其之二

 祇園林ぎおんばやしには「中鴨より諸手もろてを摺り合わせて詫びを入れて来るのではないか」などいう憶説おくせつの飛び交う折しも、このカササギよりの内書を披見ひらきみるに「さては事の愈々いよいよ迫近はっきんせらば、彼方あなたより我等の轅門えんもんに下るあてがいとてあろうものか」と鳥過とりあやまつや、空喜そらよろこびのかちに乗じてこれへの返書せずして中鴨に次の様なる書状を別してつかわすのであった。


一昨日いっさくじつ依打擲蹂躙狼藉ちょうちゃくじゅうりんのろうぜきによりて已企発向すでにはっこうをくわだて欲令誅戮鷺子一党并同意与力類ろしいっとうならびにどういよりきのたぐいをちゅうりくせしめんとほっす雖然しかりといえども政道无為代也せいどうぶいのよなり大法堅固時也だいほうけんごのときなり為私弓矢わたくしたるのきゅうし以理招非者歟りをもってひをまねくものか依之暫廻思案者也これによりてしばらくしあんをめぐらすものなり抑色黒身穢そもそもいろくろくみけがらわしく所触偏生臭気云々ふるるところひとえにしゅうきをしょうずとうんぬん吹身山城守慢みをふきてはやましろのかみとまんじ卑他嫌足下穢たをいやしめてはあしもときたなしときらう傍若无人自称也ぼうじゃくぶじんのじしょうなり種種无尽悪言しゅじゅむじんのあくごん自讃毀他荒言じさんきたのこうげん誠鬱陶弥天まことうっとうてんにはびこる生前遺恨何事如之せいぜんのいこんなにごとかこれにしかん若不恐公方もしくぼうをおそれず不顧大法だいほうをかえりみずんば鷺子誅戮之段何廻時哉ろしちゅうりくのだんなんぞときをめぐらさんや


(一昨日、使烏つかいがらす打擲ちょうちゃく蹂躙せる狼藉によって、此方こなたとしてすで其方そなたに押し出して鷺子ろし一党ならびにそれに与同するともがら誅戮ちゅうりくせんと周備の怠りこれ無きものなり。とは申せ、御政道は何事にも穏当無事なる艾安がいあんこいねがわれる御仏みほとけおしえに基づく天下の公法を堅守すべき時であって、わたくし弓矢ゆみやを構うるは理を以て非を招くものゆえ、今暫く思案をめぐらしてこれに自制をもせる次第なり。にしても、其方そなたでは此方こなたを色黒く身けがらわしく、触るる処々ところどころに臭気をば生ずるなどと侮弄ぶろうすると聞くが、我こそは山城守やましろのかみなりなどと自惚うぬぼれて他をいやしめ、脚下あしもときたなき下賤の鳥よと毛嫌うなど傍若無人の思い上がり、種々しゅじゅ尽きせぬ悪言あくげん自讃毀他じさんきた荒言こうげんとには、まことに鬱陶不快の念の天に充ちはびこる思い、この生きながらの遺恨、何事のこれに過ぐることあろうとや。公方おおやけの御意向を畏れず、天下の大法だいほうをも顧みぬとあらば、其方そなた鷺子ろし誅戮ちゅうりくせんとするに、時を廻らす要あるまいぞ)


夫青黄赤白黒中それしょうおうしゃくびゃっこくちゅう多賞黒色おおくはこくしょくをしょうす作詩しにもつくり被詠歌うたにもよまる鷺詩歌未聞さぎのしいかいまだきかず先楓橋夜泊詩まずふうきょうやはくのしに月落烏啼霜満天云つきおちからすなきしもてんにみつといい不云鷺呼さぎよぶといわず詩人長黒子しじんにちょうこくし歌仙黒主かせんにくろぬし辺土之名木有黒谷花へんどのめいぼくにくろたにのはなあり福天大黒天神ふくてんのだいこくてんじん誰不帰依たれかきえせざらん然則古詩云しからばすなわちこしにいう烏有先生之蓄虚詞うゆうせんせいのきょしをたくわえ費刀筆而有何益云とうひつをついやしてなんのえきかあるという烏鳥之情得反哺便云うゆうのじょうはんぽのびんをえたりという孝行第一こうこうだいいちにして燕丹遁秦皇責えんたんのしんこうのせめをのがれて二度拝老母恩顔ふたたびろうぼのおんがんをはいするは烏垂憐愍故也からすれんびんをたるるのゆえなり貞女両夫之名執ていじょりょうふのなをしゅうしては生涯為孀烏義存しょうがいやもめがらすとしてぎをぞんず世恥心よをはづるこころ孤限我等類者哉ひとりわれらがるいにかぎるものかな


(一体、色の青黄赤白黒しょうおうしゃくびゃっこくのうち黒色こくしょくでる者は多く、詩にも作られ歌にも詠まるれど、鷺の詩歌しいかとは未だ聞かぬ。先ず以て【楓橋夜泊ふうきょうやはくの詩には「月落烏啼霜満天つきおちからすなきしもてんにみつ」と云い】(※一)、「鷺呼さぎよぶ」とは云わぬ。詩人にも【長黒子ちょうこくし(※二)、歌仙には黒主くろぬしがあり、辺土の琪樹きじゅにも黒谷くろたにの桜あり、七福の大黒天神に帰依せぬ者などあろうか。司馬相如しばしょうじょの『子虚賦しきょのふ』の古詩こしにも云う、烏有先生の虚詞きょしを蓄えて刀筆を費やすに何ぞ益することあろうかと。都良香みやこのよしかの著せる【『都氏文集としぶんしゅう』に所載のるところの「奉答太上天皇辞御封第二表たいじょうてんのうみふをじするにほうとうせるだいにひょう」にもあろう「烏鳥之情うちょうのじょう」の名文】(※三)は、鳥が親に羽包はぐくまれし恩を忘れず、成鳥しては老親に恩返しする反哺はんぽに着想を得たと云うし、何より孝行第一と云えば、【燕国の太子なるたんが秦王の禁獄をのがれて、老いたる母の恩顔おんがん拝すること二度ふたたびと叶うた】(※四)は、ひとえに鴉が憐愍れんびんの情を施したるがゆえぞ。また、【貞女は両夫にまみず】(※五)と深く心に掛けて、おひとに先立たれては残る生涯を孀烏やもめがらすとして送る条理とて心得おる。世を恥づる心は、唯々、鴉たる我等のみが持ち得ているものであろうよ)


次穿雀巣事ついですずめのすをうがつこと是又非差悪名これまたさせるあくみょうにあらず尼鷺等食魚あまさぎすらいおをくらう然共烏しかれどもからす雀便巣生子時すずめすにたよりてこをうむとき哀憐无奪命あわれみていのちをうばうことなし住冥界めいかいにすみては被呼抜目鳥ばつもくちょうとよばわれ振邪見威じゃけんのいをふるい雖誡衆生悪業しゅじょうのあくごうをいましむるといえども本地地蔵薩埵者ほんじはじぞうさったてえり専大悲闡提行だいひせんだいのぎょうをもっぱらとす慈悲与忿怒如車輪じひとふんぬはしゃりんのごとし二而一也ふたつにしてひとつなり受付属於忉利雲ふぞくをとうりのくもにうけて励済度於阿鼻燃さいどをあびのほのおにはげます衆生界无尽しゅじょうかいむじんなれば不知成仏期じょうぶつのきをしらず弘誓无窮ぐぜいむぐうにして利生異他りしょうたにことなり紅蓮大紅蓮朝ぐれんだいぐれんのあしたには自氷移氷こおりよりこおりにうつり焦熱大焦熱夕しょうねつだいしょうねつのゆうべには自炎焦炎ほのおよりほのおにこがる


(次に我等、雀の巣を穿うがつとて其方そなたは弾指すれど、これまた大した悪名でもあるまい。法身ほっしんたる尼鷺アマサギにしてからがいおを喰らうではないか。なれど我等鴉は、雀が巣に在って子を生みし時は、哀憐あわれれみて直ぐに命を奪うことはない。【本鳥もとどりを束ねて烏帽子えぼしを戴く身となって後は、適宜に殺生に及ぶとも全く苦しうないであろう。】(※六)幽冥界ゆうめいかいに住みては抜目鳥ばつもくちょうと呼ばわれて罪人の目をついばみ、邪見の勢威を示して衆生しゅじょう悪業あくごういましむるといえども、鴉の本身こそ地蔵菩薩と云えり。衆生しゅじょう済度さいどし尽くさぬうちは己が身の成仏をも拒まんとする大悲闡提だいひせんだい勤行ごんぎょうを専らとす。慈悲と忿怒ふんぬとはあたかも車輪の如く共軛きょうやくし、二つにして一つなり。釈尊よりは【忉利天上とうりてんじょう六道りくどう衆生しゅじょうを救済せよとの負託を受け】(※七)無間むげん地獄の阿鼻のほのおのうちに在る最も重き咎人とがびとにすら済度さいどを励ます。衆生界しゅじょうかい無尽つきせずして皆々成仏の期を知らねど、地蔵が弘誓ぐぜいもまた無窮きわまりなく、その利生りしょうは格別なり。氷の地獄たる紅蓮大紅蓮のあしたには氷より氷に移り、火焔かえんの地獄たる焦熱大焦熱のゆうべには、炎より炎にこがる)


居社職しゃしきにおりて踏禰宜神主之上ねぎかんぬしのうえをふみ被仰警みさきとあおがれては告夭恠災厄之慎ようかいさいやくのつつしみをつぐ立偸盗悪名ちゅうとうのあくみょうをたてて雖卑黒賊こくぞくといやしむるといえども非鵜伺魚うにあらずしていおをうかがうは鷺子白浪可謂ろしもしらなみともいいつべし是自非他雑言不為尽みずからをぜとしてたをひとせるぞうごんつきせず所詮しょせん翻当家敵対思とうけてきたいのこころをひるがえし専前非後悔誠ぜんぴこうかいのまことをもっぱらとし弛弓脱甲ゆみをはずしてかぶとをぬぎ速可被参林頭館すみやかにりんとうのやかたにさんぜらるべし不然者発向不日しからずんばはっこうふじつ成一戦骸いっせんのむくろとなさん恐々謹言きょうきょうきんげん


(中鴨のやしろに棲まい、禰宜ねぎ神主かんぬしを踏み付けにするかの如く冠上ずじょうを飛び周り、神仏の警蹕けいひつを務むる鳥と仰がれてはわざわいや怪異への用心を告ぐる其方そなた鷺子ろし一党、鴉たる我等に偸盗ぬすびとの悪名をば立てて「賊」などと悪様あしざま讒謗ざんぼうこそすれ、其方そなた鷺子ろしとて鵜にもあらずしていおを狙うなど、【黄巾こうきん白波賊はくはぞくにも似る白浪ぬすびと(※八)と呼ぶに相応しきこと。自らを是として他をば非とするばかりの戯言ざれごとは尽くることなし。くなる上は此方こなた鴉方からすがたへの敵対の思いを翻し、前非後悔ぜんぴこうかいの猛省を只管ひたすらにし、武装を解いて速やかに祇園林ぎおんばやしほとりなる居館やかたに参向されよ。なくば此方こなたより中鴨に押し出すに時は掛けず、一戦の裡にむくろとしてくれようぞ。恐れながら謹みて言上ごんじょうつかまつる)


   八月廿五日                         真玄さねはる

 山城守殿やましろのかみどの


【私註】

※一:中唐の詩人張継による漢詩。『唐詩選』所載。仄起式七言絶句で韻は下平声一先の天、眠、船(以下、〇は平字、●は仄字)。


 月落烏啼霜満天●●〇〇〇●韻 月落ちからす啼いてしも天に満つ

 江楓漁火対愁眠〇〇〇●●〇韻 江楓こうふう漁火ぎょか愁眠しゅうみんに対す

 姑蘇城外寒山寺〇〇〇●〇〇● 姑蘇こそ城外の寒山寺

 夜半鐘声到客船●●〇〇●●韻 夜半の鐘声客船かくせんに到る


※二:未詳(底本脚注)。

※三:「伏願陛下、使臣白華之志申尽敬之誠、臣烏鳥之情得反哺之便」(『都氏文集』三に所載)。なお「白華之志」は親孝行の意とされる(底本脚注)。

※四:『史記』「刺客列伝」の賛注や『燕丹子』、本朝にも『今昔物語集』巻一〇や『平家物語』巻五などに引かれる故事。戦国時代の中国、秦で人質となっていた燕国の太子たんが帰国を望んだ際、秦王(後の始皇帝)が「なんぢに暇をたばん事は、馬に角おひ、烏の頭の白くならん時を待つべし」(『平家』巻五・咸陽宮)と答えたところ、実際に白頭の烏が出現してこれを許され老母に再会が叶うたという。ここから「容易に起こり得ぬこと、通常ではあり得ぬこと」を喩えた「からすかしらが白くなる」「烏頭白うとうはく」といった成句をも生じた。

※五:貞操堅固な女性は夫と離別・死別しても別の夫を持つことはしないの意で、「貞女は二夫をあらためず」とも。『玉函秘抄』上に「忠臣不仕二君、貞女不更二夫」』とあり、『平家』巻九「小宰相身投」にも「忠臣は二君に仕へず、貞女は二夫にまみえすとも、かやうの事をや申べき」と見える。

※六:該部は『萬物滑稽合戰記』『校註日本文學大系』『続群書類従』に見えるため便宜に補った。原文は概ね「本鳥を付て烏帽子をいたゝく身にて、便宜の殺生すへてくるしからす」(『続群書類従』)などとある。

※七:仏教における六欲天ろくよくてん(未だ欲に捉われた天界の層)の第二天。須弥山しゅみせんの頂上、閻浮提えんぶだいの上に存在するという帝釈天のいる天界。『地蔵菩薩本願経』によれば地蔵菩薩はそこで釈迦如来より衆生救済の負託を受けたとされる(底本脚注)。

※八:中国、後漢の末に勃発した黄巾の乱の残党で略奪を働いた「白波賊はくはぞく」の「白波」を「しらなみ」と訓んでこれに「白浪」の字を宛て、「盗賊」の意で通用された。鴉の「賊」に対する鷺の白にちなんだ悪口あっこう


※引き続いてプーランクの“Sextet for Piano and Woodwind Quintet, Op. 100: III. Finale. Prestissimo”を聴きながら

 https://youtu.be/wiYdDrzjAKg

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