第四 山烏異見、黒白毀讃状、両方廻文事

其之一

第四 山烏ヤマガラスの異見、黒白こくびゃく毀讃きさん状、両方廻文めぐらしぶみの事


 さて、然様さようなる中に山烏ヤマガラス太郎は諸々の異見をつぶさに聞き纏めて烏合の衆議をば押し鎮め「小賢こさかしき具申なれど、意を腹蔵するも事によりけり、今はその時にあらず。愚見と致しますれば、いずれにもせよ鴉一門、その勢力せいりきは広く、他の鳥に知音ちいんも多うござります。一大事と仰せらるるような時に、何者か見放し申すことなどござりましょうや。遠国おんごくには日数ひかずも要することにてござりましょうから、先ずは当国に軍勢催促をば廻らすべし。それとても莫大なる手勢となりましょうぞ。また、国外くにのとの鴉の大将には【生田いくた森】(※一)烏衛門尉うえもんのじょう殿が手勢こそ抜群にござりましょう。他門にはキジ山鳥ヤマドリトビ庭鳥ニワトリフクロウ木菟ミミズク夜鷹ヨタカ日鷹ヒタカ、手回しせずとも疑いなき与力にて、その外、我等に同心するかたがたは幾らでも、斯くとお触れをなさいますれば両三日も要せずして皆々馳せ参ずるに相違ござりませぬ。これ程の勢なれば中鴨の森をば十重二十重とえはたえにも取り囲んで、鷺の一門、悉皆ふつくうちの鳥の如くに腹切らすこと叶おうものです」と意気込む。

 次に「夜討ちのこと、首尾良くおおせらるれば結構なる自利にてござりまする。仮令けりょう、果たせずとも翼々よくよく相図を定めて攻勢の緩急を心得つつ戦えば、味方を無益むやくに損ずることござりますまい。先ず以て斥候めつけを放って窺見うかみさするにくはなし」と云うので、皆々これに意を同じうしたのであった。

 ようよ夕目昏ゆうまぐれ、これに紛れてある鴉がつと飛び行き、ややあって帰来して「中鴨は早くも森の木々を墻代かきしろとし、鹿垣ししがきを結い、櫓をば上げこしらえてヒタキかがり火焚ひたきさせ、用心以ての外に厳重。悲しきかな鳥目とりめの夜盲にてそれ以上の形候けいこう定かには見留められませなんだが、夜討ちは思いの外のことかと存じまする」としらせるので「然様さようであったか……」と夜討ちは沙汰止みとなった。


 ひるがえって中鴨。ここに真玄さねはる所縁ゆかりカササギがいた。何事に付けても穏便をむねと心得る為人ひととなりであったので、兎にも角にも無為ぶいなれかしと思い、山城守にも「当世、兵革ひょうかくは久しく絶えて干戈かんか動き申さず。夷狄いてきは跡を絶ち、武具の類は皆、袋に納めらるる時分に、殊にも私情に発するいくさ停止ちょうじすべきであって、故戦こせん防戦ぼうせんを問わずいずれにてもいくさを構うればそのとがのがれ難きもの。嗚呼、何とぞ下司しもづかいでもいだされて、【をばもとめてせせり渉る鷺の古巣の小家こやの一つにでもけぶりをば立てて】(※二)、自他共に静寧ならしむるべく御計略おはからいなさいますよう」と諫言すると、山城守やましろのかみは大きに機嫌を損ねて「すべてはあの烏滸おこ尾籠びろうよ。口惜しう思うていたゆえ、此方こなたより事を構えんとせる折節に、むし弓箭いくさのことは願ってもない便風びんぷう好機、何のゆえに弱腰とあなづり見られて善かろうものか」と憤る。カササギは心裡に「何や彼やと云うても此方こなた鷺方はどうにかなろう。なれど浅慮にも彼方あちらうかと寄せ来てしまえば万事休す、付ける薬なく釁端きんたんに就いて破滅をいざなうてしまう……先ずは真玄さねはる翕翼はねおさめさせねばならぬ」と憂わしく、火急の内書を祇園林ぎおんばやしに送り遣わすのであった。


御殿人おんとのびとの儀を存じそうろうまゝ畏れながら心底を残さず申さしめそうろう。この確執かくしゅう一向いっこう御振舞おんふるまい緩怠かんたいより起こりそうろうしかりといえども理非を立合たちあわするに、打擲ちょうちゃくとが、些か重し。黒白こくびゃく色を隔つといえども離れざる間によつて、愚生それがし道を作る子細これあり。相構えて楚忽そこつの発向有るべからずそうろう

(我が身、市佐いちのすけ殿の臣愚けらいと思いて畏れながら衷心より言上つかまつる。此度こたび確執かくしゅうは只々、御身の緩怠ぶしつけなるお振舞いより発しております。とは申せ、理非を銓衡はかるに鷺方による打擲ちょうちゃくとがも些か行き過ぎ、双方に身の黒白こくびゃくの隔てあるなれど、我が身は何方いずれにも不即不離つかずはなれずなかだちとなりて穏便に道引く事訳ことわけもございます。呉々も無思慮かるはずみ興師ことおこされませぬよう)


【私註】

※一:生田神社(兵庫県)本殿の北にある森は、源平争乱期の一の谷の戦いの舞台となり、南北朝動乱期には足利尊氏が同地で新田義貞を破るなど、『平家物語』や『太平記』にも採られた古戦場として有名。

※二:村落間の争論においては、第三者をなかだちとして両村の有力者が顔を合わせて頸を延べ、あがない物を捧げ、自村の家を焼いて煙を立てることで謝罪、降伏を表明する戦国期の作法があったとされ〔藤木久志『戦国の作法 村の紛争解決』(平凡社、1987)※沢井2014所引〕、前話、鴉方の「弱異見」にも「小家を焼く」ことに言及がある。また鷺が「せせる」は「つつく」と「いじる、もてあそぶ」のダブルミーニングで、「鴉方と正面せず小競り合いを繰り返す」とも解し得る〔沢井2014〕。


※プーランクの“Sextet for Piano and Woodwind Quintet, Op. 100: III. Finale. Prestissimo”を聴きながら

 https://youtu.be/wiYdDrzjAKg

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