〔幕間之一〕歌の病、歌の体

【私註】(〔私訳〕第一、其之四)

https://kakuyomu.jp/works/16816700427468328646/episodes/16816700427468950028


※一:該部は和歌における歌病・歌風・歌体を列挙する。所謂、歌謡等における「ものはづくし(又は物尽くし)」の一種と見られ、初学者に対する啓蒙(のみならず著者による衒学)の意図があったと推断されるが、底本解題によれば「室町時代においては、大名の息女が習うほどに一般的な教養となっていたともいわれる」とされる(後出予定の「〔幕間之二〕歌学の力、古今集の秘説アルカナム」「〔幕間之三〕琵琶と琴の血脈レジティマ」「〔幕間之四〕本朝における律呂スカラ曲調メロディヤ」についても同様)。

 以下の私註は、語義及び語誌については已に周知に属すると思われる知見を概ね『日本国語大辞典〔第二版〕』(小学館、2003)及び『角川古語大辞典』(角川書店、1982)、佐佐木信綱編『日本歌学大系』(一・三・四、風間書房、1956-1958)の解題の所説に拠って参取するが、別してわたくしに補述した部分がある(*で示した)。史料の引用は概ね『日本歌学大系』(上掲)に所収のテクストを用いた。

 また、上記以外に引用・参照・校合した文献・論攷・史料等は出典を特に注記した。なお引用に史料の孫引きを含むものがあることお断りしておきたい。


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  歌の病



四病八病しへいはちへい】和歌の修辞上で「去る」べきとされる欠点。「和歌わか四式ししき」と統称される歌学書のうち四病しへいは『喜撰式(倭歌作式)』および『石見女いわみじょ式』(但し現存のものは鎌倉末期以降に成立の偽作とされる)、八病はちへいは『孫姫ひこひめ式(和歌式)』(*孫姫ひこひめは衣通姫、小野小町、菅原道真子女孫女などに比定されるが定説を見ない)に載り、合わせて「十二病」ともされた。他に最古の歌学書『濱成はまなり式(歌経標式かきょうひょうしき)』の七病しちへいがある。

 『國史大辞典』(第三巻〔か〕、吉川弘文館、1983)の「歌病(かびょう)」項(小沢正夫氏執筆)によれば、その濫觴は漢詩の詩病説を参考にしてこれに倣い、和歌における同音・同意語の重複を「病」として種々に命名したことに始まるとされる。とはいえ「日本語ないしは和歌の実情に即していなかったので、最初から疑問をもたれることもあった」ともいう。平安中期以降には歌合の盛行に伴って、同音・同語・同意語を重ねて用いることの可否が様々に論じられたものの、同心病(※後出)以外はほぼ顧みられなくなったとされる。


四病しへい〕 *六条藤家三代、藤原清輔『奥義抄』所説(ルビ、傍点等は引用者)

 一、岸樹がんじゆ病〈第一句始字第二句始字同也第一句の第一字と第二句の第一字とが同字同音である

  る日さへ/らぬ月さへ


*また実際にも『太皇太后宮亮平経盛朝臣家歌合』六一番歌(『新編国歌大観』第五巻、158)、小侍従(待宵の小侍従)による以下の歌が判詞はんし(歌合において判者レフェリーが述べる優劣判定の理由)にて岸樹病を指摘されている例が管見に入ったので以下に掲げる。

  まつほし/りともみえぬ/のよの/月はすずしき/光なりけり 


*なお『喜撰式』には「樹病」、『新撰和歌髄脳(喜撰偽式)』には「樹病」とあり、共に「ガン」の音で訓むものの、字は後者を採った(日比野浩信「「岸樹病」について」〔『愛知淑徳大学国語国文』15、1992〕を参照)。


 二、風燭ふうしよく病〈毎句第二字與第四字同也句ごとに第二字と第四字が同字同音である

  こは/さ

 

 三、浪船らうせん病〈五言の四五字と七言の六七の字と同也五字句の第四字と第五字、七字句の第六字と第七字とが同字同音である

  くさの/わかれしい


 四、落花らくくわ病〈毎句に同詞まじはれる也句ごとに同字が交わる

 *『喜撰式』はこの故に「詠誦上中下文散乱也声に出すと上中下に音がばらばらになる」と難ずる。

  つる/らかの/のちやゝ/たづぬばかりぞ


*河岸の樹は倒れ易い、風前の燭は消え易い、浪に翻弄される船は沈み易い、落花はものいはずして飜々はらはらと空しく樹を辞する……


八病はちへい〕*同上、なお病名のみは『新撰和歌髄脳』に拠る

 一、同心病おなじこころのやまひ一歌中再同事用一首の中に同語・同意語を二度用いる或曰倭聚聯病或いは倭聚聯病という

  たかきかたき/たかだのまちに/まかすとてまかずしてなきいゐひゐに/ほと〳〵にゐぬ


 二、乱思病みだれおもふやまひ詞不優して常にそへよめる也語が優美でなく在り来たりである或云倭形迹病或いは倭形迹病という

  ゆく水の/なが田のつとも/しらなくに/おのがさと〳〵/なこそふりけれ


 三、爛蝶病ませのてふのやまひ句始は好て末疎也上の句は良く、下の句が良くない或云倭平頭病或いは倭平頭病という

  春がすみ/たなびく山の/まつがえにまつがうへに/ほにはあらずて/しら雲ぞたつ

  

 四、渚鴻病ものかわのやまひ偏に題に被引て詞を不労也題に引き摺られて語を疎かにする或云倭上尾病或いは倭上尾病という

 *『孫姫式』自体は「偏拘於韻不労其始終字の韻に拘泥して、第一句を疎かにする」と説き相違している。

  れのふゆ/わがみおいゆき/こけのはふ/えだにぞふれる/うれしげもなしをしげなければ


 五、花橘病はなたちばなのやまひ詞質にして直に其本名を用語が素直で露骨である或云倭翻語病或いは倭翻語病という

  あなつたな/たけどもくち木/もえなくに/たとへばにむや/わがこひらくに


 六、老楓病おいたるかづらのやまひ篇終一章上四下三用之一首の上句に四句、もしくは下句に三句を用いてしまう?或云倭齟齬病或いは倭齟齬病という

 *『新撰和歌髄脳』「一つの歌の中に籠もりて思はぬことなく皆盡しつるなり」

 *『和歌童蒙抄』「ことばゆたかならずしぶしぶしくて吟詠にさまたげあるなり」

  てる月は/ゝれまなくのみ/にほふいろの/人ゆきもなく/きえぬるがうき


 七、中飽病なかにあくやまひ一篇の中有三十五六字也一首の中に字余りの多いこと或云倭結腰病或いは倭結腰病という

  時は秋/はなは春なり/ふうべもな/かきえりていろ/うつりにさゝむ


 八、後悔病のちにくゆるやまひ混本之詠音韻不諧六句体で音韻が調わない或云倭解鐙病或いは倭解鐙病という

  岩がうへに/ねざすまつかへ/とのみこそ/おもふこころ/あるものを


七病しちへい〕*藤原濱成『歌経標式(眞本)』所説(ルビ、傍点等は引用者)

 頭尾とうび病〈第一句尾字与二句尾字不得同音第一句第五字と第二句第七字が同音であってはならない(が是に反する)

 胸尾きようび病〈第一句尾字二句三六等字不得同聲第一句第五字と第二句第三字もしくは第六字は同音であってはならない(が是に反する)

 腰尾えうび病〈他句尾字者本韻不得同聲他句の尾字は本韻(第三句第五字)と同音であってはならない(が是に反する)

 黶子えんし病〈五句中与本韻不得同聲五句の中に本韻(第三句第五字)と同音があってはならない(が是に反する)一黶子不是巨病一つの黶子は大病ではない二黶子已上為巨病二つ以上の黶子は大病とする

 遊風いうふう病〈一句中二字与尾字同聲同字是也第一句第二字と第五字が同声同音である

 同聲韻どうせいゐん共同字是也(中略)亦是二韻共同聲(不詳前略)また是は本韻(第三句第五字)と末韻(第五句第七字)が共に同声である

 遍身へんしん病〈二韻中除本韻二字以上不得用同音本末二韻のうち本韻(第三句第五字)を除いて二字同音を用いてはならない(が是に反する)


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  歌の体



六義りくぎ】漢詩の六義、即ち『詩経』序に「詩有六義焉」とする「風(地方の民謡類など国ぶりを表す)」「雅(正しい政を褒めたたえる)」「頌(徳を褒める)」「賦(物事をありのままに述べる)」「比(物事になぞらえて心を述べる)」「興(目に触れる自然の感興を詠む)」の六種に倣って和歌においても立てられた六種の風体。『古今真名序』には「和歌有二六義一、 一曰風、二曰賦、三曰比、四曰興、五曰雅、六曰頌」とあり、仮名序は「そもそも、うたのさま、むつなり、からのうたにも、かくぞあるべき」として「そへうた」「かぞへうた」「なずらへうた」「たとへうた」「たゞごとうた」「いはひうた」の六体とする。


【長歌】和歌六体りくたいの一。省略。


【短歌】和歌六体りくたいの一。省略。


旋頭歌せどうか】和歌六体りくたいの一。五・七・七・五・七・七の音数律から成る六句体の和歌。下三句が上三句と同じ句形を繰り返すので「頭をめぐらす」の意でこう呼ぶ。

*順徳院『八雲御抄』には五・七・七・五・七・七の形にならない歌も旋頭歌として載る(なお字音数を比較する便宜で総て平仮名に開いた)。


  うちわたすをちかたびとにものまうすわれ

  そのそこにしろくさけるはなにのはなぞも

  

  かのをかにくさかるをのこしかなかりそ五(字余り)

  ありつゝもきみがきまさむみまくさにせむ


  あさづくひむかひのやまにつきたてる

  とほづまをもたらむひとはみつゝしのばむ  


  ますかゞみそこなるかげにむかひゐて

  みるときにこそしらぬおきなにあふここちすれ    


混本こんぼん】和歌六体りくたいの一。『喜撰式』では六句体、『新撰和歌髄脳』以降では、短歌より一句少ない歌体として『奥義抄』『八雲御抄』等では四句体とし、他に片歌や五七音を連続させる結句のない偶数形式の歌とする説、五・七・七の三句だけの短い歌とする説などがあり一定しない。

*『喜撰式』には「混本歌 失心人為顕詠耳」として以下の歌を載せる。

  いはのうへに/ねざす松かへと/思ひしを

  あさがほの/夕かげまたず/うつろへるかな


*『奥義抄』には「常歌の一句なき也、七字五字任意、安倍清行朝臣歌云」として以下の歌を載せる。

  あさがほの/ゆふかげまたず/散りやすき/はなのよぞかし

 又五句体あり、三國町歌云、

  いはのうへに/ねざすまつかへ/とのみこそ/おもふ心は/あるものを


*『八雲御抄』には「三十一文字の内一句なき也、又有五句字不足、是一体にてはあれど普通の事にあらず、よみたる事もすくなし」として以下の歌を載せる。

  朝がほの/夕かげまたず/ちりやすき/花のよぞかし

 是はすゑの七字をよまざる歌也、

  岩の小野歌上に/ねざす松かへ/とのみこそ思うこころ/有物を

 是は中の七字十一字ありて、末の七文字なき也、


折句おりく】和歌六体りくたいの一。各句の始めまたは終わりの字に、五音からなる物名もののなの一音ずつを置いて詠む歌体。隠題かくしだいの一。


なお訳者による折句の習作はこちら↓

(拙『豊穣なる語彙世界』所収「ひめこと」)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888143292/episodes/16816700427592006878


沓冠くつかむり】和歌六体りくたいの一。折句の一種。十音の語句を各句の上下に置いて詠む遊戯。


なお訳者による沓冠の習作はこちら↓

(拙『豊穣なる語彙世界』所収「のちくゆ」)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888143292/episodes/1177354054890623172

(拙『豊穣なる語彙世界』所収「あなたへ」)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888143292/episodes/1177354054892385289


畳句じょうく】「たたみく」とも。同音節を繰り返し、畳み掛けるように詠む歌。

*『奥義抄』「五 畳句歌」には「同事をかさねよむなり」として以下の歌を載せる。

  こそ/をはかる/なれ/のあだは/なりけり


【連句】同じ文字を続けてよむ詠み方。四病しへい落花らくくわ病として難ぜられた。

*『奥義抄』「六 連句歌」には「春の野、夏の野、秋の野、冬の野、如此可続」とある。


隠題かくしだい】歌の内容とは関わりのない事物の名を紛れ込ませて詠み込んだ歌。物名もののな物名歌ぶつめいか

*『奥義抄』の「七 隠題歌」には「是古式に不載事也、但古今并拾遺集に物名部と云はこれにや、近代の人是を称隠題一也」とあり、『八雲御抄』の「物名」には「是はかくし題なり、物の名をかくしてよむ歌也」として以下の歌を載せる。

  くきも葉も/みなみどりなる/ふかぜりは/くみゆらむ

 *下句「洗ふ根のみや白く見ゆらむ」に「荒船の御社みやしろ」を詠み込む。


誹諧はいかい】正格の改まった歌に対して、過度の言葉遊びや滑稽な要素を含んだ歌。

*〔私訳〕第一、其之三の私註※一も参照されたい。

  難波なる/ながらのはしも/つくるなり/いまはわが身を/なににたとへん

 (伊勢、古今集 巻一九・誹諧歌一〇五一)


無心所着むしんしょじゃく】一首または一句の意味分明を欠き、あるいは全体として意味をなさぬような異体の表現を難ずる語。

*『奥義抄』には「雑会歌体也、無所存也」として以下の歌を載せる。

  わぎもこが/ひたひにおふる/すぐろくの/ことうへのうしの/くらのうへのかさ

  吾妹兒之 額尓生流 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡

  (安倍子祖父、万葉集 巻一六・三八三八)

 〔私訳〕我が愛しき女の額に生える双六の牡牛おうしの鞍の上の腫物はれもの


廻文歌かいぶんか】上から読んでも下から読んでも同じ文字列となる言葉遊び=廻文かいぶんの形式で作った和歌。「むらくさに叢草にくさのなはもし草の名は即しそなはらば具はらばなぞしもはなの何故しも花のさくにさくらむ咲くに咲くらむ」(『俊頼髄脳』)、「なかきよの長き夜のとをのねふりの遠の睡りのみなめさめ皆目醒めなみのりふねの波乗り舟のをとのよきかな音の佳きかな)」(初夢の歌、『運歩色葉集うんぽいろはしょう』に初出か)などが著名。


水躰すいていの掛かり】不詳。和歌の五句を木火土金水の五行に充てると結句は水の句となるが、『玉伝深秘巻』(小川豊生責任編集『日本古典偽書叢刊』一、現代思想新社、2005)には「水体は、かの句の少し長くて一字二字あまる歌なり。これは名字を秘すなり。目録にも水体とは見えたれども、いかなる歌をいふとも知らぬ人多きなり」(一〇一頁)とある。


五音連声ごいんれんじょう】句の移り目に五十音図の同列の字(同母音)を継いで音調を整える技法。

  そらになかげのやまめのうち

  *「き」と「ひ」はイ母音、「や」と「あ」はア母音の同母音。


五音相通ごいんそうつう】句の移り目に五十音図の同行の字を継いで音調を整える技法。

  やまとほすみにうかのさして

  *「き」と「か」はカ行、「ぶ(ふ)」と「ひ」はハ行の同行音。


疎句そく】第一句から第五句までが音調的にも語法的にも切れており、一見それぞれ別のことを表現しているようでありながら内面で深く繋がっているもの。


親句しんく】第一句から第五句までの続き具合が密接で途中で切れないもの。文意が密接に続くものを「正の親句」、母音または子音の同じ音で続くものを「響きの親句」という。


※ローレント・デューリーの“Hypnotic Bed 1”を聴きながら

 https://youtu.be/LoK3C-3ORm0

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