手毬木季鞠の日常に死体はつきもの

雨籠もり

第1話



    -R-



 手毬木季鞠てまりききまりの日常に、死体と弾痕はつきものだ。


「…………あはよふ……」


 右後頭部にはねた寝ぐせをそのままに、手毬木季鞠はベッドから起き上がると、ベッド以外すべて破壊された家に降り立った。辺りを見渡して、吹き飛んだ革靴を見つけて――溜息はつかず、代わりに


「ほふう」


 と、呼吸だけした。

「さてと、いきましょうかね」

 ベッドの裏側に取り付けた予備の靴第三十二号を取り出し履くと、それからひとつ背伸びをして、近くのランドセルを背負い、崩れかけたその建造物から歩き出した。

 剥き出しになった鉄骨と、ぐらりと揺れているコンクリート片。肋骨のような針金の向こう側に青空が見える。手毬木季鞠は気にせずに、きちんと安全な手順で外へと出ると、血まみれの街路を歩み始める。

 季節は、夏と秋の中間だ。手毬木季鞠は両肘をさする。秋の始まりは、いつも風からだ。そこから段々と、世界は冷たくなり、そうして冬がやってくる。

 薬莢を蹴り飛ばし、小指を踏みつけて、死体を乗り越えて、角を曲がる。そこになにがあるかというと、なにもない。

 本当に、なにもない。

 もぬけの殻だ――ただし、そこがもともと、学校であったということを除けば。

 そこには意味が残っている。

 つまり――

「おうおう季鞠。久しぶりじゃないかー、一か月ぶり?」

 遠くの草むらを気にもせず掻き分けて、白衣を着た少女がやってくる。金髪にパイロットのようなサングラス。もこもこのヘルメットをかぶって、彼女は季鞠のところへやってくる。

 手毬木季鞠はつぶやく。

白馬衣食子はくばいはみこ。」

「いかにもたこにもくらげにも。私こそが超スーパーグレートブリリアントこと、白馬衣食子だが?」

「知ってる」

「知られてましたか」

 いえい、とハイタッチをした。

「今日の授業は?」

「ええと、バニーかな」

「それ需要」

「アブラカタブラ」

「それ呪文」

「スーツのなかにしちゃえばいいじゃないか」

「それジュドー」

「はい前受け身」

「それ柔道」

「はじめていい?」

「どうぞ」

 白馬衣食子はえほん、と咳払う。

「今日はロシアンルーレットをやりま」

「絶対ダメ」

「……じゃあ、今日は手榴弾投げをやります」

「手榴弾投げ?」

 手毬木季鞠は首を傾げる。寝ぐせがその方向に折れる。眠そうなとろけそうな目に、白馬衣食子の顔が反射する。

「手榴弾も知らんのかちび」

「昨日百四十こえた」

「私よりでかいだと……」

「手榴弾ってなに」

「ああそうそう。そのことだったね。手榴弾ってのはつまり、これのことさ」

 白馬衣食子はずぼっと手のひら程度の大きさのシンプルな手榴弾を取り出した。安全装置はまだ解除されていない。

「これをより遠くまで飛ばしたほうの勝ちだ」

「勝ち負けを競うの?」

「その方が楽しいだろう?」

「じゃあ戦争も楽しいの延長?」

「そうかもしれないね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。けれどあれだ、私とお前だけじゃあ、戦争なんて規模の大きいことはそうそうできたもんじゃないだろう」

「それもそうか」

 手毬木季鞠は手中に手榴弾を渡されて、その造形を手触りで、そろそろと確かめていた。ごつごつしたその表面にはとっかかりがいくつもある。おそらく、投げやすくするためのものであろうその凹凸を、手毬木季鞠は確認するというより、楽しんでいた。

 そうしているあいだに、白馬衣食子はチョークで線を引いていく。

 点線だ。

 おそらく、これが基準になるのだろう、と手毬木季鞠は考える。考えるというか、感じるというか……けれど彼女の思考はまだ手榴弾が八割ほど占めていたので、ほとんどそう見えただけだった。

「できたぞ、季鞠」

「なに、これ」

「スタートラインと、デッドラインだ」

「へえ」

「へえって……もっと興味を示せよ」

 白馬衣食子は言って、ててて、と歩く。その先には二本の、平行に描かれた線がある。

 白馬衣食子は言う。

「この線からあの線まで走って行って、あの線で思いっきり手榴弾を投げろ。んで、一番向こう側で爆発したほうが勝ち」

「簡単だな」

「そういうげーみんぐのほうが面白いって大叔父さんが言ってたぞ」

「うそつけ、もう死んでるじゃん」

「ばれたか。まあいい」

「気楽だね」

「お前に言われたくない。じゃあ行くぞ!」

 白馬衣食子は走り出す。風を切って、振りかぶった左手で右手の手榴弾の安全装置を外す。思い切り腰をねじって、思い切り逆方向へと力を解き放って投げる。

「ふん!」

「おおー」

 手榴弾はくるくると回って飛ぶと、遠くのほうの看板に当たって、途端――爆発した。死体の手足が吹き飛んで、血飛沫が舞うけれど、距離があるので汚れない。粉塵が舞い上がり、破片があたりの土を少しだけえぐった。

「よし。これが第一の記録だ。この記憶を越えられるかな?」

「わかった」

「って、あれ」

 すでに助走をつけていた手毬木季鞠は隣の白馬衣食子を追い越して、下からうえに向けて思い切り投げる。

「えい!」

 ひゅん、と飛んだ手榴弾はそのまま綺麗な放物線を描いて、そのまま遠くの影に吸い込まれる。瞬間、大きな爆発音が響いた。野犬が不幸にもその場にいたのだろうか、犬の生首が吹き飛び、ビルの壁に当たってつぶれた。

「な、ないすしょっと……」

「勝った」

「く、くそぉ、いやまだだ、まだ終わらんよ!」

「クワトロじゃん」

「二回戦いくぞ!」

「うええ、疲れたよ」

「いいからいいから! つぎは私、負けないからね!」

「やすもうよう」

「やーだ!」

「ええ」

「行くよ!」

 二回戦。

 白馬衣食子は走り出す。

 勇猛果敢に、まっすぐに向かって走り出す。

 手を振り、足を振り、デッドライン直前で安全装置を外す。そして大きく振りかぶった。

「おおー! えいっ」

 しかし白馬衣食子は、かつん、と石につまづいた。

「あ」

「あ」

 途端、白馬衣食子の上半身が吹き飛んだ。

 血の雨が降る。

「あー…………。」

 またか。

 手毬木季鞠は、白馬衣食子の死体の股間に手を突っ込むと、その中から血に塗れた小さな鞠を拾い上げた。

 そして再び、もとの道を歩き出す――たどり着いたのは先程と同じく、グラウンドのなかだった。手毬木季鞠はそこでポケットをごそごそと漁り、白い箱に赤いボタンのついている、俗にいうリモコンを取り出した。

 スイッチを押すと、がこん、と音が鳴る。

 そして段々と、グラウンドが開いていく――そのなかに、階段の入り口がある。

 手毬木季鞠は階段に足を踏み入れる。かんかんかん、と小さな足が鉄板を叩く音が鳴る。

 降り切って見ると、そこは研究施設だった。

 何千もの白衣がかかったハンガー。

 なかには数千を超えるポッドが存在している。そのなかでも一番手前、緑色のポッドのなかに、先程吹き飛ばされたはずの白馬衣食子が沈んでいる。全裸で、身体中にチューブが繋がっている。

 手毬木季鞠はそのなかのひとつ、チューブに繋がっている穴にその手毬を落とし込んだ。

くいん、と音が鳴って、穴が閉まる。

手毬はチューブを通って、白馬衣食子の股間に思いっきりぶっささる。

「んげ」

 白馬衣食子はそう言って、しかしてそのままだった。

 手毬木季鞠は今度こそ本当に溜息をついて、その穴の隣の


『 壊包 』


 というレバーを引く。

 かぽん、という音を背後に置き去りにして、手毬木季鞠は家に戻る。

 すべてが停止した壊れた世界のなかで、日常という断片を創出し続ける孤独の研究者はこうして、深い眠りにつく。

 死体は腐らず、歳は変わらず、友人は甦る。



    -R-



 手毬木季鞠の日常に、死体と弾痕はつきものだ。

「…………あはよふ……」

 右後頭部にはねた寝ぐせをそのままに、手毬木季鞠はベッドから起き上がると、ベッド以外すべて破壊された家に降り立った。

「おうおう季鞠」

「いかにもたこにもくらげにも」

「今日は手榴弾投げを――」

「それもダメ」

「じゃあかくれんぼ?」

「季鞠―!」

「どこー?」



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