかにできなかった。
読み返してみると、この短編は前半と後半でトーンが違っていて、前半は寿司屋の娘から見たある男の話、後半はその男の回想で幼年時代の話、と分かれている。別の短編に分けてもいいくらいだが、微妙に通じ合っている面も当然ある。
ここに家の没落とか、恋愛に似た感情とか、母親と息子の思いのすれ違いとか、世の中との距離だとか、様々な主題が絡んできて、そのうちの幾つかは経験的に実感を持って理解できるようになった。
読み終わると、胸のあたりが温かい何かで満たされたようになる。先日の「鬼太郎誕生」に続いて、自分にとってはやけに内部で響く作品が続いた。
良い創作物に触れると、頭や体のピントが調整されてよく合ってくるように感じられる。