ビーバーの結婚式

松ノ枝

ビーバーの結婚式

 二匹のビーバーが結婚式を挙げている。式場には無数のビーバーがおり、皆が二匹のビーバーを祝福している。

 神父が誓いの言葉を発し、ビーバーは互いの愛と誓いを確認する。

 式は信仰を続け、新郎新婦の口づけへと至る。そんな光景を見ているビーバーの軍勢の中に、一人の修道士が泣いていた。この修道士は二人のビーバーの知り合いであり、この式での誓いの言葉を神父に頼んだ張本人である。

 

 

 結婚式より少し前。修道士は空を眺め、ただ無心に肉が食べたいと思っていた。しかし彼は修道士、そして何より四句節であり、肉食はいけない。しかし裏技の如き生物がいる。それがビーバーである。

 遠くを見つめていると、修道士の視界の端で何かが動いた。二匹のビーバーである。

 「あっ」

 ビーバーはそう呟き、水中を目指し、走り始め、修道士は逃がすまいと追いかける。ビーバーが喋っているが、修道士はそのことに気づいてはいない。

 「待て」

 と叫びながら追いかけると、ビーバーは更に加速し、地平線の彼方へ消えゆく勢いで見えなくなった。

 「クソ、逃げられ…うん?」

 とてつもない速さで逃げていたビーバーだが、後の新郎ビーバーであるオス型ビーバーが石に躓き、怪我をしていた。隣にはメス型ビーバーもおり、修道士は何やってんだろこいつらという目を向けた。

 「まあ、いいや」

 と修道士は二匹のビーバーを捕まえて、修道院へと持って帰った。自室にてビーバーは吊るされ、修道士はどう調理しようかと考え始めた。

 「あの、すみません」

 とオス型ビーバーは恐る恐る修道士へ声を掛ける。ビーバーが喋る事実に、修道士の頭は焼くか煮るかの選択肢を消し飛ばした。

 「…何で喋っているんだ」

 「そういう宇宙のそういう中世ヨーロッパ。そういう齧歯類のビーバーです」

 このビーバー、今まで人間に見つからず生きていた種類のビーバーで、人語を喋るほどの知性を持つ。

 「意味わからん」

 「まあ、そうですよね。…俺たちのことどうする気です?」

 オス型ビーバーは何となく答えを予測しながら聞いてみる。

 「食べる」

 喋ることに驚きながらもかろうじて応えた。その応えに二匹のビーバーは顔を見合わせ、自分たちを吊るす縄を見る。

 「あなた、修道士ですよね。肉食はダメなんじゃ?」

 「ビーバーは魚類だから。尾に鱗あるし、セーフ」

 もちろんビーバーは魚類ではない。しかし尾に鱗があり、水中で過ごす。もはや魚類。こういう考えで修道士の食卓の皿にビーバーの尾は載っていた。

 「食べられたくはないです」

 「そうか。でも私は食べたいんです」

 「「…」」

 話が平行線になるのを感じ、互いに黙る。ビーバーは鋭い歯をカチカチと鳴らし、その音に修道士は右手にフライパンを持つ。互いの一挙手一投足が火花を散らすその瞬間を逃すまいと見つめ合う。

 「やるぞ!」

 とビーバーは縄を噛み始め、修道士はフライパンをフルスイング。しかしビーバーはそれを予測しており、体を揺らし避ける。当たらないことを予測していなかった修道士は勢いのまま、無様にも転げてしまった。

 縄を噛み切ったビーバーは木の床を駆け、外を目指す。しかし立ち上がった修道士が「待て!」と言いながら、追いかける。

 「君は右へ」

 とオス型ビーバーはメス型を右方向の窓へ逃がし、修道士を引き付ける。オス型は怪我を負いながらも、その小さき体型を活かし、廊下で修道士とのタイマンを繰り広げる。

 「ちょこまかと」

 しかし怪我が祟ってか、オス型は力尽き、その場で倒れた。

 「くっ」

 オス型は動けないことに悔しがりながらも悪い気はしなかった。

 「何で命乞いをしないのだ?」

 修道士は問う。これから食われるであろうというのに声を上げないのが不思議であった。

 「彼女が生きてくれれば、食われることなんて屁でも無い」

 「…」

 修道士はフライパンを脇に挟み、医務室へと向かった。しばらくすると包帯を持ち、ビーバーの怪我した足へと巻き始めた。

 「何故」

 とビーバーは問う。先ほどまで戦っていた相手にする行動にしてはおかしく、理由があるはずだと考えたからだ。

 「…大した理由じゃない。ただ何となくここで死ぬのは可哀そうと思っただけさ」

 修道士の心には幾人かの知り合いの顔が浮かんでいた。良いやつばかりで、いつも恋人の事を思うようなやつら。もうこの世に居なくなってしまったけれど。このビーバーが不意に彼らと同じに見えていた。

 メス型が様子を窺い、そっと近くへと戻る。

 「大丈夫、もう食べないよ」

 修道士の言葉を信じてか、ビーバーの歩みには怯えが見えなくなった。

 「君たちは恋人?」

 「ええ、そうよ」

 とメス型は応える。この二匹は人間換算でいうと付き合って二年ほどであり、互いに結婚を控えていた。

 「君たち以外に喋るビーバーは?」

 「居ますわ。人前には出ませんが」

 二匹のビーバーは身を寄せ合い、その様子を修道士はどこか悲しげに見ている。

 「何で一緒に外にいたんだ?」

 人前に出ないというのに、今日は修道士の前に現れた。修道士はそこが少し気になっていた。

 「良い枝を探しに。新居を作りたくて」

 とメス型は応える。

 「なるほど。結婚するのか」

 新居を作る気でいるのは中々に立派である。

 「…その枝探し。手伝おう」

 「「え?」」

 ビーバーは驚き、顔を見合わせ、そんなビーバーを横目に修道士は外へ出る準備をし始める。修道士は自分でも不思議な気分であったが、せめてこいつらは幸せにしてやりたいと思っていた。

 「そっちの彼女さん、一緒に来れるか」

 「ええ、行けますが」

 その返事に良しと頷き、オス型を他の修道士の目の届かぬところへと隠す。そうして、メス型ビーバーと修道士は外へ枝探しに出た。

 「「…」」

 互いに無言で枝を拾い、時にこれでいいかと聞いて探した。十回聞けば二回ほどのOKであったが、修道士にはどうにも全て同じ枝に見え、良し悪しは最後まで分からなかった。

 「帰ったぞ」

 と言い、自室に戻るとオス型が睨んで待っていた。

 「…食ってないぞ」

 修道士の後ろからメス型が現れると、オス型は睨むのを止め、安堵した様子を見せた。

 「お前ら、結婚式はいつやるんだ?」

 「一か月後です」

 オス型の応えに少し修道士は考える。ビーバーの結婚式とはどういったものなのかと。

 「どういう感じでやるんだ」

 「人間と大差ないです。時々人間の結婚式に乗っかってやったりします」

 人間並みの知性を持っているこのビーバーは人間向け結婚式でも大丈夫らしく、修道士はどこか理解を諦めていた。

 「…その結婚式、俺も出ていいか?」

 その言葉に二匹は悩む。人前に出てこなかった種が人間を招いてよいものかと。狩られてしまうのではないかという不安がよぎる。

 「…食わない。誓ってもいい」

 修道士の言葉にオス型は静かに「出てもいい」と言った。助けられた恩もあるが、何より修道士の目が嘘を言っていないと思わせるほどに憂いを帯びていた。今は無き友を想った目であった。

 「ついて来て」

 ビーバーが先を行き、修道士はその後を追う。森の中へ入り、しばらくすると隠れた湖が見えた。

 「ここに湖があるなんて」

 修道士の驚きを横目に、ビーバーは歩く。しばらくするとビーバーは足を止めた。

 「ここです」

 とビーバーは湖に入り、言う。

 「水中なんだが」

 「ビーバーですから、水中ですよ?」

 仕方なく修道士は息を止め、ビーバーの後を追い湖へ潜る。泳ぎが得意で良かったとしみじみ感じた。泳いでいると小さく穴が見え、ビーバーが穴へと入り、修道士も続く。

 「ここは?」

 「私たちの住処です」

 穴の先には広い空間があり、多くのビーバーが暮らしていた。通常のビーバーの暮らしとは違うが、それもこの種のビーバーの特徴だろう、

 そうして修道士はビーバーたちの住処をあちらこちら見ていると、少し年老いたビーバーが現れた。

 「おや、人間さん。珍しいね」

 と老ビーバーは臆することなく近づき、話しかける。

 「どうも。…怖がらないんですか」

 「歳を取ると怖いものなどそうそうない」

 この老ビーバー、話を聞けばオス型ビーバーの祖母らしく、修道士はビーバーにも老人特有の意味ありげな言葉はあるんだなと感じた。

 「初めまして、修道士です」

 修道士は老ビーバーへ挨拶をし、老ビーバーは軽く頭を下げ、オス型ビーバーの元へ向かった。どうやら何故修道士を連れてきたのかを聞いている様である。

 「「…」」

 修道士とメス型ビーバーは互いに顔を合わせることなく、静かに様子を窺っていた。

 「…あの、彼とはどういう出会い?」

 「え?」

 聞かれると思っていなかったのか、少し驚いたメス型だが、直ぐに気を取り直し、応えた。

 「出会いは正直覚えていませんわ。幼馴染ですので」

 ビーバーから幼馴染という言葉が出るとは思っていなかったが、人語を話せるのだからそういう言葉があっても不思議じゃないかと納得した。今更ながらビーバーと話している状況に頭が少し混乱し始めた。

 「…彼のどこが好きなんだ」

 修道士が聞くと、メス型はどうにも応えに困った様子を見せる。

 「…そうですね。あまり聞かれないですが、彼、先ほどの修道院であなたに言ったセリフがあるでしょう?」

 「あったな」

 「ああいうセリフを素で言うんです。昔、私が別のビーバーにからかわれた時も助けてくれました。そういうところが好きです」

 修道士から見て、メス型ビーバーはとても幸せそうに応えており、修道院での彼と今の彼女の様子から相思相愛なのだなと確信した。

 「でも」

 とメス型は続けて言う。

 「何より好きなのは彼の優しさですかね。一本の軸とでも言いましょうか、私はそこに惚れたんだと思います」

 修道士には耳が痛かった。修道士となる前も今も周りに流されて生きてきた、そんな自分を教えられている様だったから。

 「良いやつだね、彼は」

 そういう修道士の心には、彼をビーバーだの人間だの区別する思いは無く、純粋に尊敬を向けていた。

 「…俺もそうありたいな」

 と修道士は独り呟く。その声はメス型には届かなかった。

 そうしているとオス型と老ビーバーが二人の元へ戻ってきた。オス型はメス型の元へ行き、老ビーバーは修道士に手招きをする。何だと修道士は老ビーバーの元へ行く。

 「修道士さん、あなた、ビジーの結婚式に出るんですって」

 ビジーというのはオス型ビーバーの名前である。

 「はい、出ます。許可も貰っています」

 「ええ、聞いてますよ。修道士さん、何故参加されるので?嫌味ではないんです、ただ今日会ったばかりだそうで」

 老ビーバーが疑問に思うのは仕方が無い、と修道士は思った。たった数時間の出会いでしかない。それなのにビーバーの結婚式に出たいとはどういう意図があるのか、もしや参列するビーバー狩りか。そう思われたとしても言い訳出来ない。そう考えながら、修道士は老ビーバーに向かって、迷いなく言った。

 「ただ良い結婚式にしたい。それだけです」

 老ビーバーは修道士の目を見て、嘘はないと感じた。嘘よりもただ幸せを祈る目だった。

 「出てもいいかなんて聞きましたけど、出席出来なくてもいいんです」

 修道士はただ、式に関わり、結婚式を最高のものにしたいという思いを伝えた。

 「そうですか。修道士さん、私から言いたいことがあります」

 そう話す老ビーバーの声は穏やかながらも真剣さを修道士に感じさせた。

 「ビジーは今日出会ったばかりの修道士さんには助けられたと言っています、ですので出席はしてほしいと。あの子たちの幸せを願うならビジーの頼み、叶えてやってくださいね」

 修道士は不思議な気持ちであった。ビジーを手当てしたのはある意味で自身のエゴであり、ただ自身や亡き友人たちの想いを、手当てすることで救ってほしいという思いが大きかった。そんな思いを持っていた行いが感謝されるとも思っていなかった。だから不意に修道士の頬に涙が伝っていた。

 「…はい」

 涙を拭いて、修道士は決意するように応えた。

 

 修道士とビジーたちは地上に戻り、別れる事となった。別れる少し前、ビジーを修道士が呼び止めた。メス型は先に帰らせ、ビジーと修道士は二人きりになった。

 「ビジー、結婚式は出席させてもらう」

 「分かった。…遅くなったが、包帯ありがとう」

 「「…」」

 互いに戦ったからか、どこか気まずい空気が流れた。

 「それじゃ…」

 「待ってくれ」

 と水中へ潜ろうとするビジーを修道士は呼び止める。修道士は服に隠していたものをビジーへと投げ渡す。

 「これは」

 「枝探しの時に拾った。ひし形だし、珍しそうだったんで。捨ててもいい、結婚式に使えればと思っただけだ。式場の飾りにでも使ってくれ。それと結婚式、こっちで神父を呼んでもいいか」

 「そうか、分かった。ありがとう、じゃあ」

 「じゃあ」

 と修道士はビジーへ手を振り、ビジーは水中へと帰っていった。修道士は自室へ戻り、結婚式の準備に取り掛かった。

 

 そうして現在、結婚式が執り行われている。

 「前が見えない」

 修道士の呼んだ神父は当然ビーバーの結婚式であるから、目隠しをされている。式場は人気のない教会。しかし今日は活気があり、中はビーバーで溢れかえっている。

 「修道士さん、来てくれたんですね」

 と老ビーバーが声を掛けてくる。

 「ええ、あの日から短いですがそれなりにビジーたちとは交流してますし、それに彼の頼みですから」

そうしていると、式場にビジーとその彼女がやってくる。その姿を見た時、修道士は感動を覚えた。何より亡き友たちの無念が報われた思いがあった。

 「修道士さん」

 老ビーバーは静かに言った。

 「今日のこの式はあなたのおかげでもあるんです。ビジーのためにありがとう」

 その言葉に修道士は泣かずにはいられなかった。

 

 式の主役たる二人のビーバーに神父が誓いの言葉を告げている。そんな中、修道士はビジーの身に着けているものに気が付いた。腕輪のような、リング状のもので、そこにひし形の石が一つあった。

 夫婦となったビーバーは誓いのキスを終え、式は無事に終わった。

 修道士は静かに座っていた。ただこの式に溢れる幸せが尊い、そんな思いが彼の心を巡っている。

 修道士の横にビーバーがやってきた。

 「ありがとう、おかげで今日の式は最高に幸せだったよ」

 「そうか…。それなら良かった。…なあ、ビジー、あの石」

 「飾りにするのはもったいない。そう思ったんだ。人間の友達から貰ったんだから」

 「友達…か。ありがとう」

 修道士はただ隣に座る友人へ感謝していた。

 「こちらこそありがとう」

 互いにあの日の出会いは運命だったと感じていた。この幸せな結婚式を迎えられたのはビーバーと修道士、皿に並ぶ側と並ばせる側の関係が無くなったあの出会いがあったからだと。

 この日を境に数年に一度、神父はこの修道士に呼ばれ、目隠しで結婚式の誓いの言葉を言うこととなった。

 喋るビーバーたちはある日よりヨーロッパから姿を消した。住処を追われたのか、はたまた他のビーバーたちの様に狩られるのを恐れたのか、真相は分からない。噂ではある修道士が関わっているとのこと。

 あの結婚式から十数年、修道士の元にはいつもビジーの子や孫、ひ孫を名乗る手紙が、ひし形の印付きで送られるようになったそうで、その手紙に修道士はいつも幸せそうな笑顔を見せているらしい。

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ビーバーの結婚式 松ノ枝 @yugatyusiark

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