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  • 掌編・雨の夜への応援コメント

    ケロスケさんの配慮の深さも皆様のコメントも拝読していて勉強になりました。
    感受性が強いと相手の陰にも影響されちゃいますよね。その感受性を理解してくれる=相手も感受性の強い人だったりしますし。
    私、育った家庭で色々気を遣って疲れたので、配偶者には「何を言っても許してくれる人」を選んでしまいました。だから一通り聞いてあげた後は自分の意見を言っちゃってます笑。
    でも「代わりにあなたも言いたい事言ってね」っていうスタンスで、相手に意見するのが苦手だった彼も言うようになりましたね(向こうは気を遣いながらだけど笑)。
    相手を愚痴のゴミ箱にしないというのは子供にも教えてます。私が子供時代その役で辛かったので。ケロスケさんに無理し過ぎないでねと伝えてくださいね(*´-`)

    作者からの返信

    葵さん、コメントありがとうございます。
    悩んでいる本人よりも聞いている方が重荷を倍増させてしまうことってありますね。それを感じ取った本人は話したことを後悔したりして。よくある光景です。いい意味での鈍感さって必要じゃないかと思います。
    ご家庭の様子がとても風通しのよい雰囲気でいいなと思いました。何を言っても許してくれるという安心感は大事ですね。ご主人も話すのが苦手でも溜めこむよりはいいです。
    美味しいものを食べて元気になれるうちは大丈夫ですね!


  • 編集済

    掌編・雨の夜への応援コメント

    何ともいい話ですね。
    確かに2人で背負えば重荷は軽くなるかというとそう単純なものではないですよね。
    私は相手の妻の話を聞き、相槌を打ち、心配はしますけど、重荷は背負わないようにしています。
    相手の顔は見えなくても相槌を打ちながら横に並んで同じ方を見ているのです。
    無責任ですけど、つまらないアドバイスができない以上、相手と並んで座っていても、向き合っているのとあまり変わりません。
    そうしないと、私の場合は、自分が潰れそうになるんです。
    それに、相手も「他に愚痴言う人いないから、ごめんね」と言ってくれますし。
    ただ、私は30年間妻に愚痴ばかり言ってきたので、私はこれからはそう言うことを言うまいと決心しています。
    ついつい自分のことばかりになってしまって申し訳ありませんでした。

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    少し重たいので掌編にしてごまかしましたが、いい話なんて言って下さって恐縮です。僕自身もこのところ仕事が増えたりして気持ちにゆとりがなくて、だから余計に重荷に感じてしまうのかもしれません。
    奥様も決して助言を求めているのではなくて、聞いて欲しいんですよね。こちらの受け止め方の問題なんだろうなと思います。下手に向き合って感情を籠らせるより、横に並んで前を見た方が息ができる気がします。
    ご意見やご経験を聞かせてもらえるのはありがたいです。奥様は順調でしょうか。ご自愛ください。

  • 掌編・雨の夜への応援コメント

    ありますね、そういう時。スポンジになる時。
    ジャンピーさんが同居人ですから、無碍に出来ないですね。
    辛い気持ちに寄り添ってもらえたこと、ジャンピーさんは忘れないと思います。
    心配したりどんよりとした柊さんの心のモヤモヤもわかります。
    自分の身を守るため、スポンジではなく時には石や掃除機、ロボットになれたら楽なのにね。
    『怒る人と共に怒り、泣く人と共に泣きなさい」って言葉があります。
    受け止めるのが大変な時、私は同じ方向を向いて同じ感情を表し終わらせます。
    さぁ、向かいあって笑顔を見られる春は近いです!太陽は暖かいですね(*´꒳`*)

    作者からの返信

    ハナスさん、コメントありがとうございます。
    一緒に住んでいると特に気持ちを被りやすいというか、負の感情は自分も影響されますね。意見を言うこともありますが解決するのは本人なので……これは立場が逆でも言えます。
    「怒る人と共に怒り、泣く人と共に泣きなさい」
    なるほどそうですね。ケロスケはジャンピーより怒ってしまう傾向があるので(笑)できれば同じテンションで共感したいものです。
    今日は少し太陽が出ているのでこのまま春を迎えたいですね^^
    いつも励ましのお言葉ありがとうございますm(__)m

  • 掌編・雨の夜への応援コメント

    柊さま

    心の中で「あるわ、そういうこと。全く同じ」という今回のエッセイでした。そして、同居人って、得てして、相方の意見より、他人の慰めのほうで心が軽くなったりされて、それもなんだかですね。
    ジャンピーさんの機嫌に左右されるって、私も同じです。
    相手が落ち込むと、気分がどんよりして、そして、ひたすら聞き役になるってことが多いです。私は自分を私的カウンセラーなんて思っています。逆もあるからお互いさまなんですが、仕事が大変な分、相手の方が多くて。
    人との関係は難しいですね。ひとりなら楽かといえば、それも寂しい。
    厄介ですよね。本当に厄介。
    ジャンピーさんは、しかし、そんな風に遠慮なく心のうちを話せるって、よほど、ケロスケさんに安心しているんでしょうね。愛情深い素敵な関係ですね。
    今日、こちらは朝から春の嵐です。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます。
    共感してくださって安堵しました。同居人って有り難い存在だと思いますが、近いだけになんでも吸い込んでしまうもので。そして自分が意見されたときには思わずムッとしてしまうんですよね。一緒に暮らす距離感というのが難しいです。
    きっと雨さんもご自分のことはあまり話さない方ではないでしょうか。自分だって決して余裕があるわけじゃないのに、そこは抑え込んで聞き役に回ってしまうような。
    もう少し人の顔色を窺わずにいられたらいいですが、まあ安心してもらえているなら幸せなことですね。優しいお言葉ありがとうございます。
    今日は嵐なんですね。早くすっきりした春が来て欲しいですね。

  • 掌編・雨の夜への応援コメント

    スポンジタイプの人は、話を聞いてあげなかったとしても、沈んだ気分の人が傍にいるだけで影響受けませんか? そうなら、やっぱり話を聞いて一緒にどよーんとしてるほうがマシな気もします。
    スポンジタイプは、自分だけ普段通りに機嫌良く、どよーんとしてる人を無視して過ごすことも苦手なはず。感受性が鋭いんですよね。うっかりそうしてしまっていたことに気づくと、自己嫌悪に陥ったりもする気がします。
    もう、そういう性質だと諦めるしかないかも(^^; あ、スポンジに吸い込んだ湿気は、なにか他のもので絞って乾かすのがいいですよ。それがいちばん手っ取り早いです(笑)

    作者からの返信

    烏丸さん、コメントありがとうございます。
    仰るとおりですね。どんなに気分を変えようとしても相手の顔色を見るだけで左右されるので。よく「自分以上に落ち込まれても困る」と言われるのですが(笑)こういう性質は変わらないものだし、諦めるしかないかも。
    そんなことをここで書いたりしてるのは、スポンジを絞っているようなものでしょうか。考えたら小説を書き始めたのもそういうことかもしれないと思いました。

  • 掌編・雨の夜への応援コメント

    なんて素晴らしい人生なんだっ!と率直に思いました!
    哀しみを伝え合って寄り添って、美味しいものを睦み合いながら食す。求めるものはそこに尽きるんじゃないのかなあ、と思うのです。
    俯瞰してみると、この世界は巨大なスポンジなんですね。固くて粗雑で吸い込みの悪い部分もあれば、繊細で優しく包むように吸い取ってくれる部分もある。より多く吸い取ってくれる部分は、より多くの悲しみや苦しみを背負いながら、他が吸うことが出来ずに流れてくる理不尽すらを更に吸おうとしてくれている。本当に偉大です。

    生命という単位で考えたなら、この世に正誤はたぶんない。でも『美しさ』はあるんじゃないかなあと夢想しております。ケロスケさんとジャンピーさんの会話は食卓は、きっと美しい。

    素敵なお話!ありがとうございました!

    作者からの返信

    呪文堂さん、コメントありがとうございます。
    このスポンジを絞り出したような掌編にそんな言葉を頂けるとは!
    ケロスケはあまり言わない方なんです。自分の中に溜めるタイプ(厄介)なので、ジャンピーみたいに逐一言葉に出る人は健康的で羨ましいです。
    何でも理論的に解決するわけじゃないですしね。美味しいものを食べてそれだけで気分が上がるってこともあるし。人の心は不確かなものだなあと思います。
    呪文堂さん、やっぱりポジティブエネルギーが違いますね。頭が下がります。見習わなければ。ありがとうございます!

  • 掌編・雨の夜への応援コメント

    元妻や娘などに愚痴を聞かされて、アドバイスをしたことがありました。
    結局そのアドバイスは無視されたり、ひどい時には逆ギレされたり(~_~;)
    何を言っても他人を変えることは困難なので、聞くだけ聞いて放っておくことにしました(^^)
    「私はあなたのゴミ箱ではありません」と心の中で思いながら。

    作者からの返信

    佐野さん、コメントありがとうございます。
    身近な人ほど無視したり逆切れしたりすることが多いのかも知れませんね。どうしても甘えや油断が出るというか。アドバイスは少し距離のある人の方が効くんだろうなと思います。それはそれで面白くなかったり、難しいものですね(^^;

  • 掌編・雨の夜への応援コメント

    ふーんそうなんだーへーへー。
    どうせ相槌を打つしかできないのなら、ハンズフリーで相槌を打ちながら食器洗いや掃除など身体を動かす他のことをやります。電話だし、相手から見えないし。
    頭ではしっかり話を捉えていても感情は引きずられないように。
    対面でなく電話でよかった~と想いながら。
    わたしも相手の負の感情が流れ込んできて、詳細に現場を想像してしまうタイプなので、多少は自分本位に自分の心を守ったほうがお互いの為にいいのです。
    危機的状況なら手をとめてちゃんと身を入れてききますが。

    作者からの返信

    朝吹さん、コメントありがとうございます。
    ハンズフリーで何がやりながら聞くこともありますが、相手にそういう「話半分ぽい」のも伝わってしまうんですよね、ケロスケは不器用なので笑
    >頭ではしっかり話を捉えていても感情は引きずられないように。
    ここが一番難しいところです。話の内容よりも感情の方が先に流れ込んで来てしまうように感じます。
    ジャンピーは少し誇張気味なのでぜんぶ危機的状況みたいに喋るんですよね笑 なのでまただと思いながらも聞いてしまうのです。影響されすぎないよう心を守りたいものです。

  • 掌編・雨の夜への応援コメント

    >向かい合って生きるよりも、隣りで同じ方向を見ている方がケロスケは好きだ。でも向かい合わないと相手の笑顔が見られない。
    この二文がすごくいいなと思いました。
    ジャンピーさん自身がケロスケさんのお天気みたいです。
    スポンジを湿らせるのも、乾かすのも、ちゃんと向かい合っているからこそなんでしょうね。

    作者からの返信

    陽澄さん、コメントありがとうございます。
    ああ、確かに相手の顔色が天気と同じような感じかも知れません。慣れていると思いながらも影響されてしまうのも似ています。
    雨の日ばかりに向かい合うのはしんどいですが、晴れたときの嬉しさも向かい合っているから見えるものですね。


  • 編集済

    掌編・雨の夜への応援コメント

    当地も今朝は土砂降り、名掌編にどっぷり浸かってスポンジになりました。(笑)

    自分がしゃしゃり出て「ジャンピーをいじめるなっ」と同僚にいっちゃもんをつける訳にもいかない。
    ← ヨウコさんの場合はむすめでしたが、これから学校へ乗りこんで行こうとか(結局、実際に行きましたが ^_^)、いじめ集団のボスの子の家に、夜中に脅迫のファックスを送りつけてやろうとか、いろいろ妄想しました。(*^。^*)

    ヨウコさんもスポンジになりやすいタイプなので、一言一句が痛いです。
    でも、いまの気持ちを最も聴いて欲しいケロスケさんにまず電話をかけて来たパートナーさんにベストな対応をされたと思います。楽になった友人のひと言というのは、その大安心の上にあるからこそかと……。

    作者からの返信

    上月さん、コメントありがとうございます。
    仕事や学校の悩みには人間関係が絡むことがほとんどですからね。前に上司との色々を聞いたときには、本気で乗り込みたい気分になったものです。夜中に脅迫のファックス(笑)。でも母として守りたいお気持ちが伝わります。

    話半分に聞ければいいんですが、これは体質ですね。
    そういう風に言ってくださると、まあ少しは役には立っているのかな、と思えます。ありがとうございます^^


  • 編集済

    掌編・雨の夜への応援コメント

    ジャンピーさんの言葉(君をスポンジ~~)に苦笑しつつも、それでも分かってあげてるんだなと感じて微笑ましくなりました。(自分が一人暮らしだから羨ましくなったとかでは決してありません笑)
    でもケロスケさんもどこかで『僕のスポンジは換えが効かないんだよ。乾いてまた使えるようになっても徐々に…』ってチクリと言えれば良いですね!(笑)

    作者からの返信

    悠木さん、コメントありがとうございます。
    スポンジにするつもりはないと先制されると何も言えなくなりますからね、ジャンピーはずるいです笑
    スポンジもそのうち吸い込みが悪くなって右から左に流せるようになればかえって強いかもしれません。。

  • フランス語の番人たちへの応援コメント

    アカデミー・フランセーズの正装、気になって検索しちゃいました。
    なかなか重厚な雰囲気ですね(*'ω'*)
    言葉の門番かあ。もし日本にいたら、こんなに外来語だらけになってなかったんでしょうね~

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます!
    オリーブの刺繍の上着、なかなかですよね。言葉の門番の制服って感じがします。
    こういう存在を馬鹿にしてる人も多いんですけど、失くしてしまったら遅いですもんね。外来語を使いすぎる傾向にはちょっと危うさを感じています。

  • 印象・日の出への応援コメント

    昨日はこちらに来ようと思ったらいつの間にか二丁目に迷い込んでいて……(夢のような体験をしました✨)

    それはそうと、日の出!
    モネに関わらず、印象派と呼ばれる画家たちの作品は、見ているうちにこちらの体がゆらゆら動いてしまう気がするのですが、柊さんはどうでしたか?

    芸術作品を見る時の、自らの視線に批判的な感性の鋭さが、すごいなあと感じ入りました。
    確かに、芸術だと知って鑑賞するのと、5歳児の絵ですと言われて見るのとでは、受ける感じが全然違いそうですものね。
    絵に限らず、カクヨム内の作品もそうだと思います。

    でも私、批評家の人の意地悪な物言いが結構好きです。
    「作りかけの壁紙の方がはるかにちゃんと出来ている」なんて言ったんですか? すごくいい皮肉!
    それを受けて「僕ら印象派だもんね」とやっちゃう画家たちの方も、おっしゃる通りに強メンタルで楽しいですよね。芸術はこうでなくっちゃ。

    作者からの返信

    鐘古さんコメントありがとうございます。昨日は見苦しいものを失礼しました(笑)夢だと思って頂いた方が有り難いです(証拠が残っているけれども)

    印象派の絵が揺れているように、とは面白いですね。切り取られた一瞬に生きたものを感じられるんでしょうね。こういうところも見る人の感性を試されているような気がします。
    先入観って除こうと思ってもなかなか難しいと思います。先にある評価ありきで見てしまうから自分の思っている以上に持ち上げたり、反対に分かりもせずけなしてみたりするものですね。
    カクヨムでも星の数だけで判断材料になってしまうので、読み手に先入観を与えていると思います。

    批評の言い回しがいかにもフランス的ですよね(笑)何でもひとひねりひねらないと生きていけないのかと。でもそれを逆手に取った画家たちのメンタルの強さもまたフランス的というか。こういう土壌があるのは芸術が育つためにいいのかも知れません。

    それからお礼を書きそびれていました。こちらにも過分な星をありがとうございます。m(_ _)m 少しでも楽しんで頂けるものを書いていきたいと思います。

    編集済
  • 印象・日の出への応援コメント

    高校生くらいの時かな、初めて「印象・日の出」を見て、はてどうしてこれがそんなにいいのだろう、と思った記憶があります。
    それからうん十年、モネはやっぱりもっとも好きな画家の1人ですね。
    私たちは、それでもこれは優れた画家、とか、有名な画家、とか、教えられて見るシステムから逃れることはできない。教育も社会もそうなっていますからね。
    でもある程度そうして審美眼が付いてくると、自分でいい絵、好きな画家、を選択することができるようになる。
    たとえば私は、好きな画家はたくさんいるけど、ピカソは未だにいいな、と思ったことが少ないんです。これは好みだから仕方がない。
    で、絵はやっぱりオリジナルを見ないと、というのは私も思います。
    写真や印刷物である程度良さは伝わるけど、それはやはり映画をテレビで見るのに似てませんか?
    芸術を真に楽しむには労力を惜しんじゃダメなんですね。

    作者からの返信

    たくさんお読みくださってありがとうございます。
    ひとつひとつの話にコメント頂いてとても嬉しいです。
    大人になってから良さが分かるものって絵に限らず小説や映画もそうですね。やはり数に触れることで審美眼も養われてくるのでしょう。最後はやっぱり好みの問題ですね。

    >写真や印刷物である程度良さは伝わるけど、それはやはり映画をテレビで見るのに似てませんか?

    あーすごく分かります!映画は本来スクリーンで観るように作られているものですよね。それはわざわざ美術館に行ってその場で観ることに意味があるのと同じですね。とても腑に落ちました!

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    さすがパリ、パリ市民ですね。
    自分たちの古い文化を守ることに敏感なのはとても素晴らしいことだと思います。
    何というのかな、誇りというのか、こういう意識を何と呼べばいいのだろう。
    東京ではこうはいかないかもしれませんね。

    作者からの返信

    こういう精神が残っていてちゃんと実行に移されるのがすごいなと思っています。誇りとか愛情とか危機感とか、これは譲れないという感覚でしょうか。古いものに価値を見出す文化にも通じますね。

  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    ユトリロのお母さんも画家だったとは知りませんでした。ユトリロは哀愁があって昔から好きです。

    フランス庭園というと幾何学的にピシッと整備されたものが浮かぶのですが、それと違った、さびれた情緒というのはきっとすごく素敵でしょうね。
    死ぬまでにもう一度行ってみたいけど、パリも昔とはだいぶ様変わりしているのかな?

    作者からの返信

    ユトリロの哀愁のある絵はやっぱり子どもの頃からの育ち方に影響されているのでしょうかね。

    僕は個人的には幾何学のフランス庭園は好きじゃなくて、暮らしの匂いがある庭の方が情緒を感じますね。
    レネさんが今のパリをご覧になったらどう思われるだろう。情緒……がっかりされないといいなあ……笑

  • フランス語の番人たちへの応援コメント

    さすがフランスですね。
    外来語で溢れている日本は、少し見習った方がいいと思います。
    まあ、無理でしょうけどね。

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    それでもフランス語にも英語の波が押し寄せているんですよね。
    外来語はお洒落と思われているようですが、一枚壁を通して聴くような現実味のなさが気になります。そこに付け込んで政治なんかに都合よく使われるのも危険だと思いますね。

  • 雨の日のクレープ覚え書きへの応援コメント

    そうでしたか。
    クレープって冬のものなんですね。知りませんでした。
    私もクレープが好きで、妻がよく作ってくれますが、さすが本場のクレープの描写を読んでいると、やっぱり違うなあ、と思ってしまいました。
    これを妻にも読んでもらって、妻がいつか料理ができるまでに回復したら作ってもらうことにします。
    あれ? 自分で作ればいいんですよね。
    できるかなあ?
    そういえば妻が水餃子が食べたいと先ほど言っていて、私は難しくて作れないので、明日専門のお店に行く予定です。
    料理の下手な旦那で妻が可哀想だな。

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    クレープは熱いのを食べるというイメージがあるので、やっぱり冬ですね。
    奥様も作られるんですね。正直クレープはそれぞれの家のものなので、材料や配分は自由だと思います。
    レネさん、よかったらぜひご自身で作ってみてください!生地がかなりサラサラしていますけど、その方が薄くのばしやすいです。破れにくいので返しも大丈夫です。
    少なくとも餃子を作るよりは簡単かと思います。
    奥様にはおいしいものを食べて元気になって欲しいですね。

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    ブキニストについて調べてみたら、セーヌ河沿いのブキニストが本箱撤去拒否のニュースを見かけました。ユネスコの世界遺産にもなっているパリの歴史的風物詩が守られて良かったですね。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます!
    調べてくださったんですね。日本でもニュースになっていたとは驚きです。
    大事に守られているものが疎かにされずにすんでほっとしています。

  • 印象・日の出への応援コメント

    やっぱり、ヨーロッパはどの国でも美術館に入るのは一苦労なんですね。私も年末にイタリアとスペインに行きましたが、人が多すぎてツアーに参加しないとすぐには入れないし、入ってもベルトコンベア式に流されてじっくり見ていられませんでした。まだ本物を見ることができるなんて羨ましい!

     これからは無名の方の傑作を探そうかと思っています。

    作者からの返信

    月森さん、コメントありがとうございます。
    イタリアやスペインもですか。個人で入るのは難しくなってしまいましたね。人気のエクスポだと作品より人を見に行ってる感じで。

    無名の作品発掘はそれこそ自分の感性が問われるようで自信がない(^^;
    目が肥えていたらそれも楽しそうですね。

  • 雨の日のクレープ覚え書きへの応援コメント

    大学時代、学祭の時、写真部ではクレープを作って売ったことをふと思い出しました。けっこう繁盛したんですよ。懐かしいです。最近もそういえば、娘と一緒にアウトレットパークに行った時にクレープを食べました。手軽で美味しいですよね。柊さんは家庭料理に工夫して取り入れていらっしゃって、感心します。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    クレープはお祭りなんかでも重宝しそうですね。本格的な丸い盤で作られたんでしょうか。
    出かけたときに屋台があると、あ、いいなと思うんですが、子どもに混じって買うのは少し気が引けます(笑)
    料理というほどじゃないですが、気晴らしになります。老若男女問わず自分のレシピのある人が多いですね。おばあちゃんの味、みたいな感覚で受け継がれるようです。

    編集済
  • 富める傲慢って意外と小さな、身近なものなのじゃないかと最近感じています。

    人生経験が少なかったり、生育環境上『与えられて当然』の精神の若年層は想像する力が弱い。
    偉そうに言う私も…(;^ x ^A
    仕事人間ダメダメです。

    啓蒙とは──大事なのは書籍じゃない、生きた言葉を交わす関係性じゃないの?
    いい歳をして漸く気付いたり。
    恵まれていたから故の『無知の知』からはほど遠い存在であります。


    フランス人の意図…ふむ。

    フランス人は議論の為に議論する。
    賢い証明だと思っているから雄弁で多弁。やたら押し付けがましい。
    フランス語は相手をやり込める為の言語。
    ──音楽家の友人談。
    あと、鼻で笑うのが『オシャレ上手い』なんだとか?
    ふふふ

    作者からの返信

    こちらにも深い考察をいただきありがとうございます。ひと言ひと言に頷いてしまいました。
    これは今も続いている某国での虐殺が本格化した頃に書いたものですが、「富める傲慢」は確かに自覚しないところに身近に潜んでいるものですね。「与えられて当然」だから他人の痛みへの想像がないのだと思います。

    フランス人の議論好きは有名ですね。日本語が情緒的なのに対して仏語は理論的なので議論には向いているのかも。なので感情的な喧嘩にはならない(はず)です。あと自分が勝つまで引かないのも確かですね。(でも一応優しい言葉もあります笑)
    お洒落は多分自己主張なのだと思います。センスがあるかどうかは個人次第ですが……

  • あるホームレスの死への応援コメント

    『路上生活者の死』
    ズシンとくる話でした。
    日本のホームレスが所謂、諸外国のそれと違うとか、ニュース伝聞でききますが。
    フランス生活者の実感は新鮮でした。

    数年前の日本のテレビ番組を思い出しました。
    芸能界に憧れバイトをしながら俳優を志し、最期をバス停留所のベンチで迎えた(半グレに面白半分に殴り殺された)ホームレスの老女。

    セーフティネット。
    親族が居ながら、なぜ誰にも相談しなかったのか?
    担当記者が疑問を投げかけていました。

    ──答えなんてあるんだろうか。
    誰にも相談しなかった。
    ただただ、その事実が骨身にしみました。

    作者からの返信

    サバトラコさん、はじめまして。中編に加えてこちらもお読みくださりありがとうございます。

    日本のホームレス、僕は河川敷などでコミュニティを作っている印象があるんですが、今もそうなんでしょうか。フランスだと自分が見る限りではほとんどひとりです。通行人にお金をねだる人が多いですが、ここに書いた男は声を出すことがなく、まさに石のようにそこにいるだけの人でした(そういう意味では日本の単独のホームレスに近いかも知れません)

    その老女はそこまで経歴が分かっているんですね。
    親族がいるのになぜ、というのはよく疑問になると思いますが、その親族に一番言えないからこその境遇なのでしょうね。
    この男性も他人が目に入っているのかいないのか分からない目をしていました。そこまでに至る心境は想像するのみですが、おそらく想像以上の何かがあったのだと思うしかありません。

  • 柊さん。
    柊さんの静かな怒りが伝わってくるようでした。
    この諺は聞いたことがあるような気がしますが、こうして柊さんの分析を加えると、色んなことに当てはまりそうですね。
    柊さんはひとつのことを頭に置いて書かれたわけではないかもしれませんが、私はやっぱりオムレツを食べようと夢中になってる誰かさんばかり想像してしまいました。
    私も最近はストレスが溜まっていて、ふつふつと怒りが湧いてくるのでした。

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    実はこの件でははらわたがムカムカしていたので、文章では静かに抑えられて良かったです。
    もしかしたら万国共通の諺でもあるのでしょうか。まあ確かに理屈はその通りですが、やはり個人で完結している場合の話だと思っています。よその卵を犠牲にしていいはずがない。
    ここ数か月以上(実際は数十年にわたって)続いている侵略のことを念頭に書きましたが、ここだけではない理不尽があちこちでまかり通って、しれっとフライパンを差し出す者(国)までいることに怒りを覚えています。

    編集済
  • パリと東京の間、何気にグローバル感満載なのに懐かしい余情も伴って、素敵な旅行記ですね。柊さんも相方さんもダンディで優しい雰囲気で、お母さまも久しぶりの再会にほっとされたと思います。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます!
    日本へ行く度に自分が浦島太郎に思えます。その中に懐かしさを感じて頂けるということは、どれも普遍的なことなのかも知れませんね。
    今はSNSなんかもありますが、本人に会って元気な姿を見られるのが一番安心しますね。これも当たり前なんですけど、こういう時代なので余計そう思います。
    優しいお言葉に感謝です。

  • 印象・日の出への応援コメント

    休日へ美術館へ行く、すてきな活動ですね!長らく行っていません・・・日頃からそこまでアート好きというわけではありませんが、旅行先だと行きたくなります。でもお子様がいると、美術館は遠ざかりますね・・・マルモッタン美術館、初めて聞きました。パリやその周辺、無数のスポットがありますね。行きたい場所リストだけが長くなってしまいます^^

    作者からの返信

    神原さん、コメントありがとうございます。
    僕もすごく久しぶりだったんですよ。冬の間は休日も雨ばっかりで出かける気が起きなくて。
    地元の美術館はいつでも行けるって気持ちがあるからかえって忘れてしまうものですよね。でも旅先では確かに行ってます^^
    気兼ねなくお子さんも一緒に行かれたらいいのに。この美術館もお子さん多かったですよ(ベビーカーの赤ちゃんも笑)
    マルモッタンはパリの端なのにそこそこお客さんがいて、「日の出」効果だなと思いました。郊外も含めると本当に多くて行きつくせないですよね^^

    編集済

  • 編集済

    窓越しの訪問者への応援コメント

    一年前頃のエピソードですが、今も窓辺の穴場カフェは開店しているでしょうか?
    シジュウカラ、可愛いですよね。穴場カフェが繁盛していると、他の種類の小鳥も訪れるようになったのでは?

    私は大学時代写真部だったことが高じて、気ままなバードウォッチングと野鳥撮影を趣味にしていますが、犬の散歩中や旅先の他、日常的にもいろいろな鳥を見かけますし、けっこう運動になります。長く続けているうちに種類も覚えたりして、娘と一緒に楽しんでます。

    知り合いでもお庭カフェを楽しんだり、「野鳥の会」にまで入っている方もいますが、自然と親しめる感覚が楽しくてたまらないとおっしゃっていました。
    柊さんの素敵なエピソードも味わいがあって、気持ちがほんわか和みました♪

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    鳥の観察をしてときどき写真に収めて、なんとも素敵な時間ですね。日常の中でふと気づけるものがあるのは貴重なことだと最近特に思います。小鳥ってあのサイズや丸さがなんとも可愛らしいですよね。パソコンの画面ばかり見ているときに何よりの目の保養ですし、緊張を緩めてくれる声です。
    ところでこの話には続きがありまして、この次の話にそのことを書いています。もしよければ覗いてやってくださいませ。

  • 雨の日のクレープ覚え書きへの応援コメント

    うわあ、読んでたら食べたくなってきちゃった。じゅるり。
    クレープというと原宿で売ってるおしゃれなイメージです。
    柊さんのイメージに近いのはたこ焼きかな。冬にハフハフしながら食べると美味しい♪
    たこ焼きはさすがにパリにはないですよね?

    せっかく教えてもらったから、今度クレープ作ってみます!
    (*'▽')

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます。
    食べたくなるって一番嬉しいお言葉ですね!
    クレープって素朴なお菓子のイメージが強いです、ただ砂糖だけかけるとか、チョコレートを塗るとかの単品で。原宿のはすごいゴージャスですよね。
    たこ焼きとか、たい焼きみたいなイメージが近いかも。冬が似合いますよね。実はパリにもたこ焼き屋ありますよ!買ったことありませんが。。
    よかったらぜひこの材料でお試しください!

  • 印象・日の出への応援コメント

    柊圭介さん、こんばんは😊
    やっと訪問できました(遅いぞ……ケロスケの心の声)

    うわぁ、美術館に入るのに厳重なチェックがあるんですね。
    持ち物検査があって水を没収とは……(;'∀')
    税関並みの厳しさですね。

    美術館に地下もあり、ベルト・モリゾという女流画家の特別展もあるとは大きな美術館なんですね。
    うふふ、その時の柊さんのどうせ良いお家のお嬢さんなんだろうとのひねくれた目での鑑賞には笑ってしまいました。
    気持ちわかります。そんな風につい思っちゃいますよね(笑)

    そうそう、本題はモネの「印象・日の出」でした。
    初めての展覧会で意地悪くけなされた絵とは知りませんでした。
    私は、じっと見ていたら心が落ち着くなって思いました。

    作者からの返信

    この美のこさん、こんばんは😊 ご訪問とコメントありがとうございます。どうかお気遣いなく、お時間のある時に覗いてもらえたら嬉しいので。
    最近は美術館も昔のように気軽に入れなくなりました。一部の人間がやることでここまで厳重にならなきゃいけないのは悔しいですが、ガラスで防御されていない絵画がたくさんあるので、せめてもの対策なんでしょうね。
    お金持ちのお屋敷なので階数もあって広いです。ベルト・モリゾはそこそこ有名な方で、多分この特別展を目当ての人も多かったと思います。
    以前にモンマルトルでヴァラドンのアトリエと住処を見たので、どうしても家柄の違いが感じられて、ちょっとひねた目で見てしまいました。これもひとつの先入観ですよね。
    新しい作風ってけなされるのがつきものなのかも知れませんね。そこで折れずに自分のやり方を貫くって強いなと思います。「日の出」はとても静かな絵で派手ではないけど、芯のある絵という感じがしました。美術史の節目の作品が目の前で見られることは貴重ですね。

  • 印象・日の出への応援コメント

    深く共感したエピソードでした。私自身も、モネを巨匠と認識した上で、名画の素晴らしさに触れてきました。出会う時代が違えば、感じ方も変わったかもしれないなと、柊さんの文章を拝読しながら、ifに思いを馳せました。
    大好きな絵画なので、柊さんのエッセイと近況ノートを通して鑑賞できて、本当に嬉しかったです。「絵は実物を見なければいけないと、今さらのように思った。人間の手で描かれた作品には体温がある」のお言葉も、胸に響きました。いつか私も、実物を観に行きたいな……と夢を温めています。

    作者からの返信

    一初さん、コメントありがとうございます。
    すでに名声を得ているものや評価されているものは、その先入観ありきで見ていると思います。で、それが好みじゃないと「大したもんじゃないな」とけなすか、「自分には理解できない」と落ち込むか、どっちかな気がします。子どもの頃うちに画集があったんですが、何も知らず興味本位に見ていたその頃が一番純粋だったかも、なんて。
    「日の出」お好きなんですね。あっけない小さな絵の中の筆づかいに、生身の力を感じました。
    つらつらと書きましたが共感頂けて光栄です。ありがとうございます。

  • 印象・日の出への応援コメント

    こんにちは。いいな、いいな。本物を見られるなんて素敵だな。
    前にもお伝えしましたが、地元にモネが愛した庭を再現した公園があります。
    バラ園、睡蓮の池。モネの……偽物の絵。
    印象派に少しでも浸りたくて夕方までいたことがあります。
    近況ノートを拝見いたしました。
    絵のことは全く分からないですが、本物から魂を感じるのでしょうね。
    柊さんの感性の豊かさ、繊細さも感じます。
    環境テロをする人を輩と表現したの、共感いたしました。


    作者からの返信

    ハナスさん、コメントありがとうございます。
    美術館に関してはパリに住んでいるのをラッキーだと思えます(笑)
    モネが日本風の橋をかけた庭が、今度は日本でも再現されて。なんかお互いに好き同士みたいでいいですね。モネは浮世絵のコレクションがすごいですけど、日本人もモネの絵が好きな人が多くて。双方の憧れが通じ合ってますね。
    僕はぜんぜん目が肥えてないので残念ですが、頭だけの知識だったのが本物を目の前にすると、静かなオーラがあるように感じました。
    こういう先人の作品にスープをかける輩は本気で消えて欲しいと思っています。共感頂きありがとうございます。

  • 印象・日の出への応援コメント

    僕は絵画が好きです。解るとか解らないとかは皆目判らないのですが、これ好きだなあ〜とか思える絵画に出逢っちゃうと、足が棒になるまで魅入ってしまう。特に伊藤若冲、雪舟なんかは眺めていると楽しくなってきます。川瀬巴水の版画も大好きで。
    ルーブルに行ったときには、本当に困りました。こんな大量の作品を見るには一か月滞在したって無理じゃないかっ!フェルメールの作品を目にしたとき、胸がぎゅっとなったのを覚えています。

    本物に出逢えたときの、様々な感覚。思っていたより小さいな。割と劣化が進んでいるよね。…でもさ、それでもほら。一歩下がってみてご覧よ。なんだろね、この圧倒的なものは…

    あーっ、印象・日の出!観にいきたいですっ

    作者からの返信

    呪文堂さん、コメントありがとうございます。
    >足が棒になるまで魅入ってしまう
    ああ、なんか呪文堂さんのイメージ通りです。好きだという感性を大事にされてるのが伝わります。きっとすごい集中力で鑑賞されてるんだろうなと。日本画にもお詳しいんですね。
    ルーヴルなんか行ったら大変ですよね。でもきっと名画の中でも自分に響くものって限られてくるのかも。
    思ったより小さい「日の出」が、それまで刷り込まれてたものをふいとひっくり返すような心地でした。予備知識よりも自分の目で観てみろという感じで。
    時々こういう時間が必要だなと思いました。目を鍛えることも。

  • 表現が美しくて、的確で、うっとりしました。山手線、東京の象徴みたいなところがありますよね。あのゴミゴミした感じと、やけにひとまとまりになっているような奇妙さ。
    とても懐かしくなりました。

    作者からの返信

    せっかく日本に行ったんだから感想を、と思いながら、とても書くのが難しくてテーマも相当選びました。山手線は自分にとっても東京滞在のちょっとした象徴のようでした。暮らしを感じつつもそこに所属していないことも身に沁みて感じました。
    お住まいだった方にそう言って頂けると嬉しいです。ありがとうございます。

  • 昔、他国の方から「どうしてそんなにsorryと言うの? あなたは、なにも悪いことをしてないのに」と言われたのを思い出しました。
    途端に、とても息がしやすくなった覚えがあります。
    別の国の方から、「日本のサービスは完璧すぎる。それを他国に求めてはいけない。でも、日本は完璧すぎるのに、そこにお金を支払わせようとしない。奇妙だ」と言われたこともありました。
    ずっと同じ国にいると見えなかったり、忘れたりするものがあるのだなと、しみじみ感じました。

    作者からの返信

    ユトさん、コメントありがとうございます。
    他の人を気遣った言葉がすぐに出てくるのは日本人の美徳でもありますが、謝罪の言葉を繰り返していると無意識に苦しくなっていることありますね。
    サービスにしてもこのレベルが当然という感じで浸透していて、そこに費やされる気力や体力に見返りがない気がします。
    日本へ行くと、優劣とか善悪とかじゃなくて、価値観が違うことを感じますね。

  • 印象・日の出への応援コメント

    こんにちは。
    芸術作品が環境テロの標的にされるのは悲しいですね。好みは人により分かれるにしろ、その人の心に響く作品は、希望にも救いにもなるのに。
    実物のもつ迫力というのはありますよね。だから私は、好きな作品が出てくれば会期中に何度も足を運んだり、何年かしてまたその美術館を訪れたりします。
    でもじつはまだマルモッタンには行っていないんです。。パリは訪れるべきところが多過ぎますね。

    作者からの返信

    久里さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
    環境テロはですね、もう本当に撲滅して欲しいです。そもそも絵に八つ当たりをすることが卑怯だし関係性が意味不明です。
    久里さんは何度も足を運ばれるんですね。実物にはそれだけのエネルギーを費やす価値があるということですね。
    僕なんかやっぱり写真を撮ってしまいますけど、肉眼で見て頭に焼き付いているイメージこそが一番の記録なのだと思います。
    マルモッタンはパリの外れなので後回しになりやすいかも。自分も恥ずかしながら初めてでした。でもやっぱり行ってよかったです。

  • 印象・日の出への応援コメント

    近況ノートのモネの作品、拝見いたしました。
    絵については、何も言えないのですが、モネはあの穏やかな作風が好きで、でも、自宅に飾りたいとか聞かれると、悩む絵です。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます。
    印象派の中でもモネとかルノワールは柔らかみがあって好かれる気がします。
    鑑賞したい絵と家に飾りたい絵、というのは違うものかも知れませんね。主張やエネルギーの強い絵は飾りには向かないのかも。そういう観点も面白いですね。


  • 編集済

    印象・日の出への応援コメント

    モネやゴッホ、その他印象派の画家たちの空気の切り取り方は、当時の多くの人々にしてみたら「無秩序なラクガキ」にしか見えなかったかもしれませんね。それまでの美術と明らかに一線を画した作風が、それでもこうして今人々の支持を得、大きな価値を持っているのは、やはりその根底に、「泣かせるほどの破壊力」を秘めているからなのでしょうね。理論や理屈ではなく、それに触れる人をどうしようもなく揺さぶる何か。真に力のある芸術とは、そういうものなのかもしれないなあ、と。

    作者からの返信

    新しいものが生まれるときっていつも反発を食らったり馬鹿にされたりするものだと思います。でも残っていくものって仰るとおり理屈じゃない何か、揺さぶる力がこもっていて、それが多くの人に伝わるからでしょうね。今でこそ印象派って大きな位置を占めていますが、当時挑戦する側だった画家たちの才能や意志の強さも改めてすごいなと思います。

    編集済
  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    ここだけの話、オリンピックは害悪祭典だと、コロナ真っ最中の東京オリンピック開催の際に思い知らされました。感染症拡大を抑えるためには国際的なイベント開催などあり得ないと、国民がどれだけ反対の声を上げても開催の方向は変わりませんでしたし、つい最近まで東京オリンピックの裏金疑惑で日本国内の大企業トップが捕まるニュースやってましたし……オリンピアで聖火を灯す尊い祭典などという歴史は完全に置き去りにされ、もはや人間の健康などそっちのけで汚い人間どもが汚い利権を貪る汚い祭典でしかないんだと、それを目の当たりにした思いでした。もちろんパリオリンピックが始まれば日本のアスリートたちを純粋に応援はしますけどね。
    ブキニストが守られたことは、本当に素晴らしいです!!イエスしか言えない日本のお役人たちならば、IOCからお達しがあった日には何が何でも撤去するでしょうね……(笑)

    作者からの返信

    aoiさん、コメントありがとうございます!
    気持ちいいぐらいはっきり言ってくださってすっきりします(笑)読みながら頷いてしまいました。純粋なスポーツの祭典が今やもうビジネスです。アスリートたちがストイックに頑張れば頑張るほど、その裏でわちゃわちゃしているお金関係、権力、しがらみの諸々が醜く見えますよね。東京オリンピックはコロナの最中っていう特殊な状況で、開催側の人間味が問われるものだったと思います。
    オリンピックにかかわらず、イベントというのは開催地、開催国の人が応援しようという気にならねばならないものであって、決して犠牲になってはならないと思っています。
    フランスでも強行採決が流行りのようで、まあフランス人は暴れますけど、通らないことも多いです。だからブキニストを守れたという(些細な)ニュースがとても貴重に感じました。

  • 印象・日の出への応援コメント

    あ〜、わかります。
    実物、本物から感じる何か。泣きそうになる何か。
    ネットや印刷物じゃなくて、実物から感じる体温とか息づかいとか。

    先入観とかフィルターとか外した状態でものを見る事ってとても難しいけれど、そういう目を持ちたいなって思います。
    その為にも、実物や本物、良い物にたくさん触れる事は大切なんだろうな。

    「印象・日の出」
    絵の事は分からないけれど、柊さんが撮ってきて下さった写真を見て、何だか好きな絵って思いました。シンプルな太陽の暖かな色がすっと自分の中に入ってきて、ずっと印象に残りそうな絵だなって思います。

    作者からの返信

    風羽さん、コメントありがとうございます。
    そう、何か、なんですよね(それが上手く言えない)
    実物の持つ体温や息づかい、佇まいや発散している空気は唯一で、これだけはコピーできないですね。
    先入観なしに物事を見るのは子どもの感性みたいで大人になるにつれ難しくなると思います。だからこそ思い込みのない目を養いたいです。
    自分も絵のことは分かりませんが、細かい理屈よりも素直な気持ちで好きだなと思えるのが自分にとってのいい絵なんでしょうね。時々はこういうものに触れるのが必要だなと思いました。

  • 印象・日の出への応援コメント

    >“人間の手で描かれた作品には体温がある”

    私は絵についてはまったくの門外漢ですが、音楽で、人が楽器を奏でているのと、打ち込みの音はまったく違うと思っています。なので、なんとなくわかる気がします。正確さとか技量だけではないなにかがあるんですよね。
    ちゃんとわかるわけではなくても、いわゆる「本物」を前にしたときに感じる凄みとか、感電したかのような震えは知っています。あの感覚も、特別な力があるものだけが与えてくれるものなのかも。
    あ、だからガラスもなにもなしなのか。警備の人は大変だけど、芸術を大切にしてる感じで素晴らしいですね。

    作者からの返信

    烏丸さん、コメントありがとうございます。
    僕も絵のことは全然詳しくないんですけど、久しぶりに美術館へ行って「画面越し」じゃない絵を見たので、特にそう感じたのだと思います。音楽なんかは如実に出そうな気がしますね。機械で取って代われることはあっても生演奏だけは人間しかできませんし。
    裸のまま展示してあるのは仰るような意味があるのでしょうし、同時に見学者への信頼があってのことだと思います。だから余計、絵画のテロリストには腹が立ちますね。(彼らはカバーしてある作品しか狙わないようですが、それにしても、です)
    堅苦しく考えずにこういう本物に触れる機会って幸せだなと思いました。

  • 印象・日の出への応援コメント

    素敵な筆致で何度も読んでしまいました。昨年、上野の森美術館で開催されたモネの連作を見に行きましたが、ものすごい人でした。私も中学生位から印象派やモネが好きです。

    裸のモネ、観たい。あのグラデーションの描き方になるまでに黒を多用したり他の画家の影響を受けた時期等を経ているのですよね。アンリ・マティスもピカソそっくりの絵があったり暗い絵の時代があったり。私、美術館に行くと「ああ、作風は人生そのものなのだな。色々な時期があっていいのだ」と安心するのです。その時に真摯に描きたかったのですから、柊さんの「モグラの穴」もそのままでいいのだと思うのです(もう少ししたら少しずつ拝読します。心が震えてコメントはできないかも笑 でも読みたいの)。
     マネに「名前が似ている」と揶揄されてからクロードもつけるようになったり、奥様のカミーユがとても苦労して早逝したり、戦時下の貧困の時代があったり、あの明るく暖かな色彩には色々な感情が写し出されているようで、でもそんな事を知らなくても泣きたくなるように沁みる絵なのですよね。
    素敵なエッセイをありがとうございました。

    作者からの返信

    葵さん、コメントありがとうございます。
    何度も読み返してくださるなんてすごく嬉しいです。
    モネに関してはほとんど知識がなくて、変遷を経てきているのも知りませんでした。確かにほかの画家も、その年齢や時代で作風が違いますね。
    >作風は人生そのものなのだな。色々な時期があっていいのだ
    目から鱗でした。その時に真摯に書きたかったもの、小説もそうですよね。ここで「モグラの穴」にも繋げて下さってなんだか恐縮です。それでいいんだって言ってもらえたようでじんと来ました。心が軽くなりました。
    僕はモネって安定感があってどっしりしたイメージを持っていたのですが、その人生の中にも揺れる部分がたくさんあったはずですね。それが絵に反映されているから、何も知らない者にも沁みるのかな、と思いました。こちらこそ励まされるようなコメントをありがとうございます。


  • 編集済

    印象・日の出への応援コメント

    僕は頭の隅で、この人はどうせ良いお家のお嬢さんなんだろう、と思いながらひねくれた目で鑑賞した。
    ← 大いに共感しました。(笑)

    人間の手で描かれた作品には体温がある。
    ← ごく最近、AIどころかタブレットすら使用していない、最初から最後まで画家さんの手で描かれた作品を拝見する機会があり、まったく同様な感懐を抱きました。

    印象派の初めにそんな酷評があったとは、畏れ多くも勇気が出ます。(笑)
    評論家とかコンサルとかって、それほど立派なことを言うなら自分でやってみせなよという感じです。

    ずいぶん長いこと美術館に足を運んでいません。地元にも国際的に著名なアーティストの常設展示があるのですが、前の仕事の関係でスタッフに知人がいるなど余計な負荷がついてまわりまして……少し遠出して出かけてみようかな~と、貴稿に啓発されました。

    作者からの返信

    上月さん、コメントありがとうございます。
    共感されましたか(笑)絵を描くって行為には貧富とか関係ないんですよね。うがった見方をしてしまったと思います。
    今はAIを使って創作することがてらいなくあるような気がします。機械が便利なのは分かりますが、この分野に関してはどうしても抵抗があります。
    印象派は最初叩かれたんですよね。やはり精巧な絵がいいとされる時代だったんでしょう。この批評をした人も芸術家ですが、人が作るものへの価値観の違いはどうしようもないのかも知れません。
    美術館へ行くのも気軽ではなくなったのが残念ですが、ここには体温のある作品がいっぱいあるんだと思うと、時々は触れたいものだなと思います。上月さんも負荷なく美術館を楽しまれるといいですね。

  • 印象・日の出への応援コメント

    ベルト・モリゾさんは、検索するとマネの絵のモデルの人であることが先に出てきますね。あの黒いドレスに黒い被り物の絵の人なんですね。確かに裕福そう。作品はほのぼのとした家族の絵が多くて万人に好かれそうです。柊さんの文章が、見覚えのある画家や絵について調べる機会を与えてくれるので、新鮮な目で見ることができて楽しいです。

    作者からの返信

    母猫さん、コメントありがとうございます。
    ベルトさんはマネの弟の奥さんとかそういう方でしたね。黒い服の肖像画、きれいですよね。なんか同じモデルでもヌード系のヴァラドンさんとはえらい違いだなと思います。
    実は美術館の壁にマネの家族の系譜が記してあって、立派な家系なのかなと思いました。絵を見ていても豊かな生活の風景が垣間見えますね。詳しくないので自分の印象だけ語ってしまいましたが、そう言って頂けると嬉しいです。


  • 編集済

    印象・日の出への応援コメント

    「日本人は印象派が大好き」という持論を持つ私ですが、何を隠そう私も好きです。
    ただ、一口に印象派という言葉でくくってしまうには画家ごとの個性に差がありすぎますよね? もちろん時代背景的に画期的だったのは多少なりとも想像できますし、それ以上にモネが天才すぎたって話(そしてメンタルも強すぎた)なのでしょうけど、実はモネ自身、日本の影響を受けていた(という噂)にビックリした事があります。

    日の出は私はまだ実物を見た事がなくて、単純なイメージとしては、モネの代表的な睡蓮シリーズと比べると相当おとなしいというか、何となく「シスレーの初期の絵?」って印象だったのですけども、実際に実物を拝見したらきっと違うのでしょうね。あ、やっぱりモネだ、って思うのかな?

    と、ここまで書いて思い出したのですけど、フランスでも鳥山明先生の訃報はニュースになってたりするのでしょうか?

    作者からの返信

    叶さん、コメントありがとうございます。
    日本人は印象派が好きですよね。他の時代の絵に比べたらソフトな感じがしますし、情感が感じられるからかな、と思います。でも確かにひとくくりにするには画家それぞれで違いますよね。
    だいたい新しい流れができるときって主流に抗ってるところがあると思うので、叩かれてもへこまないメンタルなんでしょう。そうそう、ジヴェルニーのモネの家に行くと浮世絵が壁じゅうに飾ってありました。どんだけ集めたのかと引くぐらいありました。
    「睡蓮」のイメージが強いと「日の出」はすごくあっさりして見えると思います。この美術館も睡蓮が多くて、やっぱり存在感があるので、そちらに意識を持って行かれそうになりました。

    鳥山明の訃報はみんな知ってます。今日高校生の子が「お父さんがショックを受けてる」と言ってました。広い年代でファンが多い証ですね。

  • メトロの人々への応援コメント

    ベビーカーでの移動の時に手伝ってもらったことはないですが、それでも親は電車の中で何か面倒なことが起こらないようにといつでも気が張ってるので、電車を降りる時などさっと道を空けてくれたりするだけでもホッとしたりしました。あと、落とし物をさっと拾って渡してもらった時など、人の優しさを感じたことがありました。パリのメトロでの心温かな光景を拝読しながら、少しだけ昔のことを思い返しました。

    柊さんも赤ちゃんが乗ってるベビーカーを運ぶのを手伝ったことがあるなんて、とても優しいですね。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    パリの親たちはベビーカーを押して堂々と電車に入ってきますが、東京だと気を遣って遠慮しているなという印象を受けました。
    落とし物なんかもそうですが、見ていないようでさっと気を配ってくれる人は有り難いですね。パリのメトロはエレベーターとかの設備が整ってない場所も多いので、人の手がなによりの助けです。
    褒めて下さって恐縮です。自分が声をかける前に誰かが手を貸したりして先を越されるとかえって恥ずかしかったりするんですよね。

  • 色々と「わかる!」と思うお話でした(*'ω'*)
    私も昔は照れくさくてできなかったのですが、親が年をとってからは帰郷するたびにお別れのハグをするように心がけました。
    一度習慣づけてしまうと大丈夫ですよ!
    うちはもう両親とも亡くなりましたが、やって良かったと思っています。

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます。
    親子の関係は難しいですね。後悔することや悲しくなることばかりです。最初から全部やり直せたらと思いますが、そうは行きませんからせめてこれから先ぐらいは後悔しないようにしたいです。
    優しいお言葉いたみいります。ありがとうございますm(_ _)m

  • 掌編・痣だらけのリンゴへの応援コメント

    リンゴについて哲学するだけでなく、使い切ろうと工夫されているのですから、お料理の腕が上がりますね。
    新しい道を切り開く精神は創造力の源やチャレンジ精神に通じると思います。
    リンゴ農家の方々への感謝の気持ちまで伝わってくるようなエピソードに心洗われるような気持ちになりました。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます!
    食べ物を捨てるのはしのびないですよね。今は食料の値段も高すぎるので無駄にできません。

    このリストラされた方ですが、失業保険を貰いながら自分の分野の専門書を書き、それが出版社の目に留まって本を出す予定だそうです。見事に道を拓かれたと思います。自分もいつどんなことがあるか分かりませんが、こんな風に強くありたいです。
    心洗われるというお言葉嬉しいです。ありがとうございますm(_ _)m

  • 青いチーズの味への応援コメント

    アレルギー体質の私には刺激が強いエピソードですが、旦那さんはワインもブルーチーズも大好物なんですよね。それで、私はほんの少しだけお裾分けしてもらうぐらいが丁度いい感じでしょうか。

    オーヴェルニュ地方の風光明媚な景色を眺めながらの本場の味はほんとうに素晴らしかったでしょうね。モーパッサンもオーヴェルニュ地方での経験を生かして『モン゠オリオル』という長編小説を書いているようですが、柊さんもオーヴェルニュ地方を訪れて、モーパッサンのような気分で自然豊かな空気を味わい、充実されたご様子ですね。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます!
    チーズは好き嫌いが分かれやすいですよね。ご主人、ワインもチーズも両方いける方なら美味しさも増すでしょうね。羨ましいです。
    青カビは食わず嫌いだったのが、このオーヴェルニュのチーズはすっかりやられました。その土地で初めて食べたのもよかったのかも知れませんね。
    「モン・オリオル」は未読でした。思い出させてくださってありがとうございます。
    パリを離れると知らなかったフランスの豊かさを感じます。時々は都会を抜け出さないといけないなと、旅行するたびに思いますね。おつきあいくださり感謝です。

  • 掌編・帆掛け船への応援コメント

    末娘の大学の課題で庭園巡りに一緒に付き添った時のことをふと思い出しました。パリの公園も歴史的建造物のみならず、美しい景観で見どころが多い公園がたくさんあるのでしょうね。

    こちらのリュクサンブール公園でのひとときも和やかな雰囲気で、パリ近辺に住む多くの人々にとって憩いの場所であることがよく伝わりました。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます!
    日本の庭園は趣があって素敵ですね。日本に行ったら必ずいくつか庭園に行きます。
    リュクサンブール庭園は色んな区域に分かれていて、賑やかにも静かにも過ごせるところがいいです。都会のオアシスって有難い存在ですね。


  • 編集済

    Zoomな人々への応援コメント

    Zoomは私以外の家族の者はコロナ禍以来それぞれ自分の部屋ですでに活用していますが、私は自分の部屋がないので;;誘われてもなかなか抵抗があってできないままです;動画配信は少しばかり編集作業はできますけど。電話でさえ、母の介護優先の現況で、雑用に追われてます!ちなみに今、使っているPCも旦那さんのお古の古い機種で長持ちしてます…;;

    これだけIT化が進むとPCも携帯も使えなくならないように気を配ることがあることを生活感あふれるエッセイから思い巡らせました♪

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます!
    コロナ以降こういうオンラインでの手段を使うことががぐんと増えましたよね。
    僕は基本的にアナログな脳みその人間なので、仕事だから選択の余地がなくて仕方なく使う、というところもあります。
    動画配信の編集なんてすごいですね。それこそ使いこなす自信がありません。
    便利とはいえ、携帯やコンピューターに頼りすぎて、いったん使えない状況になると何もかも麻痺してしまうのが怖いです。あまりITに振り回されたくないなと思いつつ、結局頼らざるを得ないのも皮肉なものですね(^^; あくまでも道具として適度に距離を保ちたいです。

  • 探してみたら、内容紹介で第48回カンヌ国際映画祭でM・カソヴィッツ監督が監督賞に輝いた衝撃作とありました。1993年に若いザイール人のマコメ・ムボレさんが警察の手によって射殺された事件をもとに映画化され、安全を守るはずの警察自体が暴動の発端となって銃で住民を脅かし、さらには脅かしている最中に誤って発砲、といったこともある社会問題なども映し出し、高い評価を得た映画のようです。

    柊さんのご紹介からもフランスの低所得者階級のリアルにも目を向けることの大切さを改めて実感しました。

    作者からの返信

    中澤さん、詳しいところまで調べて下さってありがとうございます。カンヌの監督賞受賞は知りませんでした。でも当時、こんな映画を撮るって衝撃だったでしょうね。
    警官による暴力や発砲は今もずっと同じで、この映画はまるで先を予言してるみたいです。解決のしようがない話に切り込んで辛辣に描けるのも映画のなせるわざですね。

  • アントナンの足音への応援コメント

    ここまでどのエピソードも素敵で夢中で読ませて頂きました。ロックダウン中の移民の話や色々な現場で働く労働者の話、各国で目の当たりにした現実だったかと思います。
    アントナンの描写、とても可愛かったです。我が家にも二人男子がいるのですが、そんなに小さくはないので、そのくらいの子の可愛さが目に浮かび温かい気持ちになりました(*´꒳`*)
    柊さんの作品に出てくる子供の描写の可愛らしさは柊さんの子供への優しい眼差しから来ているのだなとしみじみしました。

    作者からの返信

    葵さん、コメントありがとうございます!
    コロナの最中にこのエッセイを書き始めたことを思い返し、感慨深かったです。今ではロックダウンすら昔みたいに感じてしまいます。こういう極端な状況のときって、国の姿とか国民性が如実に見えると思いますが、日本はどうでしょうか。
    アントナン、今は小学生です。息子さんのいらっしゃる方にそう言ってもらえると嬉しいですね^^
    小さい子って邪気がなくて癒されます。見ていて楽しい。といっても僕のような気楽な立場だから言えるんでしょうが (^_^;)
    たくさん読んで下さって、このような温かいコメントまでありがとうございます!

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    わぁ~、良いお話ですね!セーヌ川沿いの古本屋さん、たびたび訪れるわけじゃなかったものの、そこにあってしかるべきの存在で、あそこを歩くとパリに来たな・・・この風情が良いな、と思える光景でした。オリンピックを機に、そんな憂き目にさらされていたのですね。ですが市民も黙っていなくて(毎度ですね^^)その声に国も応える、そんなあり方が良いな、と思えました。日本はあまり声をあげない傾向ですね・・・古き良き街が輝き続けるのは、住む人々の活気あってのことですね。

    作者からの返信

    神原さん、コメントありがとうございます!
    そこにあってしかるべきの存在って言葉がしっくりきますね。河が流れる街は沢山ありますが、そこに古本屋がセットになっているのはパリだけで、シンボルみたいなものですよね。なので話を聞いたときは世知辛いなと思いました。
    庶民の声で覆せることってなかなかないと思うんですが(フランスでも)こういうこともあると思うと諦めちゃいけないですね。

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    こんにちは。
    以前パリに泊ったときはまさにセーヌ河岸の古本屋が並ぶ近くでした。ブキニストというんですね。雰囲気がよくって、買い物はしませんでしたがちらちら覗いて歩いたのを覚えています。撤去されずに済んで、よかったですね。
    しっかり声を上げるあたりがパリだなあと思いました。それに応える政府も。

    作者からの返信

    久里さんこんにちは、コメントありがとうございます!
    おお、それは素敵なロケーションでしたね!晴れた日にたくさんのブキニストが開いていると、河沿いの景色が明るくなる気がします。ただ覗いて歩くだけでも楽しいですね。
    大事なことはやっぱり声を上げなきゃいけないんだなと思いました。今回は国もその重さを考えてくれたようで、本当によかったです。

  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    最近読んだ本で、まさにモンマルトル美術館が紹介されていて、興味を持ったところでした。写真でしか知らなかったアトリエの風景に、もの悲しくも色彩豊かなドラマが重なって、とても豊かな気分になりました。柊さんの静謐で美しい筆致も心地よく、大好きなエッセイだなと改めて思いました。

    作者からの返信

    一初さん、コメントありがとうございます。ちょうどよいタイミングで読んでくださいましたね。アトリエは画家の制作風景が垣間見えるようでしたが、僕は殺風景な寝室がなぜか印象に残って、たぶんそれはおもちゃの機関車のせいだと思います。演出的に置かれていたとしても、幼いユトリロの姿が重なるようで、物悲しさがありましたね。
    久しぶりに書いたのでちょっとリハビリのような文章ではないかと心配ですが、あたたかいお言葉に励まされます。ありがとうございます!m(__)m

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    よかったですね。一度、やめて仕舞えば、元にもどらない、本当にそうですものね。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます!
    そこ、言いたかったです。汲み取って下さって嬉しいです。

  • テラスが戻ってきたへの応援コメント

    パリではロックダウン、日本では緊急事態宣言など、コロナ禍が人々の暮らしに及ぼした影響はほんとうに大きかったことを今さらながら改めて思い出しました。パリは今年の夏にはオリンピック、パラリンピックの開催を控えてますし、無観客開催となった異例の東京オリンピックを引き継いで、緊張も高まりつつ準備も進んでいることと思います。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます!
    今から考えると遠い昔みたいに感じるから不思議ですね。ロックダウンも、3回ほど繰り返す間に緊張化が薄まり、連帯の雰囲気より不満の方が勝ってきてしまいました。やはりなにかを強制する政策には限度がありますね。
    そういえば東京は無観客でしたよね。今年のオリンピックはその分大変な人出になるかと思います。無事に開催されることを願ってます。

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    柊圭介さん、こんばんは😊

    セーヌ河沿いの石の欄干に並ぶブキニストって全く知らなかったのですが、四百年くらいの歴史があるのですね。

    >上に開かれてトタン屋根に変わり、箱の中身が舗道に広げられると、たちまちアンティークな佇まいの本棚へと変身する。これがパリ名物の古本屋、ブキニストだ。
    この部分を読んだだけでも、パリならではのなんて素敵な風景だろうってワクワクしました。
    それがオリンピック開催の為に撤去だなんて、そんな無謀なことが行われるのかと、パリ市民ではない私までも悲しくなるような辛い要求でした。
    そんな中、パリ市民が「ブギニストを守れ」と運動したことにより、政府に届き、立ち退き撤回となったお話は、心打つ素敵なニュースでした。
    本当に良かった。
    心温まる素敵なお話でした。
    柊さん、ありがとうございます✨✨

    作者からの返信

    この美のこさん、こんにちは😊 コメントありがとうございます!
    セーヌ河の河岸で古本を売り始めたのがこんなに古いとは驚きですよね。ちょっと説明が簡単すぎてイメージが難しいかも、と反省してますが、この部分で分かって下さってすごく嬉しいです。
    ブキニストは歴史と文化を象徴している存在でもあると思います。だから短期間とはいえ出ていけと言うのが横暴でパリの人も怒ったんでしょうね。
    たまにはフランス政府も心ある決定をしてくれるようです。
    のこさんに我がことのように喜んでもらえてこちらこそ心が温まる思いです。ありがとうございます✨✨

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    ブキニストが守られ本当に良かったです!
    良いまちには、良いカフェと良い古書屋があるように思います。人が集い、知が集う場所ですから。そういうものを大切に出来るパリの人々が素敵ですね!

    作者からの返信

    呪文堂さん、コメントありがとうございます!
    語りの場と知が集う場、なるほどです。それが成熟した社会を作れたらいいですよね。
    ところで、手術の件、ご心配おかけしました。あの、もしよかったら近況をご覧になって笑ってやってください……(汗)

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    川岸といえばダンボールハウス…ではなくて良かった。パリはやっぱりお洒落ですね(^^)
    オリンピックが悪い影響を残さず無事に終わりますように。東京からうまく繋げてほしいものです🔥🏃‍♂️

    作者からの返信

    黒須さん、コメントありがとうございます!
    セーヌ河は古本屋でしたが、ダンボールハウスも実は問題です。路上のみなさん、開催中はどこへ行かれるのだろうかと思います。課題が多いのも分かりますが、せっかくのオリンピックだから気持ちよく繋げて開催して欲しいですね🔥🏃‍♂️

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    ローマでも古本屋の屋台が集まっているところがあるので、その光景を重ねあわせて読みました。400年の歴史って凄いです。凄い貴重品とか掘り出し物が埋まっていそう。
    オリンピックは口実で、撤去したい意向が元からあったのかなとも思いました。撤回されてよかったです! 声をあげるのは大事ですね。

    作者からの返信

    橋本さん、コメントありがとうございます!
    ローマの古本屋台を見てみました。やっぱり緑だった(笑)セーヌ河のはこれの上半身だけ欄干に置いてある感じですね。
    あまりにも見慣れすぎて、歴史とか価値とかあんまり考えたことありませんでした。開会式には邪魔なんだろうな、とは思いますが、こういうときに守ろうって運動が出てくるのは頼もしいですね。

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    パリの人々の気持ちが届いて良かったです。開催地の問題、色々ありますよね…。日本も大阪万博に億単位のトイレが設置されるとか、日々ニュースになっています。
    ブキニスト、初めて知りました。ネットで画像を見ましたが、こういうの好きです。古本が好きで神保町によく行っていたのと、旅先で見かける露天商みたいなのも好きなので。
    町の本屋には置いてなくて古本屋でしか出会えない本ってありますよね。神保町はブックカフェも多くて癒されます。
    柊さんはブキニストでどんな本を購入した事がありますか?

    作者からの返信

    葵さん、コメントありがとうございます!
    国がブキニストを優先してくれてよかったです。大阪万博の話も前から色々言われていますが、イベントを支えているのはお上ではなく住民や労働者だということを忘れて欲しくないですね。
    ブキニスト、単純すぎてかえって言葉で説明するのが難しいのですが、多分画像だと見たことあるって方もいるかも知れません。古本と露天商がお好きならぴったりですね。
    こういうお店ならもう絶版になった本とかもあるでしょうね。あとジャンルにごとにスペシャリストがいるらしいです。でも実は本を買ったことがないのです。本に詳しくないしな……と思って気後れしてしまいます。買える人がかっこよく見えます笑

  • セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    へ〜。オリンピック開催に際して、そんな問題があったのですね。
    ブキニストって何だろう?って思いました。
    市民が運動を起こし、それが政府に届いて勝利するなんて素敵なお話ですね。

    こういう事を知っていると、また開会式を観るのが楽しみになります。
    セーヌ河岸のブキニストにも注目したいです。
    👀✨🙏

    作者からの返信

    風羽さん、コメントありがとうございます!
    ブキニストと言っても?ですよね。分かりにくくてすみません。エピソードのタイトル、少し変えてみました。
    開催地って何かしら住民との摩擦が起こってしまうんでしょうか。でも我慢を強いるんじゃなくて地元民が気分よく応援できるオリンピックの方がずっといいですよね。(警備は大変になると思いますけど)文化を守りたい気持ちが国に届いてよかったです。
    色んな事情をふまえて開会式を見るのも面白いかもですね。ブキニストも映るかも……?


  • 編集済

    セーヌの古本屋を守れへの応援コメント

    なんてすばらしいんでしょう、パリ市民のみなさんの行動力!!(*^▽^*)
    一度出したお触れを撤回させるなんて、上が駄目なら下も同じくのどこかの国では考えられません。やっぱりねえ、民衆の歴史がちがうものねえと納得いたします。
    世界の目が集まるオリンピックのとき、自国にとって都合のわるいものを隠す先例はなんといっても大陸の彼の大国が思い浮かびますが、コロナ禍の開催でドタバタしたあげく、現在もなお汚職問題が解決していない国の民にはなにも言えないなという気がします。
    すてきなお話を書いてくださってありがとうございます。
    おかげさまで雨の水曜日が温かな色彩に変わりそうです。

    作者からの返信

    上月さん、コメントありがとうございます!
    ニュースを知ってから気がかりだったので、この決断が出たのは嬉しかったです。
    正直言うと、これぐらいしか庶民にとっていいなと思えるニュースはないんです。フランスも色々あって。お上のやることは何だろうかと思うことばかりです。見せたくないものを隠すことも同じですし。
    だからブキニストが救われた話はちょっと清涼剤のように感じました。
    せっかくのオリンピックなので清々しい気分で開催されてほしいですね。
    雨の日ということですが、少しでもあたたかな一日を過ごされますよう。お言葉、ありがとうございます。m(__)m


  • 編集済

    偶然、1990年代の名作を映画館でリバイバル上映するFilmarksの新企画第6弾で2月16日から全国45館で「ナイト・オン・ザ・プラネット」が再上映中のようで、タイムリーな話題でした!

    映画館まで見に行くのは今はちょっと無理ですが、こちらでもご紹介されてるように生活感が伝わる点がお洒落で、いろいろなヒントがあるので何度見ても面白いそうですし、Amazon プライムでも紹介されてましたので、そのうち♪フランス語は日本語か英語の字幕がないとよくわからないのが苦しいかもしれませんが…!?

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    映画館での再上映は嬉しいですね。僕も自宅で観ることが増えましたが、やっぱりスクリーンで観るのが映画らしいので。
    パリ編だけ抜き取ったんですが、5つの場所それぞれ個性的で面白いです。本質的なテーマを描いているのではロサンゼルス編とパリ編が特にいいですね。あまりきれいでないフランス語も生き生きしてます♪

  • 太陽の街②への応援コメント

    アレクサンドル・デュマ原作の『岩窟王』(モンテ・クリスト伯)の舞台がマルセイユ近くのイフ島ですよね。小説は子どもの頃、読んだのですが、映画は見たことがないですが、こちらのエピソードを読んでいても古くからの港町で海が美しい印象ですね。映画が見れないかと思って探してみたら、1934年のフィルムでモノクロでしたが、見つけました!

    パリもそうですが、柊さんは小説や映画に出てくる街の情景を描くのがほんとうに上手いですよね。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    マルセイユは南仏のキラキラセレブ系の街とは違って、飾り気がない感じがしました。バカンス地というよりも地元民の暮らしの匂いがするような。白黒の映像だとすごく渋いでしょうね。
    イフ島までは船で行けるようですね。今度マルセイユに行く機会があったらそこまで足を延ばしてみたいです。
    自分の感じたものにできるだけ忠実な言葉で書きたいと思ってます。嬉しいお言葉をありがとうございます^^

  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    モンマルトルに愛された女、読み返してきました〜 そのうえで、改めて本作を拝読すると。濃厚です。モンマルトルという土地、そこで醸された時代。モンマルトル産葡萄のワインを頂きながら、じっくりと味わいたくなる物語ですね。芸術家であり時代の先駆者だった母。そんな母をもった子供の気持ちとはどんなだったろう、機関車のくだりを読むと滲んでしまいそうです。
    ところで私はインフルエンザでぶっ倒れておりましたっ 柊さんは大丈夫ですか?どうぞ、ご自愛願いますっ!

    作者からの返信

    呪文堂さん、コメントありがとうございます。こちらは日記風の散文になってしまいましたが、エッセイを読み返して想像を深めて下さったなんて感激です……!
    アトリエもよかったんですが、寝室のおもちゃの機関車が強く印象に残ってしまって。母子の人生の一部分が垣間見えるようで、こういうのが置いてあるのが憎いなと思います。
    ところでインフルエンザはもう大丈夫でしょうか。僕は風邪とかは大丈夫ですが目の手術をします。お互いに体は大事にしましょう!どうかご自愛くださいm(__)m

  • 海峡の風・ゾウの鼻への応援コメント

    親友とイギリスを旅行した時にドーバー海峡の海岸も歩きました。春のドーバー海岸はとても静かで美しかったです。遠くドーバー海峡を眺めた後、ドーバー城にも足を伸ばしました。

    ドーバー海峡の先は『女の一生』の舞台でもあるフランスのノルマンディー地方だったんですね。

    作者からの返信

    おお、イギリス側からですか。実は僕はイギリスに行ったことがなくて、そちら側からの眺めを見たことがありません。
    あたたかい季節は気持ちいいですが、きっと冬の海峡は風や波が激しいでしょうね。でもそういう眺めも一度は経験してみたいです。

  • 小さなチェロが歩く道への応援コメント

    こちらのエピソードは「伴奏者」の舞台にもなっている音楽院のことですよね。ゴーティエ・カプソンも5歳でチェロを始めて、パリ国立音楽院にも通ったそうです。ノートルダム大聖堂の火災の際も街頭で哀悼のチェロを演奏したのですが、その映像が私にも届き、数々の演奏シーンを視聴するようになりました。

    子どもたちがアフタースクールで安い料金で学べる公立の音楽教育機関が区ごとに設置されているのは芸術の都パリならではの精神性が感じられて、素晴らしいですよね。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    はい、この区立音楽院を参考にして「伴奏者」を書きました。覚えていてくださって嬉しいです^^
    5才からチェロというとカプソンさんは音楽一家なんでしょうね。実際のところ、高校までこの区立音楽院で勉強しても、そのあと音楽の道を志す生徒はぐんと減ると思います。パリ国立音楽院は本気で音楽家を目指す人たちの鍛錬の場だから相当厳しいんでしょうね。
    あくまで習い事だとしても、公立の値段で一流の教師につけるっていいですよね。芸術を大事にする国であり続けてほしいなと思います。

  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    こんにちは。
    パリの冬は寒々しい印象ですが、雪はあまり降らないんですね。
    モンマルトル美術館は行ったことがありませんでした。画家たちの住んでいた部屋が残っているのは素敵ですね。いつかまた機会があればぜひ行ってみたいです。

    作者からの返信

    久里さん、コメントありがとうございます。
    そうですね、空が基本的に灰色なので余計寒々しく感じるんですよね。
    モンマルトル美術館は住処っぽい雰囲気が残っていて気負わずに入れるのがいいですね。当時の画家の暮らしぶりが覗けて感慨深かったです。次回いらっしゃるときはぜひモンマルトルをコースに入れてあげてください^^

  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    モンマルトルはお好き、ですね。
    ユトリオ親子と葡萄畑で思い出しました。少し読み返してみたら、ユトリオのやるせなさと孤独が伝わってきて、切なくなりました。どんな気持ちで機関車のおもちゃで遊んでいたのかな。
    こちらは暖冬で雪が積もらなくて。楽ですけれど。雪が降っているときって妙に静かで。ただ寒いよりも、雪が降ったほうが引き締まる感じがします。

    作者からの返信

    遊井さん、こちらもコメントありがとうございます。エッセイを思い出して下さって嬉しいです!
    あの中でシュザンヌ・ヴァラドンについて書いたときはまだアトリエを見てなかったので(先に見とけ)、この機会にその生活に触れることができてよかったです。ほこりまみれの機関車がなんともいえない哀愁を醸しだしていて。小さな男の子がひとりで遊んでいる様子が浮かんできました。
    そちらだと本来はかなり雪が降るんじゃないですか。音を吸い込むような静けさとか、気持ちがきりっとする感じ、雪景色のよさですよね。


  • 編集済

    マダム・コンシェルジュへの応援コメント

    コンシェルジュですが、母が通院している病院の受付でも病院の案内係のコンシェルジュがいらっしゃるので、気になって調べてみたら、昨今では医療コンシェルジュというお仕事があるようです。フランスではまだ差別的意味合いを含む呼び方なんですね。

    ところで、「レ・ミゼラブル」のご質問についてですが、どれが一番というと昔の記憶が朧になっているので迷ってしまいますが、親友と一緒にイギリスを旅行した時にロンドンで観たミュージカルがやはり、思い出としては最高ですね。映像については昨今はCGも駆使しているようですが、時間的余裕ができた時に再生してみるといろいろ気付いたり、感動も違うのでしょうね。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    日本語だと案内係や相談相手という意味で使われていますね。フランス語でコンセルジュというと、ここに書いたような噂好きの管理人のおばちゃんのイメージと職業差別的なニュアンスがくっついてくるようです。ひと昔前はポルトガル移民の職業でした。

    イギリスのミュージカルですか、それは意外でした。ブロードウェイではなくウエストエンドですかね(よく知らないので違ってたらすみません)。やっぱり生で舞台をみる迫力は映画とは違うのかも知れませんね。

  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    素敵な美術館ですね♬
    東京では有名な美術館=ものすごい人混み、長蛇の列がつきものですが、たまたま新聞広告で見つけた知らない場所に行ってみたところ、こじんまりとした独特の空間そのものが芸術作品のような趣きがあって良かったです。
    今、早くも春の気温になっていて、私ももっと冬が続けばいいのにと思ってしまいます。

    作者からの返信

    黒須さん、コメントありがとうございます。
    有名どころってちょっと覚悟して行かなきゃいけないですよね。個人邸宅をそのまま使っているような美術館は建物自体が趣があって貴重だなと思います。
    四季って大事ですよね。どうかもう少し「らしさ」が残って欲しいなと願っています。

  • 迷路の名残りへの応援コメント

    ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』を子どもの頃から何度となく読んでますが、小説だけでなく映画やドラマ、ミュージカルも見ていて、パリ街路や地下迷路が出てくることを思い出しました。2020年3月にNHKで放送された海外ドラマでも激動の時代のパリを映し出していて、真剣に見入ってました。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    「レ・ミゼラブル」はもう幾たびとなく映像や舞台になってますが、どれが一番ですか?(参考までに訊いてみたく)やはりガヴロッシュみたいな反抗児が人気が出るんでしょうかね。
    もうユゴーの時代の街ではありませんが、改造の取りこぼしになった道とかは昔の佇まいをずっと残して欲しいです。間違ってもアスファルトなんかにして欲しくないですね。

  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    わーい、モンマルトル!
    何だか随分と身近な場所に感じてきちゃいました。

    多くの人があまり知らないちょっとした事を知っている、自分が好きなお目当ての場所があるって素敵です。
    そのぶどう畑も、柊さんが訪れてくれて喜んでいるように感じました。
    雪のモンマルトル。
    とても風情があります。

    作者からの返信

    風羽さん、コメントありがとうございます。モンマルトルに反応してもらえて嬉しいです!自転車レースでまたひとつ身近になりますね。
    モンマルトル美術館、なぜか知名度がそこまでないんですよね。居心地よし見応えありで僕はとてもいい場所だと思っています。しかもぶどう畑の眺めまでついてます。雪景色は初めてでしたが、厳しさと侘しさがあって、これも冬ならではのパリだなと思いました。滅多に降らない分、雪景色はどこも格別です。

  • 雨の日のクレープ覚え書きへの応援コメント

    いいですね。屋台見つけたら買ってみようかな。ブーランジェリーなどでも売ってますね。
    私はガレットサラザンが大好きなので、こちらでは食べたくなります。塩系を。

    作者からの返信

    佐倉さん、コメントありがとうございます。
    今もパリにいらっしゃるんですね。ムフタール通りはクレープ屋が多くて人気店もすぐ分かるのでお時間があればぜひ。
    ガレットは重たすぎないので食事にもちょうどいいですね。よい滞在になりますように!

  • 青いチーズの味への応援コメント

    よだれが……。
    チーズ専門店に駈け込みたくなります。高いだろうし、「やっぱり無理」となりそうですが青カビのチーズを食べることが出来てこそチーズを語れるみたいな、何となくそんな位置にいますよね彼は。青い王子さま。
    南仏でふらっと入ったお店で出たバケットがとんでもなく美味しくて、そこにはチーズが挟まっていたのですが、あれ以上のものは食べたことがありません。その時のパンとチーズの味を想い出してしまいました。
    クッションかタイヤみたいなチーズが板の棚にずらりと並んでいる海外映像なんかを見ると、「あれを切り取って焼いたら美味しそうだな」と想うのに、いざ実食すると、味覚の違いかそんなに美味しくない。そんな想いを何度もチーズではしてきました。青かびのチーズもその一つです。

    作者からの返信

    朝吹さん、コメントありがとうございます。
    ああ、確かに青カビを知らずにチーズを語ることはできないって雰囲気ありますね。青い王子様、見た目はアレですがオーヴェルニュのは最高でした。ちなみに安いのだと200gが2ユーロ台で買えるのでお手軽です。
    チーズが入っているだけのサンドイッチがそこまで美味しいならよほどのパン屋さんですね。南仏という空気も食べ物を美味しくしてくれる気がします。
    チーズが並んでいる光景って豪快だったり可愛らしかったりしますね。でも結局自分が食べられるのって限られているので網羅できないものです。オーヴェルニュの青カビはその殻を破ってくれました。でもまだロックフォールには挑戦してません。。

  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    柊さんの『モンマルトルはお好き」のモンマルトルに雪が降ったのですね。
    ただでさえ美しい場所が、柊さんの文章で聖なる場所に感じました。
    エッセイなのに、どこを切り取っても素敵な写真になる文体、
    素晴らしいです。写真とかあったりしたら、なお嬉しいです。

    作者からの返信

    ハナスさん、コメントありがとうございます。エッセイを覚えていてくださってすごく嬉しいです!
    聖なるという言葉で、雪が降ると浄化される感じがあるかも、と思いました。今回は思い出すままに印象に残ったことをつらつらと書いてしまいました。まとまりがない話になったかなと思いますが、嬉しいコメントに感謝です。
    雪景色の写真って難しいですね。葡萄畑の写真、微妙なので近況ノートに載せるかやめとくか迷ってます……

  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    パリのモンマルトルにある美術館、誰でも知っているような有名どころではなく、柊さんならではのセレクトですね~✨ パリってそこまで有名じゃなくても素敵なスポットが無数にありますよね。きっと、東京もでしょうが・・・?どちらもゆっくり訪れてみたいです。

    雪景色、たまの雪ですと嬉しくなったりするかもですね。札幌は雪の時期が長いのですが、夜が明るく見えるのだけは良いです。寒いですけど^^

    作者からの返信

    神原さん、コメントありがとうございます。
    モンマルトル美術館、穴場でお勧めです。「名画を見るぞ」とか「並ぶぞ」とか気合いを入れて行く美術館じゃなくて、こういうふらっと入れる場所は有り難いです。あと建物自体も古びて味がありますよね。

    札幌に住んでいる方には僕のような甘いことを言ってると怒られるかもですねm(__)m 
    夜が明るく見えるって盲点でした。寒いだけで雪が降らない場所にいるとそういうのに憧れてしまうのです^^


  • 編集済

    雪のモンマルトルへの応援コメント

    北陸に住んでいた頃、雪がとにかく憂鬱で、道路も屋根の雪かきも大変そうでした(私はしなかったけどw)。
    でも偶に暖冬で雪もほとんど降らなかったりすると、次の夏はひどく暑いか冷夏で、農作物に影響があるのではと心配になってました。ずっと降らなかったのに、桜の季節にどーんと積もったりしたことも。
    やっぱり厳しくても、それぞれの季節らしい景色が見られるのが正しいのだろうなと思います。冬はちゃんと寒いほうがいいですよね。そういえば、氷が薄くてワカサギ釣りができないというニュースをやってました。

    いつもながら、ショートフィルムのような素敵なエッセイでした。うっとり。(´∀`*)

    作者からの返信

    烏丸さん、コメントありがとうございます。
    2月になってから本当に暖冬で、10℃をずっと超えていて、このままいくと夏は恐ろしい暑さになるのではないかと……パリの家には冷房がないのでどうしてもそれが心配です。
    僕は豪雪の地域に住んだことがないのでこういう気楽なことを言ってるのかも知れませんが、でもそれぞれの季節らしい景色って大事だと思います。風物詩も消えてしまいますよね。
    雪のモンマルトルはなんとも憂鬱な情緒があって悪くなかったです。本来はこういう風なんだって思い出させるようで。
    ちょっととりとめのない日記風でしたが、ショートフィルムなんて嬉しいお言葉です。ありがとうございますm(__)m

  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    柊圭介さん、こんにちは😊

    「モンマルトル美術館」素敵なところですね。
    シュザンヌ・ヴァラドンのアトリエは、その息子モーリス・ユトリロの幼き頃のその暮らしぶりもうかがえる様な演出が心をそそられます。
    美術館の裏側にあるぶどう畑に続く道にうっすら雪が積もった様子も田園風の風情を感じさせられます。
    冬だからこそ、特に感じるのかもしれませんが、その寂れた様子も又、長い歴史を感じて魅せられます。
    きっと、柊さんのしっとりと時が流れるような繊細な描写が余計にそう感じさせてくれるのでしょうね。
    あたかも一緒に雪のモンマルトルや美術館を巡ったような素敵な時間を過ごすことができました。
    ありがとうございます✨✨

    作者からの返信

    この美のこさん、コメントありがとうございます。
    先月の話ですがちょっと思い出しながら書いてみました。
    モンマルトル美術館は気を張らずにふらっと行けるいい場所ですね。シュザンヌとモーリスの親子関係はものすごく複雑だったと思います。なのでおもちゃの機関車がやたらとノスタルジックで切なく感じました。
    お休み中のぶどう畑の雪景色も、次の季節を待つ心が感じられましたね。
    一緒に時間を過ごしていただけて書き手としては嬉しい限りです。優しいコメントにこちらこそ報われます。ありがとうございます。


  • 編集済

    雪のモンマルトルへの応援コメント

    なんてすてきな玉稿でしょうか。(^。^)y-.。o○
    経糸と横糸の取り合わせに心を砕きながら丹念に紡がれた織物のような文章に出会うと、厚かましくも文筆の世界の片隅にいさせてもらって本当によかったと、自分を褒めたくなります。
    ことに女性画家の息づかいが聴こえるような繊細な描写に惹きこまれました。
    テレビの天気予報はしきりに春の陽気といいますが、高原都市の朝はまだまだ寒いので、複雑で濃厚な味わいのエスプレッソをいただきたくなりました。
    すてきな時間の贈り物に感謝申し上げます。

    作者からの返信

    上月さん、コメントありがとうございます。
    久しぶりにリハビリのような感じで書きました。日記のようなとりとめのない話なのにそんなお言葉を頂くと勿体ないです。
    前に別のエッセイにこの女性画家のことを書いたのですが、アトリエを見たのは初めてで、先に見ておけばよかったと思いました。
    冬が好きではないけど今からこの気温ではその後が思いやられます。季節は「らしい」のがやっぱり安心するんですよね。。
    しばらく落ち込みがちでしたが、あたたかいお言葉でもう少し書こうという気になれました。こちらこそ感謝申し上げます。

    編集済
  • 雪のモンマルトルへの応援コメント

    パリも暖冬なんですね。
    日本も暖冬で、今日の東京は20℃を超えるようです。
    寒すぎるのも問題ですが、二月で20℃というのは、やはり温暖化の影響なのかもしれません。

    作者からの返信

    佐野さん、コメントありがとうございます。
    暖冬ですね。2がつで10℃を超える日が続くのは冬らしくなくて。
    東京では20℃を超えるんですか。こうなるといよいよ温暖化が加速しているように思えてなりませんね。

  • 屋根裏部屋へようこそへの応援コメント

    父方の祖母の家に屋根裏部屋があって、子どもの頃、遊んだ記憶があります。子どもの頃って狭い空間がなんだかとても贅沢に思えたりしますよね。

    作者からの返信

    子どもにとって屋根裏部屋は秘密の基地のようで心が躍りますね^^ どこに住んでもそういう楽しめる気持ちが必要かも知れませんね。

  • 壮観なラベンダー畑を思い浮かべました。南仏というと、映画での自然豊かな風景やワインの産地をイメージしますが、ゆっくりと心寛ぐ時間を過ごされたご様子ですね。読んでいる私も映画を見ている気分に浸らせて頂きました。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    この場所は3年連続で行ったりして常連になりつつあるんですけど、ここに書いたときが初めてでした。なので色んなものが新鮮で、心の洗濯になったのを覚えています。

  • 海峡の風・ゾウの鼻への応援コメント

    モネが大量に描き遺していますね、ゾウさん。
    この地はアルセーヌ・ルパンの「奇巖城」の舞台ですね。そしてノルマンディーといえばD-dayです。
    何で読んだのかは忘れてしまいましたが、英米軍が上陸してきて、ドイツ兵がわーっと後退した時、海崖近くの民家の玄関口にフランス人の女性が二人腰かけていて、
    「大変ね~」
    と、マラソンでも見送るように声をかけたという逸話が頭に残っています。
    どーんとした自然の驚異といったら、日本だと九十九里浜に行った時に地球に吸い込まれそうな恐怖を憶えました。海岸線が体感上一直線なので、視界の端から端、すべて海でした。昔の世界観のように、水平線の向こうは滝になって流れ落ちているんじゃないかと想うような風景でした。

    作者からの返信

    エトルタはノルマンディーの中でも花形の場所というか、いろいろな作品の舞台になっていて人気があるみたいですね。ファレーズの続く海峡でもゾウの鼻は個性的ですし、他所より町も小ぎれいという感じがします。
    ノルマンディー上陸作戦についてはこの次のエピソードに書いたのですが、これはエトルタじゃなくて隣町です。
    限りのない水平線って太平洋とか大西洋などの大海に向いているものなんでしょうかね。ポルトガルで海を見たときもそういう感じでした。そこに限りがあると思うのか、その先に何があるか見てみたいと思うのか。航海に出ていく気持ちって相当だったんだろうなと感じさせますね。

    コメントに加えて沢山の☆を頂戴し、ありがとうございます。励みになります。

    編集済
  • 巻きずしとジャポニズムへの応援コメント

    意外です、居酒屋のような夜飲みの店、あまりないのですか。深夜営業のカフェになってしまうのかな?
    イタリアのバールのような、ワイン一杯いくらの屋台のような立ち飲み屋、都市部ならあちこちにありそうなイメージを勝手に持っていました。
    フランスには行ったことがあるのですが、夜は出歩かなかったんですよね。

    アボガドと刺身醤油の相性の良さを最初に発見した人、偉いですよね。
    わたしが寿司ネタで「これだけは邪道で許さん」と想っているのは、コーンとマヨネーズです。お子様に人気らしいです。

    作者からの返信

    朝吹さん、コメントありがとうございます。
    飲むというとカフェとかブラッスリーとかバーになりますね。時々ワインの樽をテーブルにした立ち飲みとかあります。スペインのタパス的な感じでしょうか。でも食べ物はハムとチーズとかそういうのがほとんどで、日本の居酒屋のように安価で色んな種類のものが出てくるところはないですね。。

    コーンとマヨネーズ、いかにもお子さまですね(笑)
    先日フランスのスーパーで三角おにぎりを買いました。アボカドツナでなんと酢飯でした。やはりいろいろと誤解があるようです……

  • オルセーの五階 への応援コメント

    父母がフランスを旅行していて、オルセー美術館も訪問した時の写真など見せてくれました。とてもロマンチックで素敵な旅だったようで、父亡きあとも母は時々、父とのヨーロッパ旅行を懐かしく思い出すようです。

    こちらのエピソードを拝読しながら、父母が嬉しそうにパリの街を歩いている姿をふと想像させて頂きました。

    作者からの返信

    ご夫婦でのヨーロッパ旅行はさぞいい思い出になるでしょうね。オルセーは駅舎の建物のたたずまいに近づきやすい雰囲気があって、いかめしくないのが好きです。
    色んな場所を散歩されたでしょうね。ご両親の思い出に重ねてくださって光栄です。

  • ジャンピーとケロスケの旅行日記?
    面白い!
    そっか、エスプレッソってなかなかないんですね。
    日本ってなんでもある気がしてました(笑)
    エスプレッソって、ざぶざぶミルクを入れて飲みのが正しいって聞いたことあるけど、本場ではどうなんでしょうか?

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます。
    変な人達が出てきてすみませんm(__)m
    日本だとエスプレッソは特別扱いって感じがします。マシンがないと淹れられないし。フランスで200円以下で飲めるってイメージを持ってるとジャンピーのようなことになります笑
    僕はそのままは苦いので少しだけミルク入れます。カップが小さいのでざぶざぶ入れることができないんですよ。でも砂糖すら入れない人もいますし、この味にみんな慣れてるのかも。。

    編集済

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    フランスの桜、日本の桜への応援コメント

    近所の河津桜の蕾が少しずつ膨らみ始めているのを見かける今日この頃ですが、桜にまつわる光景を振り返ってみると家族や友人たちとの心温かなひとときが蘇ってくる一方で、桜が咲く頃は年度変わりや卒入学シーズンなので、出会いと別れも入り混じった複雑な心境も不意によぎります。

    いろいろと思い浮かぶのですが、春休み中に小学校の校庭に咲いていた白い八重桜が子どもたちが新学期に登校する日を静かに待っているようで、美しいな〜と一頻り立ち止まって観賞したことがあったことをこちらの八重桜のエピソードに連想してお伝えしておきます。

    私は桜については詩歌集に書き残していますが、日本三大桜をまだ見たことがなくて、いつか見に行きたいな〜と思ってます。パリも桜の名所で満開の頃はとても素敵な光景に出会えるようで、今から春が待ち遠しいですね。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    日本だと卒業や入学など、人生の節目が春なので桜との思い出もより強まりそうですね。しかも絵になる風景で情緒があります。日本人が桜に感情を込めやすいのはそういう出会いと別れが重なるからでしょうね。

    フランスの八重桜は自己主張が強いというか、ぽってりとして色が濃いので壮観です。ただ情緒があるかというとすこし違うんですよね。さみしさとか慎ましさはあまり感じません。お花見というよりもピクニック、という言葉が似合いそうな無邪気な感じです。
    三大桜というのも知りませんでした。きっと趣が違うんでしょうね。ぜひ実現されるといいですね。

  • 犬とオオカミの間への応援コメント

    「犬とオオカミの間」という表現は調べてみたら、13世紀頃まで時を遡れるフランス語の表現のようで、現代に伝わることにとても感慨深く思いました。また、このタイトルでエッセイが書けるのですから、柊圭介さんは文学的センス抜群ですよね。

    ところで、犬繋がりで訪問させていただきましたが、犬の祖先は狼であるということをテーマにしたTV番組を見たことがあり、初め、「犬とオオカミの間」というのはオオカミが犬になる進化の過程のことを象徴しているのかなと思って気になり、読み進めてみたら、そういうフランス語の表現があることに初めて気づいた次第です;;

    でもそういった観点からも歴史的変遷も感じさせる表現だと思いましたし、美しい夕景を心の赴くまま綴られていらっしゃって、緻密な絵画を見ているような感覚になりました。フランスでの心穏やかになれるひとときの光景を見事に描いてますよね。

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    かなり古くからある表現ですね。昔の方が明かりも少なくて、犬かオオカミか分からないというのがもっと現実的だったんだろうなと思います。確かにこの言い方だと、そういう進化の過程を想像されるかも知れませんね。それが転じて夕暮れの美しい景色に対する表現になるところが好きです。
    冬は特に天気の悪い日が続くので、晴れた日の夕暮れはより貴重できれいに見えます。その短い時間だけは心の棘も丸くなるような気がします。
    過分なお言葉をいただいて恐縮です。きれいな日本語を使われる方にそう言って頂けると光栄です。ありがとうございます。

  • たゆたえども、沈まずへの応援コメント

    「たゆたえども、沈まず」ってパリの標語だったんですね。フランス帰りの画家の友人も気に入って使っていたのをふと懐かしく思い出しました。原田マハさんもゴッホの生涯について本で著してますよね。

    昨日、「犬とオオカミの間」というタイトルが気になり読み始めたら、すっかり読み耽ってしまいましたが、取り急ぎ、ここに書き込みにきました。パリで生きていくことを大切にエッセイに綴られていらっしゃって細やかな情趣が伝わってきました。タイトルが気になったのは我が家に黒芝犬がいるからです。犬の散歩をする時ってあれこれ考え事をしたりしますが、こんな風に淀みなく文章にできて、文才がありますね。

    アンドレ・ジッドとかアルベール・カミュの小説やフランス詩に感化されていた時期もあるので、これからも少しずつ散策させて頂きます♪

    作者からの返信

    中澤さん、お越し下さってありがとうございます。すでにたくさん読み進めて頂いて、過分な星も頂戴してすごく嬉しかったです。
    この標語はラテン語なのですが、日本語の響きには凛としたものがあって好きです。やはりフランスに関係している方はこの言葉を気に入るのかも知れませんね。
    エッセイのタイトルも好きな言葉を使いました。犬つながりで興味を持って下さったんですね。内容は本当に些細なことばかりですが、嬉しいお言葉をいただいて励みになりました。少しでも楽しんで頂けたら幸いですm(__)m

  • 秋雨と石畳への応援コメント

    日本の落ち葉は赤、ヨーロッパの落ち葉は黄色いイメージがあります。濡れた石畳にへばりつくプラタナスの葉、というだけで、洋画を見ているかのよう。目に浮かびます。
    私は寒いの苦手ですが、柊さんの情緒豊かな文章を読んでいると、冷たい雨にしっとり濡れながら家路を急ぐのもいいかも、という気になってきました。
    (フランスの方はほとんど傘を差さないって聞いたことがありますが、さすがに雨が多い季節は差すのでしょうか)

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    そうですね、僕は個人的にはもみじの赤とあの小ぶりの形が一番きれいだと思いますが、フランスには残念ながらありません。本当は日本へは紅葉の季節に行きたいです。
    プラタナスはいかにもフランスらしい落ち葉で、道の絨毯になっているのは悪くないですね。
    僕も秋から冬は落ち込んだりして苦手なんですが、少しでもこの季節の魅力を見つけたいなと思って書きました。
    確かに傘を差す人は少ないですね。すぐ止むのとすぐ乾くからですが、大雨の時はやっぱり差しますね。ただ大雨の時は風も強いので傘が壊れることも……(^^;

  • 大事な人に母国を良く思われたい、素晴しいと思って欲しい。そんな気持ちが強すぎたんでしょうね。
    次はきっと肩の力が抜けて、いい旅が出来そうな気がします!

    この場をお借りしまして、素晴しいレビューを書いていただき、ありがとうございました。柊さんの文章が大好きなので、本当に嬉しかったです。
    勝手ながら自分の近況ノートにも書かせていただきましたので、お暇があれば覗いてみてください。
    (*´ω`*)

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます。
    機会が限られているので失敗したくないって思いが空回りしたようです。今度行くときはもっと浦島太郎だと思うので、観光客になりきれると思います(笑)

    レビューのお礼恐れ入ります。とてもぬくもりのあるお話ばかりで、読んでいて心地よかったです。レビューは難しいですが、かえって励みになるお言葉を頂いてこちらこそ嬉しいです。ありがとうございますm(__)m

  • 自分の生まれた国なのに、知らない国のように感じるのは寂しいですね。
    私の伯父は、若い頃にフランスに渡り、数十年ぶりに帰国したら日本語がカタコトになってました。言葉も使わないと忘れてしまうものなんですねえ。

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます。
    今まではそこまで感じなかったのに、今回は何かが違いました。コロナのあとで雰囲気が変わったのでしょうか。あるいは自分が今まで考えなかったことを考えるようになってしまったのか、分かりません。
    伯父さんのお話びっくりでした。子どもなら言葉を忘れるのは分かりますが、大人でも数十年違う環境にいたらそうなるんですね。今はそういう意味では便利になりましたね。


  • 編集済

    柊さん、こんにちは。
    私が山手線に初めて乗ったのは大学生の時。空いた席に座ろうとしたら、若い男のサラリーマンが前をさっと横切って座って、腕を組んで眠るふりをしたではないですか。それ、なんじゃ! 田舎の姉ちゃんだとおもって馬鹿にしているのかい。札幌では、男性は席を譲ってくれるものと思っていたからいらついた、というのが私の思い出。

    でも、ここに書きたかったのは昨日の「カフェという名の劇場」の続きです。
    「カウンターに片肘をつき、壁にかけられたテレビでサッカー中継をぼんやり見ている冴えない男」というところを読んで、ホッパーの「ナイトホークス(夜の人々)」(Nighthawks by E. Hopper)の絵を思い出しました。シカゴにある傑作で、何かよいかというと、これには物語があります。どんな絵にも物語はあるのですが、ホッパーのこれには夜の淋しさ、不気味さ、不思議さが描かれていて、ぐんぐんと引き込まれてしまいます。
    というわけで、長編が終わったので、今日から美術に戻ろうと、ホッパーの絵に。
    すると、説明に、この絵はヘミングウェイの「The Killers」にインスピレーションをもらったのだそう。えーっ、知らなかったと思って、そのAudioを聴いたら、なるほど。不可解な雰囲気はこういうところからきていたのかと思ったら、ヘミングウェイはモーパッサンの「旅路」からヒントを得たのだそう。えーっ。
    先生と言えば柊さんなので、論説に走ったら、まだ書かれていらっしゃらないようです。それで、youtubeに朗読があったので聴いてみたら、ああ、ヘミングウェイはこの3分の1を使ったのかなと思いました。3分2でも、また別の作品が書けるけれど、先生はだっぷりと書いておられるようです。とても美しい話。感動的。設定を変えたら、江戸時代の人情話のようで、懐かしい香りがしました。
    柊さん、チャンスがおありの時に、この「旅路」の解説をよろしくお願いいたします。ぜひぜひ。

    作者からの返信

    九月さん、コメントありがとうございます。
    3年半ぶりに日本(東京)へ行ったら雰囲気がなんだか変わっていました。全体的に。変わりすぎて自分はいよいよ浦島太郎でした。
    エドワード・ホッパーの絵、見てみました。名前は知ってるけどちゃんと見たことがないとか読んだことがないものが多すぎて、九月さんにはいつも刺激を受けます。この絵も初めて見ました。この画家はこういう寂し気な憂いのある感じの絵を描く人なんでしょうか。他の絵も角度が面白いし窓が多くて、そういうところに物語性があるのかなと思いました。でもそこからヘミングウェイ→モーパッサンにまで繋がるとは。
    「旅路」はEn voyage という作品のことですよね。
    ざっと読んだことはありますが保留にしていました。僕は論説とか解説はできないので紹介するのみですが、自分の言葉で書けないなと思ったら保留にしてしまうんです(笑)せっかくご提案頂いたので、もっと読み込んでから紹介したいと思います。ありがとうございます。

    編集済
  • カフェという名の劇場への応援コメント

    柊さん、こんにちは。
    まず「カフェという劇場」のタイトルがすばらしい。まさに、ぴったり。
    無意識のうちに、テラスにいる自分を演じているのが主役。
    脇役といえば、店内のカウンターで白ビールを飲んでいる、うだつの上がらない風貌の中年男たちや渋い顔でカウンターに立っていてくれるマスターなど。
    全部合わせて、パリのカフェ劇場。
    そんな絵が、浮かんできます。
    いいな。私もそんな絵の中に、役者に混じって溶け込みたい。実はね、ちょっとやってみたことはあるのだけれど、慣れないと自意識過剰の私は、疲れた。人から見られるのは、疲れる。
    柊さんはそういうところを通りすぎて、観察を、純に楽しんでおられるのが、頼もしいなぁ。
    うちの町にも、カフェはなくても、スターバックスは3つある。でも、誰も他人を見ることをしないし、見られてる意識もない。だから、わりとだらりとしているから、「劇場」ではなくてただの「場所」。趣きはないけど、楽は楽(笑)

    ところで、毎日応援してくださったので、私の長編が終わりました。本当にありがとうございます。
    こんな日には誰かを呼び出して、カフェで会って、終わったと報告したい気分。
    でも、いつもは邪魔されたくない態度で暮らしているから、自分の都合のよい時だけ、来てほしいと言っても無理ですよね。
    まっ、それも自由でいいかぁ、と思わなくっちゃ(笑)


    作者からの返信

    九月さん、コメントありがとうございます。
    やっぱり劇場って感じがしますよね。それぞれの店に見えない幕があって、朝になるとそれが開くような。
    多分テラスにいる人たちは見られることが前提で楽しんでますよね。前にも書いたかも知れませんが、自分はカフェで寛ぐことのできないタイプなので、こういう風景をいいなあと思いながら横目で通り過ぎています。
    テラスに陣取る美人女優もいいんですけど、僕はやはり常連のちょっと冴えない男たちがカウンターでグダグダしてるのが一番絵になると思ってます。お店の人とのやり取りとか、映画みたいですよね。
    スタバは全然行かないんですが、カフェの親密すぎる空気が苦手な人にはこっちの方が気楽さがあるかもしれませんね。ただ、アメリカ風のサービス形態がパリでも増えてきて、ちょっとさみしい気もします。

    長編の完結、改めておめでとうございます。更新が楽しみだったので終わったのが残念です。誰かに会って報告したいって気持ちも分かります。僕は書いてることを誰にも言ってないので誰にも話せません(笑)


  • 編集済

    巻きずしとジャポニズムへの応援コメント

    柊さん、こんにちは。
    巻きずしを作られるなんて、すごい。
    巻きずし(こちらではロール)の中に、さらに小さなマキというか、花びらみたいなものを作る人がいますが、・・・私には関係のないことで(笑)
    私にはまずできないし、そもそも誰も期待しないから(笑)
    パーティで、どうしてもご飯類が必要な時には「すし太郎」、ただしゲストがガイジンの時のみ。日本人の時には、日本食は厳禁・・・以上。
    先日、和食レストランに行ったら、隣りの席に「49ers」を頼んだ人がいて、このところ、ゴールドラッシュ時代のことを書いているから、それって何?とすごく気になって、じろじろ見ていたら、3品運ばれてきて。これが「49ers」だろうと思うものは、寿司ロールでした。ロールの上にはサーモンと、その上にとびこがぱらばら。
    フットボールチーム49ersの色が、赤と金なので、そのつもりのようでした。なるほど。




    作者からの返信

    九月さん、コメントありがとうございます。
    お褒め頂いて恐縮です。スーパーとか中国人の日本料理屋では買いたくないので、作るしかないのです(^^; 実物を見たら笑われそうな出来ですけど……
    ちらしずしの素はあると便利ですね。結局巻きにしても本当の日本の材料で作れないので、これだけでそれっぽい味になるのは助かります。でも確かに日本人が相手だとバレそうですね。
    49ersはチームのことでしたか。あ、でもやっぱり金が入ってるんですね(笑)
    夏に東京で食べた回転ずしが懐かしくなりました。食べ物だけは本場に限りますね。

  • 続・窓越しの訪問者への応援コメント

    シジュウカラでほのぼのしていたら、やはり奴らが来ましたか。
    そんな予感はしていました(^_^;)

    前に公園でスズメにエサをあげたら、ハトが来てしまい、次はカラスが!
    奴らも必死なんでしょうが、可愛いと思えるのはスズメだけ。
    すぐさまその場を離れました。
    それ以来、可愛くてもエサはあげないようにしています。

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます。
    最初は良かったんですけどね、すぐに奴らが現れました。甘かったです……(^_^;)
    公園でものを食べるのはちょっと脅威ですよね。街なかの鳥ってすごくたくましい。これぐらい図太くないと生きていけないんでしょうね。
    シジュウカラ(だけ)戻って来てくれたらとおもうんですが……


  • 編集済

    テラスが戻ってきたへの応援コメント

    柊さん、こんちには。
    パリと言えば、やっぱりテラスですよね。小さなテーブルに籐の椅子。ひとりが待っていて、待ち人が来たら、うれしそうにハグしたり、キスしたり。何人かで夢中で早口でしゃべりこんでいたり、静かに新聞を読んでいたり。中には、特に何かを見ているわけではないけれど、人通りを眺めていたり。その一番最後のぼうっと人を見ているような、見ていないような、この部分が一番パリらしいと私は思います。バリでは普通に許されている行為。
    私の町は以前は外にテーブルがあるレストランはほとんどなかったのですが、パンデミックのあたりから通りのパーキングに柵が作られ、テーブルが置かれ、外で食べられるようになりました。その時、外で食べるっていいな、とみんな気がつきました。平常になった今は、三分の一くらいに減っていますが、それは店が市に使用料を払わなければならないからだと思いますが。
    私は毎日のように散歩で町を通るのですが、みんな楽しいそうに食べたり、喋ったりしています。それで気がついたのですが、あのパリのテラスの、ぼうっとひとりで外を見ている人がいないということです。
    あまりじろじろ見たらいやがられることがあるのかもしれませんし、そういう習慣がないからでしょう。
    柊さんは前にカイユボットの絵について書かれていましたが、彼の絵には窓辺で外を見る人とか、バルコニーで外を見る人を描いたものがありますよね。特に外が美しいから見ているとかいうのではなくて、ただぼうっと見ています。最近は、ああいう絵に惹かれます。
    でも、ここにはテラスがないから、私は歩きながらとか、うちの窓から外を見たりして、
    漱石ではないけれど、私は「あの人(修理屋さんとか、投資の人とか)を信用していいのかな。信用して、騙されたり、悔しい思いはしくない。恥もかきたくない。でも、もしその人がよい人だったら、傷つけてしまうことになるのかな」なんて思ったりしています。

    作者からの返信

    九月さん、コメントありがとうございます。
    パリからテラスがなくなるほど虚無感を与える風景はないと、営業停止の頃に思い知らされました。人がいないシャンゼリゼもしかりですが、想像すらできなかったことが目の前にあるってすごく不気味でした。なので、テラス営業の許可が降りて本来の風景が戻ることがなんとも幸せに感じました。
    カリフォルニアなら普通にテラスがあるだろうと思ってたのでちょっと意外です。それからあんまり他人を見てはいけないって空気も意外でした。
    パリだと見ること、見られることを承知の上で、むしろそれを楽しむ思考回路ですね。構えるのじゃなくて「ぼうっと」、これがミソですね。
    僕はのんびりカフェで寛ぐタイプじゃないのでそういうゆとりが不足してます。かといって無理やりするもんでもなし。せかせかと蟻みたいに生きて終わりそうです(笑)