第7話  キチンとした林野さん ~ホラーな話し③~

 以前~ホラーな話し~で霊感がある従姉妹の話しをしました。

私は霊感は全くないのですが、いくつか不思議な体験をしたことがあります。

その一つを聞いてもらえますか?


 小烏は大学を卒業後、医学部の解剖学教室に教室秘書として就職しました。

いきなり「解剖学」というところからホラー味があるのですが、実際勤めてみると全くそんなこともなく普通の職場でした。

そして今回の「ホラー」はそこではありません。

(全国の解剖学教室のために申しますと、ご遺体を浮かべるプールなどもうどこにもないことを声を大にして言いたい!

随分前から保存処理です。)


 小烏の職場は「解剖学・系統解剖」という部署で、医学部の学生さんを待ち受ける一大イベント、解剖実習を受け持っています。

『バカの壁』で有名な養老 孟司先生もこの「系統解剖」の先生でした。

(学会の時ご一緒して、その紳士ぶりが光っていたことを申し添えておきます)

教室の構成は(当時の名称で)、教授、助教授、講師が各一人。

院生二人、技官三人、教室秘書一人(小烏)。

小烏以外は全員男性というメンバーでした。


 臨床なら製薬会社さんから数人来られて教室の様々な仕事を肩代わりしていました(当時のこと、今のことは不明です)が、基礎では製薬会社とは接点もなくそんな人など来てくれません。

いろいろなことは院生以下の職員で回していました。


 技官の先生方は、教室の技術的な部分の補佐。

教室秘書は、教室の事務的な補佐が主な仕事でした。

学会に行くときの宿を取ったり切符を買いに行ったり。

学会発表用のスライドを作る手伝いをしたり。

学生さんの出席を取ったり、

教室のみんなの給料明細書を経理に取りに行ったり、

教授に頼まれてボールペンの芯を(当時は本体は紛失しないともらえず、通常は芯のみ交換でした)庶務にもらいに行ったり。

共同だった電子顕微鏡の予約を取ったり、

癌研究室に試薬をもらいに行ったこともありました。

(これ、臨床なら製薬会社さんがやってくれていた雑務です)


 仕事柄技官の先生方とは仲良くて、仕事を始めた頃は本当にお世話になりました。

中でも林野さんと言われる男性技官さんには公私ともにお世話をかけました。

林野さんは小烏より15才ほど年上の男性(既婚者)です。

いい加減なところのないキチンとした人で。学生気分が抜けなかった小烏に社会人の常識など教えてくれました。


 技官では人手が足りない時は小烏も手伝いにかりだされました。

反対に小烏一人では回らない時は手を貸してもらいました。

職場は基本お弁当なのですが、近くの美味しいランチのお店なども連れて行ってもらいました。

借家も近所だったので、よく行き来していました。

技官になる前はご夫婦で喫茶店をされていたそうで、時々喫茶店仕込みの美味しいホットケーキをごちそうになりました。


 小烏が結婚して夫の社宅に引っ越しした頃、林野さんも少し離れたところに家を建てて引っ越していかれました。

その後小烏が出産、大学を退職(そういう時代でした)したあとも付き合いは続きました。

林野さん夫婦には子どもがいなかったからか、長女をとても可愛がってくれました。

林野さんは引っ越しした先でも頼りにされたようで、引っ越し二年目から町内の役員も引き受け忙しくされていると奥様から聞きました。


 小烏が二人目の出産で実家に帰っていたある日のことでした。

寝入りばなだったと思います。

何年かぶりに金縛りになりました。

頑張っても手も足も動きません。

なんとか1ミリでもと手足に力を入れるのですが、ピクリとも動きません。

大丈夫!これは体が寝ているのに脳だけ起きている状況だから、と自分に言い聞かせるもののやはり怖い。


 ふと、右手の枕元に人の気配があります。

横目に暗い色のズボンが見えました。

しかもそのズボンは泥で汚れていました。

おそらく男性。

その汚れたズボンの人物は、近づくでもなくずっとそこに立っています。

怖くて怖くて、ズボンから上を見ることは出来ませんでした。


 見ちゃだめ!

見ちゃだめ!

寝よう。

もう寝る!

何も見てない!

しっかり目を閉じて、必死で眠る努力をしました。


 翌日の早朝、大学に勤めていたとき仲良くしていた別の教室秘書の渡辺さんから連絡がありました。


 林野さんが昨夜交通事故で亡くなったというのです。

町内会の集まりの帰り道、街灯のない道を役員三人で歩いていたところを車に突っ込まれたということでした。

役員三人とも即死。

23時頃の事とのことでした。


 「あの日。

たぶん、林野さん、夜中にうちに挨拶に来たわ。」


 林野さんの葬儀の場で、連絡をくれた渡辺さんが言いました。

それを聞いたもう一人、林野さんが親しくしていた岡崎さんも口を開きました。


「うちにも来たかも。

あの夜、汚れたズボンの男の人が家の前で頭を下げる夢を見たんよ。」


 小烏も、金縛りにあった時見えた枕元のズボンの人の話をしました。


 林野さん、皆のところに挨拶に来られたのでしょうか。

一人残された奥様のことを頼みに来られたのでしょうか。

最期の最後までキチンとした人だったのだなと三人で話しました。



*******************


★金縛りの本当に怖いお話はこちらです。

甲斐央一様

「一番怖かった金縛り」

https://kakuyomu.jp/works/16816927859864567132/episodes/16816927859865568839


★こちらの「金縛り」も怖いですよぉ!

蒼翁様作

ZOTTOより

「悪夢」前編

https://kakuyomu.jp/works/16816927861385549272/episodes/16817330651726982117

「悪夢」後編

https://kakuyomu.jp/works/16816927861385549272/episodes/16817330652656884896


★以前の~ホラーな話し①~はこちらです

「叔父さんのごあいさつ」

https://kakuyomu.jp/works/16816927861004084671/episodes/16817330650963114747


近況ノートに、畑でのホラーな写真があります

https://kakuyomu.jp/users/9875hh564/news/16817330652697855512

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