【最終話】かつて全裸ホームレス勇者を拾った。そして僕らは──。


 その日、日没した頃。


 オンボロ航空艇で二人は我が家へ帰ってきた。


 駐艇場に降り立ったゾーニャは、マンションを感慨深そうに見上げる。


 ああ、帰りついたのだ、と。


 それを見てロジオンは笑みがこぼれた。


「今は僕一人で住んでるんだ。親父は逃げた先で居着いちゃって」


「ふふ、さあ早く部屋へ」


 ゾーニャは彼の手を引いて、目をキラキラさせ。


「三年ぶりに風呂に入れる。しかもお湯のでる風呂に!」


「えっ。ずっと噴水風呂すら入ってなかったんですか……?」


「だ、だから念入りに洗おうと思ってる。だって……その──」


 と、急に恥ずかしそうに目を逸らし、ゾーニャは小さな声になって。


「──三年前の勇者ワールドであなたは約束した。私のしてもらいたいことを、なんでもしてくれると。『家に帰ってからでも、僕から言いだしてみますね』と」


「あ、ああ……」

 ロジオンも照れくさそうに視線を逸らした。

「そう、でしたよね」




 で、二人は目を合わせられないまま、マンションの部屋の玄関前まで来た。


 いざ玄関扉を開けようと、ロジオンは鍵を差し込んだのだが。


 なぜか、そこで突然、固まった。


「どうしたのです?」


 ゾーニャが彼の顔を見ないようにしたまま訊ねると。


「あ、ええと、う、うん」


 なんとも言えない返事が彼から返ってくるだけで、やはり鍵を開けようとしない。


「ロジオン……。こ、こんな時にじらすことはないでしょう」


「い、いや、じらしてるとかではなく……」


 と、なぜか、鍵を開けるのを躊躇っているようなそぶりを見せていて。


「いったいあなたは何を──」


 ゾーニャが彼の顔を見上げてみたらだ。


 なんか、ロジオンは『この扉を開けてしまったら、この世の終わりがやってくる』とでも言うような、絶望的な顔をして、プルプル震えていた。


「ね、ねえゾーニャ。今日は、別の所に泊まりに行ってみないかな。お、親父のところとか。ほら、紹介もしたいし」


「何も今からでなくて良いでしょう。今日は、あなたと二人だけで過ごしたい」


「で、でもさ。僕はなんとなく、親父の顔を見たくなってきたというか、無性に」


 さすがにゾーニャは気づいた。


 何か重大な事案がこの部屋に秘められているのだと。


「あなた……この部屋に、私に見せたくない物があるのでは?」 


 すると、ロジオンはあからさまにドキッとして、取り繕うように。


「べ、別に、そ、そんなわけない。ゾーニャと再会できたことが嬉しすぎて、ここに早く連れて帰ってくることしか頭になくて、大事なことをうっかり忘れてたとか、絶対、絶対、そんなこと、あるわけない」


 すごーく、そんなわけありそうな雰囲気だった。


 ゾーニャは察してしまった。


「ま、まさか。私が居ない間に、他の女と同棲していたとか? 先ほどあれだけ私に愛を囁いていたくせに!」


「ち、違う。そうじゃない。微妙にそうじゃないんだけど──」


 ロジオンがそう言ってる途中だった。


 ゾーニャは運動エネルギー制御でドアノブを強引にねじ切って開けてしまった。


 で、玄関から見えた、ソレ、を見てしまった、のだが。


 ゾーニャは戦慄のあまり目を見開くことしかできず、呟く。


「こ……これは? まるで、密林? たわわな果実が実った……密林?」


 なんと……。


 玄関から廊下、居間にいたる壁という壁沿いに、フィギュアが並べられていた。


 爆乳ゾーフィアたちだ。


 たわわな果実を実らせる彼女らの数は数百体、いや、もっとだ。


 ゾーニャが玄関から中へ入ってみると、寝室や仕事部屋、キッチン、あげくは風呂場まで、フィギュアが陳列されていた。千体は超えている。


 つまり、ロジオンというしょーもない男は、ゾーニャへ自分の愛の限りを届けようと映画作りに全身全霊を捧げていた一方で――。


 わずかな休憩時間にはオークションサイトを血走った目で検索してまわり、片っ端からポチりまくってたのだろう。


 しょーもない男だ。


 だから、たわわ密林の中心に佇むゾーニャは、ものっそい複雑な表情で呟いた。


「しょーもな……」


 一方。玄関の中に入る勇気がないロジオンは、立ちすくんでいたのだが。


 ゾーニャは顔を俯かせたまま、戻ってきた。表情は窺えない。


 ただし、両手に何か持っている。ヤスリだ。二刀流。


 それを見てロジオンは飛び上がった。


 ジャンピング、そして空中で三回転ひねりを決めから、華麗に土下座。


 芸術点の高いジャンピング土下座だった。


「ずびばぜんでじたぁああ!」


 すみませんでした。と言いたいらしい。


「で、でもゾーニャ。聞いて欲しいんだ。これには深いわけが!」


 ゾーニャは俯いたまま、呆れたようにため息を吐く。


「よろしい。言ってみなさい」


「は、はい……! 全て僕のせいなんだ。ゾーフィアの常識を塗り替えてしまったせいなんだ! 僕の映画の類似作品が量産されるようになったせいで、従来型の巨乳ゾーフィアの人気がガタ落ちになってしまった。

 これがフィギュア業界にどう影響したか分かります? そう、作られなくなった! Gカップの新作が絶滅したんです!」


「で?」

 しょーもなさそうな視線を向けるゾーニャ。


「……」

 土下座しながら上目使いでそのゾーニャを見上げるロジオン。


 ゾーニャが威圧感をこめてもう一度、聞き返す。


「で?」

 

「従来型ゾーフィアのフィギュアを集めた博物館があったんだ。けど、そこも倒産してですね。所蔵品がオークションに出された。歴史的価値のフィギュアが、なんと千五百体も! 僕のせいで彼女たちは路頭に迷うことになってしまった!」


「で?」


「彼女たちが転売ヤーの商材にされたり、どこの馬の骨ともわからない男たちの慰み者にされてしまうのを、僕は……見捨てられなかった。だったらどうします? 保護するしかない。買うでしょ! 千五百体!!!!」


「で?」


「あ、以上です」


「……」


「……」


 両者、しばし沈黙。そのあと、ゾーニャは呟く。


「ほんとに、しょーもな……」


「ち、ちなみになんだけど……。これも僕は言っておかなきゃって。実は、フィギュアの購入代金のせいで、極貧生活してます」


「嘘でしょう……? あなたの映画があれほど大成功したのだから、相応の報酬をもらっているのでは。いくら希少な乳人形とはいえ、千五百体くらい買える程度は」


「はい。本来の生涯年収の千倍くらいをボーナスで貰いました。でも、僕は自分のために使う気になれなかった。だってあれは魔王の知識を使って作り上げた映画です。僕らが犠牲にしてしまった人々のための映画だ。ボーナスは全部、寄付してます」


「あなたは……」


「今の時代を生きる人々のために、です。それとダハラ氏の慰霊事業にもです。最近では彼はオークの戦没者以外にも事業を拡大してるんです。あの時代に生きた、全ての人々のために」


 土下座を続けるロジオンに、ゾーニャは歩み寄ってその肩に手を置いた。


「まったく……あなたという男はこれだから。いつも自分を省みず、他者のことばかり。だけど……そんなだから、私はあなたを……。さあ、立ちなさい」


「赦して……くれるんですか?」


「正直、乳人形は不快極まるが、ギリギリ赦す。ほんとにギリギリ。だけどせめて、私の目に触れない場所へ片付けるように」


「は、はい!」


「ただし、次、同じような事をしたら、その時はどうなるか、覚悟しておきなさい」


 ゾーニャがヤスリを構えた。


「は、はい……」


 そうして二人とも玄関に入り、扉が閉まったのだが。


 ゾーニャが何やら、意味深な視線をロジオンへ向けた。


 羞恥心と期待が込められた目だった。


 それを見てロジオンは。


「どうせなら、一緒にお風呂入っちゃったりします?」


「えっ!」

 声がひっくり返るゾーニャ。


「あ、あああ、あなたがそうしたいなら」


「僕というより、ゾーニャがしたそうだなって見えたんだけど」


「な、ななな、何を言い出す。そんなこと考えてなかった。熱い湯を張った湯船の中で、あなたに抱きしめられるのは心地が良いのだろうとか、そんな事ぜんぜん!」


「あ、そうだ。お湯、でません」


「えっ……?」


「光熱費払えなくて止められちゃって」


「な……三年ぶりにお湯のお風呂に入れると喜んでいたのに……」


「ちなみに、僕は食費も削ってるので朝食もワッフル一個だけです。養殖ドラゴンステーキとかもう二年くらい食べてません。あ、ローンも五十年残ってます」


「五十……年? 乳人形のせいで……?」


「はい。あはは、いやあ、参った参った。ゾーニャが帰ってきてくれたら、毎日、クレープを食べさせてあげられるくらいの余裕は作っておこうと思ったんだけけど、Gカップの造形美に抗えず、ついポチりまくっちゃって。てへ♪」


 そしてゾーニャさんは激怒しちゃったのだ。


「てへ♪ じゃないだるぉおおお!」


 ロジオンの胸ぐらに掴みかかり、激しくシェイク。


「売ってこい! 乳人形、全部売ってこい! 今すぐ、跡形も残さずに! 私があれらGカップを無カップに削り落とし、無価値にしてしまう前に早く! この怒りを理性で押さえつけられているうちにぃいいい!」


「そ、それだけはやめてください。僕が死んでしまいます!」


「なら、心中すればよい。そうしましょう」


「いやいや、ここまで来て心中はないでしょ。なんのために僕を蘇生し──」


「少なくとも乳人形で家を溢れさせるためではない!」


 その時だ。二人がワチャワチャしている廊下に突然──。


 カラフルな閃光が届いてきた。


 それから一瞬遅れて、炸裂音がベランダの外側から聞こえた。


 二人は掴み合ったまま、思わずそちらへ顔を向ける。


 花火だ。ベランダの窓から打ち上げ花火が見えた。


 色とりどりのそれらが、夕闇の街を彩っていた。陽気な音楽も聞こえてくる。


 二人は何事かと思い、揃ってベランダへ出てみた。


 すると眼下の噴水公園で祭りが始まっていた。


 木という木にはイルミネーションが輝いている。


 広場には出店がならんでいた。


 それを見てゾーニャは呟く。


「そうか、今日はちょうど、千年目の──」


『救世記念日』と公園の入り口に大きな看板が掲げられている。


 最終戦争が終結した日を祝う祭りだ。


 公園はどこも賑わっているが、特に集まってるのは噴水のゾーフィア像だ。


 その像の右手には、白い包帯が巻かれていた。


 真新しいそれは、きっと近所の人々によって、小まめに取り替えられているのだろう。

 

 罪の炎を背負いながらも世界を変えたゾーフィアは、こうして愛されている。


 その像を背景に、人々は記念撮影をしていた。


 ありとあらゆる種族が、笑顔を並べてだ。


 ゾーニャとロジオンは、ただその光景を見つめてしまっていた。


 二人で目指していた理想世界は、確かにここにある。


 だから、さっきまで掴み合っていた二人の表情はもう、笑顔だ。


「ゾーニャ。千年前に約束したこと、覚えてる?

 理想世界が実現したら、その時は──」


 ベランダの手すりに置かれたゾーニャの手を、ロジオンは握りしめた。


「ええ、覚えてる。今がその時だ」


 彼女の手は、握り返してきた。強く、強くだ。


「なら今度こそ、結婚、しよう。ゾーニャ」 


 するとゾーニャは返事をする代わりに、こう言った。


「私はもう一つの約束も覚えてる。自分を赦せるようになったら、その時は──」


 握りあった手をゾーニャに引き寄せられ、ロジオンは前屈みにされる。


 そしてゾーニャは彼の顔をめがけて、背伸びをし。


 唇へ、口づけをした。


 長く長くそうした。


 その間、二人の頭上では、何十もの花火が煌めいていた。

 

 二人で歩んできた長すぎる旅路の、何百もの思い出が蘇ってきた。


 二人で紡いできた何千もの想いが、心に浮かんできた。


 共に生きた三千年分の愛情を確かめ合うには、あと何万時間もこうしていなければ、足りなそうだった。


 そのための時間が──これからの二人には、いくらでもある。


 










            [ 完 ]


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全裸ホームレス勇者少女(呪)を拾う。~ちっちゃな自称元勇者に出会って十五秒で脅迫されて映画作りを頼まれたけれど、なんかこの人、死にそうです!!~ 菅野 事案 @Diha

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