第1章 邂逅は突然に(3)

「むぐっ、むふゥ……ッ! すーっ、はーっ!!」


 翔太の股間――正確には薄手のトランクス一枚を隔てた急所に、学園のアイドル、物集女一華の顔面が埋もれていた。

 彼女はまるで、愛犬の腹に顔をうずめて深呼吸する飼い主のように、猛烈な勢いで匂いを嗅いでいる。


「ひぃ!? くすぐったい! や、やめてくださいってば!!」


 翔太は拘束された手足を必死にばたつかせるが、革のベルトはびくともしない。

 それどころか、暴れれば暴れるほど、一華の顔が股間に擦り付けられるという地獄(あるいは天国)のような状況が悪化していく。


「ああっ、動かないで! 今、生命の息吹を感じているところですのよ……ッ! クンクン! ……ふぁぁ、なんと芳しい……!」

「芳しいわけないでしょ! 蒸れてるだけです!」

「いいえ! これは太陽の匂い! 原始の海の香り! そして、ほのかに香る石鹸の残り香……! 最高ですわ、三ツ星ですわーッ!!」


 一華は陶酔しきっていた。

 彼女の鼻先が、トランクス越しに何かに触れるたび、ビクンと翔太の体が跳ねる。

 その反応さえも、彼女にとってはご褒美だった。


「お嬢様。そろそろ『ご対面』の刻限です」


 冷静沈着なメイド、光子が腕時計を見ながら告げた。

 一華はハッとして顔を上げ、乱れた金髪を手櫛で直す。

 その頬は紅潮し、目は潤み、口元にはキラリと光る涎の糸が引いていた。

 お嬢様としての品格は、もはやマイナス域に突入している。


「そ、そうですわね。いきなり愛でてしまいましたわ。……ごめんなさいね、『彼』。あまりに愛らしくて、つい理性が飛んでしまいましたの」

「僕に謝ってくださいよ!?」


 翔太のツッコミは無視された。


「いよいよ……いよいよですわね……」


 一華は居住まいを正すと、震える手で翔太のトランクスのゴムに手をかけた。


「待って! 物集女さん、本当に待って! 僕の心の準備が!」

「心配いりませんわ。優しく、丁寧に、まるでサナギから蝶が羽化するように……解き放ってさしあげます」


 一華の指先が、ゆっくりと、しかし確実にゴムを引き下げていく。

 白い布地が下がり、肌色が露わになっていく。

 翔太はギュッと目を閉じた。


(終わった。僕の尊厳が。人としての何かが)


 ペロン。

 無情にも、最後の布一枚が反転し、隠されていた秘部が白日の下に晒された。


「…………」


 沈黙。

 世界から音が消えたような、完全な静寂が部屋を支配した。


 翔太は恐る恐る目を開けた。

 目の前には、一華がいた。

 彼女は、まるで天地開闢かいびゃくの瞬間を目撃した求道者のように、目を見開き、口を半開きにして、翔太の股間を凝視していた。


「……あ……」


 彼女の唇が震えた。

 否定か? 嘲笑か? 「なんだ、普通ね」という失望か?

 翔太が身構えた、その時だった。


「――っふぁぁああああああああああああ!!」


 一華が、崩れ落ちた。


「な、なんですか!? 何が起きたんですか!?」


 膝から床に落ち、両手で顔を覆って身悶え始めたのだ。


「か、かわっ……! 可愛いぃいいいいいいッ!!!」


 絶叫だった。

 歓喜と興奮が限界突破した、魂の叫びだった。


「なんですのこれ!? ち、小さい……ッ! いえ、未完成! まだ何の色にも染まっていない、無垢なキャンバス! 小動物が丸まって寝ているような、この愛くるしいフォルム!!」


 一華は床をバンバンと叩きながら、早口でまくし立てた。


「見て! 光子、見てご覧なさい! あの皮の余り具合! まるでサイズの合わない服を着た子供のようで、庇護欲をそそりますわーッ! 守りたい! この笑顔(亀頭)を守りたい!!」

「拝見しております、お嬢様。確かに、教科書的なまでの『あどけなさ』です。保護対象としてAランクに相当するかと」

「でしょ!? ああもう、無理! 尊すぎて心臓が痛い……ッ!」


 一華は胸を押さえ、パクパクと空気を求めて喘いでいる。

 そして次の瞬間、ツーっと鼻から鮮血が流れた。


「ちょっ、鼻血! 物集女さん、鼻血出てますよ!?」

「……構いませんわ。これは代償……奇跡を目にしたことへの、等価交換ですもの……」


 一華に、光子がスッとティッシュを差し出す。

 それをエレガントに受け取り、鼻に詰めながら、彼女は再び翔太の方へと這い寄ってきた。

 その目は、先ほどよりもさらに深く、重い狂気を宿していた。


「倉俣さん」

「は、はい……」


 一華は、拘束された翔太の手を両手で優しく包み込んだ。

 鼻にティッシュを詰めたままの美女が、真剣な眼差しで見つめてくる。

 シュールすぎる光景だが、彼女の気迫は本物だった。


「私、決めましたわ」


 彼女は宣言した。

 高らかに。王が新たな領土を宣言するように。


「この『おちんちん』は、今日から私が責任を持って管理いたします」


 ……ん?今なんて言った?


「……はい?」


「私が、一生をかけて! 蝶よ花よと育ててあげますわ! 雨の日も風の日も、そのあどけない寝顔を守り抜き、立派な巨木へと成長するその日まで、持てる財力のすべてを注ぎ込んでみせましてよッ!!」


 ドーン! という効果音が見えそうなほどの、力強い宣言だった。

 翔太はポカーンと口を開けたまま、言葉を失った。


 管理? 育てる? 僕の体の一部を?

 それはつまり、僕自身が彼女の管理下に置かれるということではないのか?


「ちょ、ちょっと待ってください! 勝手に決めないでくださいよ! 僕には僕の人権が……」

「人権? ええ、もちろん尊重しますわ。ですが、『彼』の権利(ちん権)は別です。貴方の不摂生な生活によって、この子が虐げられることを私は見過ごせません!」

「ちん権ってなんですか!?」


 一華は翔太の反論など聞こえていないかのように、うっとりと股間を見つめ直し、そっと息を吹きかけた。


「ふぅーっ……♡」

「ひゃぅッ!?」


 熱い吐息がかかり、急所がビクリと反応して少しだけ大きくなる。

 それを見た一華は、またしても「はうぅッ!」と奇声を上げて悶絶した。


「反応した……! 私の息で、挨拶してくれましたわ……! こんにちは、ボク。これからよろしくねーッ!」

「しゃべりかけないでぇえええええ!!」


 夕日に染まる旧校舎の一室。

 絶叫する平凡な少年と、鼻にティッシュを詰めて少年の股間に語りかける美少女令嬢。

 そして無表情でデータを記録し始めるメイド。


 倉俣翔太の、平穏で地味だった高校生活は、この瞬間をもって完全に終了した。

 これから始まるのは、予測不能、制御不能の『おちんちん育成ライフ』。


「さあて、まずは徹底的な洗浄からですわね! 光子、お湯と特製ソープを!」

「かしこまりました」

「やめて! 洗うくらい自分できますから! うわあぁぁぁぁぁッ!!」


 かくして、彼らの狂騒の物語は幕を開けたのである。

 気高き令嬢の愛は、どこまでも深く、そして重かった――。


(第1章・完)

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気高き令嬢は、その秘めやかな彼<イチモツ>をただ愛でたいだけ 詠夢 凛(よみゆめ りん) @LIN_Aimbic

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