42話目:6月■日アタレフの記録②

 これだけの赫色に晒されているにも拘わらず、死体の山は灰になっていない。

 むしろ死体そのものが燃える原因であるかのように見える。


 だというのに、小さな子供は必死の形相で赫色へ思い出という名の薪を焚べている。


 関係ない奴の思い出なんざどうでもいい。

 だが、一つだけ見過ごせないものがある。


 オレにとって幸せな思い出なんざ一つもなかった。

 いまさら欲しいとも思わなかった。


 だが……だが……。

 かつてオレが羨んだモノを、手に入れられなかったものを。


 惜しげもなく、投げ捨てて燃やすその行為には我慢ならなかった。


 赤色を同化したオレは思わずそいつの手を掴んでしまう。

 驚愕しながらもオレを見るその瞳の色は……赤と青の混じった、紫だった。


 ―――――瞬間、オレの意識が弾き出された。

 馬鹿なことをしたと後悔しても、もう遅い。


「アタレフ……くん……!?」


 意識は取り戻されたが、身体はまだオレが制圧できている。

 すぐさま≪ヘイズ≫の手を使い、わざとオレの喉を刺させた。


 無論、オレはスグに死にダンジョンの外へと弾き出されるが、これで逃げることに成功した。

 あとで何か聞かれたとしても、混乱したお前を取り押さえようとして失敗したとでも言えばいいだろう。


 そうしてオレははほとぼりが冷めるまで治療室で待つことにした。

 問題があるとすれば……奴の執念を甘く見ていたことだ。


「アタレフくん……見たよね?」


 目が覚めた時、目の前にはオレを見下す≪ヘイズ≫の顔があった。

 部屋が暗いせいで表情はまったく読めないが、喉に当たる冷たいモノが奴の意思表示だと理解した。


 ダンジョンで殺せずともダンジョンの外でなら殺せる。

 至極当然の考えであり、その可能性を想定できなかったオレの落ち度だ。


 オレここで死んだとしても、コイツまで累が及ばないだろう。

 誰もが認める優等生を疑うどころか庇う奴だらけで、オレは死んで当然の≪キメラ≫なのだから。


 しかし、コイツは予想外のことを言い出した。


「お願い……あの事は、誰にも言わないで……」

「……ハァ?」


 思わず呆けた声が出てしまった。

 今、主導権を握っているのはこの女だ。

 だというのに、なぜ懇願した?


 オレを脅迫して従わせることもできる。

 なんなら殺して口封じすることもできる。

 優等生のこいつに疑いはかからず、死んで当然の≪キメラ≫が勝手に死んだだけで終わる。


 だというのに、何故?

 誰も見ていないこの状況で、薄衣のヴェールを被り騙す相手もいないというのに。


「分かった。だが、一つだけ教えろ。あの死体の山……アレは、何だ?」

「多分……友達と……友達になるはずだった子と……知り合うはずだった人達……それと、家族のはず」

「……そうか。それだけ聞ければ十分だ」


 逆に聞きたいことが増えたが、何も尋ねないでおく。

 少なくとも、あの死体の中の一つにオレが含まれていないなら、踏み込む必要のない疑問だ。


「分かった、口外しないでおいてやる。だが、そもそも意味ないだろ? オレが何を言ったところで、誰も信じない。お前が一言否定するだけで済む話だぞ」

「―――――それでも、言わないでほしいの」


 部屋が暗いせいで、どんな顔をしているのか分からない。

 だが、表層心理の奥を覗いたオレには、あの赫色の中にいた子供の泣き顔を幻視してしまった。


 紫の瞳……奇しくも、オレと同じ色の瞳。

 誰とも違うオレが、唯一同じだと思えてしまった色。


「ハァ……分かったから、喉に当ててる刃物を離してくれ」

「え? これ、アタシの指だよ。まだ喉が痛いかもしれないから、痛み止めの奇跡を使ってるんだけど」

「紛らわしい……次からもっと温かい手でやってくれ」


 こうしてオレ達の繋がりかけた糸は切れた。

 ここまで関わり合うことは、金輪際ないだろう。


 それからあの日以降、オレとアイツはいつも通りの日常に戻った。

 前よりもこちらに絡んでくることはなくなったが、挨拶だけは欠かさずやってくる。


 監視しているとでも言いたいのか?

 どうでもいいことだ。


 心残りがあるとするならば――――――あの心の中にいた子供に、ソレをぞんざいに扱うなと言えなかったことだけか。

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