第5話 Curiouser and Curiouser

 世界の均衡は、いつも静かに書き換えられる。

 

 ミーティングルームの開設。

 アリスからボブへ、最初のノック。

 環状回路を巡り、戻ってきた光だけが、この対話を確かなものにする。

 そこには巨大な長方形のテーブルが会った。

 最奥へと配置されたひときわ大きな椅子に人影が浮かび上がった。


 次に長い、長いテーブルにぼんやりと浮かび上がらせるような薄い光が灯ると、やがて薄暗く閉じた空間にゲストたちが姿を現す。

 

 テーブルの両脇に男、女、もしくはそのどちらとも判別のつかない様々な服装の八人の人物が座っていた。

 椅子はその上に主を受け入れるとテーブルと同様に、やはり輪郭をぼんやりと輝かせた。

 

 その照明は間接照明のように光を拡散させながら、座る人々の服装はハッキリと照らすのに顔だけは光でぼかすように隠し、ぽっかりと白く穴が空くような視覚効果を生み出していた。


「手短に済ませよう」


 テーブル奥に配置された一際、大きな椅子に座る人物にスポットが当たり、声が空間に響いた。

 見るからに高級そうな真っ黒なスーツ。

 右手の小指には大きな石が嵌め込まれた指輪をはめ、それを左手で触れていた。


「現時点での活動で、想定外が発生した。 シスター4…… 報告を」


 今度はスポットがテーブルの左に座る長身のタイトな青のニットワンピースを着たボブカットの女性を照らした。


「支援してる協力者がしくじった…… 現在、現地の治安組織が拘束してるわー」


 シスター4は、いかにも面倒くさそうな態度で続けた。


「……ちょっとブラザー1、あたしのせいじゃないわよ。 想定外ってほどでもないし―― ただの誤差よ」


「詳細を共有しろ、シスター4」


 有無は言わせぬ圧で、ブラザー1が制した。

 不満を露わにする、シスター4は一度、強く右手で拳を握り、一瞬震わせると気を取り直したように元の姿勢に戻った。


「トランシスコ・ベイに搬送されたオブジェクトの強奪が失敗。 協力者が


 待ち伏せという言葉に、テーブルに座る出席者たちの白い穴のように見える顔の視線がシスター4に集まった。


「我々の情報が漏れたわけじゃないわ。 追われたのは協力者の足取り…… そこのブラザー9ご推薦の泥棒さんのね」


 スポットがテーブル右隅を照らす。

 そこには黒と白のストライプの三揃えのスーツを着た男がいた。

 

 頭には山高帽を被り、ステッキを片手にだらしなく椅子に寄りかかったその姿はまるで売れないサーカス一座の座長といった風貌だ。


「オイオイ、シスター4。 俺がご推薦した協力者がなんだって?」


 顔はやはり照明の白塗りで表情は知れないが、その男は明らかに笑っていた。


⚪︎ ⚪︎


 「――はぁ、それで今日も市警本部行かはるわけ?」


 マギーの顔の右横に浮かぶ空間ディスプレイに映るフリーズことアン・フリゼル・シトロエンは、いつもの細い目でいかにも呆れたという顔していた。

 フリーズの通うリセ・ド・スリジエのワンピース型のジャンスカ制服の首元で赤いリボンが揺れている。


「最近、下が騒がしいのは事実でしょ」

 

 マギーは上履きから制服と揃いの深いブラウンのローファーに履き替えながら答えた。

 

 ハウンゼント・ガールズ・ハイは米国のハイスクール式なのに、下駄箱に屋内上履きという日本の学校文化が入り込んでる。

 ハウンゼント・ガールズ・ハイだけでなく、インター・ヴァーチュア全体に広く浸透している。

 マギーにとっては中学からの習慣だが、今ではすっかり日常だ。

 それに、たしかに屋内の床は綺麗だとその有効性を実感するとともに、日本もなぜか高校が終わると上履きではなくなるらしいのだが―― まあそっちは、どうでもいい謎だ。


「たしかに、非合法プラグインモバイルクラック売春用AIアバターヤリボットのグループが潰されてるのはホントだしね」


 左側に浮かぶディスプレイでは湊界高校の黒いセーラー服姿の寧々が赤い包み紙のチュッパチャップスをポケットから取り出しながらあまり女子高生は使わないような隠語を混ぜて言った。

 

 ビニールを破ると、丸くて真っ赤な飴玉を口にカプッと含んで、口の中でコロコロと転がす。


「おかげで裏社会連中がバタついて、マッキネンはその筋にアウトソース外部委託をできず、自分でド三流のアホを調達…… 清々しいぐらいノーガードで痕跡見つけるのも楽勝でしたわ」


 寧々はモゴモゴとしながら事の経緯を思い出すように説明する。

 

 実際のところ、マギーがヒッケンボトムのデスクの上で見つけた情報は重窃盗犯のマッキネン・ジモネがトラシスコ・ベイに潜入した可能性ありという情報だった。

 

 そこにV5間での機密輸送があるという情報をフリーズが聞きつけ、寧々が 霊峰公司レイホウコンスー裏領域ダーク・ウェブ経由でマッキネンがバンドメンバーの如く仲間を募集しているのを見つけた。


 線で結べばあっという間に強奪計画が浮かび上がり、マッド・カプセルバニーの三人はマッキネンの首にかかった賞金を狙う、強奪計画の阻止を決行したのだ。


「仮想現実の死体なんて与太話は別としてさ、正体不明の新参者ってほうは、やっぱ気になるっしょ」

 

 ローファーのかかとを地面にトントンと叩きながら、小さな目の前のディスプレイに浮かぶ二人の仲間に視線を送った。


「んじゃまた後で。 いつもの場所で集合」


「大黒珈琲やろ、はいはい、ほな後でな――」


 フリーズがあの狐のような顔な笑顔をマギーに送ると、ディスプレイが消えた。


「来るまでに、下の情報を探っとくよ。 んじゃねー」


 チュッパチャップスをモゴモゴとしながら寧々はいつものように元気よく手を振ると、ディスプレイが消えた。


 マギーは肩にかかった髪を手で払い、鞄を肩にかけると悠々と歩いていく。

 その堂々とした姿を、他の生徒たちが遠巻きに見つめていた。

 

 マギーは敬遠されると共にを送られるぐらいに校内ではモテる存在でもあった。


 という、一見クールな態度と、そのルックスは一定層のお嬢様には意外とウケが良いということを、マギーは知るよしもなかった。


⚪︎ ⚪︎


 隔絶されたミーティングルームで、ブラザー9の嘲笑うような態度にシスター4は嫌悪を隠さなかった。


「今回のイレギュラーは、あんたの紹介のマッキネン氏が、勝手に足取りを追われ――」


 シスター4はわざとらしくブラザー9に手の平を向けて指を折る。


「勝手に現地で共犯者を募集―― 挙句、現地のギルドに待ち伏せされた―― 今回漏れたのはヤツのヘマだけよ」


 そこまで言うと、シスター4はブラザー1のほうへと顔を向けた。


「マッキネンとは金だけの繋がりで、我々のことは漏れようも無い。 オブジェクトはまたチャンスを伺えばいい。 致命的なことない―― だから誤差の範囲よ、ブラザー1」


 その報告に、その場のメンバーたちの緊張が解け、安堵の空気が流れた。

 その瞬間、その場に「クッヒャハハハ」と、甲高い笑い声が響いた。

 ブラザー9が椅子の上で手を叩いて笑っていた。


「――ブラザー9、何か発言か?」


 ブラザー1の声にブラザー9は笑いを止めて悠然と椅子の上にあぐらをかいた。


「――いや、いや、失敬、失敬。 なんとも都合の良い報告で思わずツボっちまった」


「都合が良いって、どういう意味よ?」


「んっふっふっ。 シスター4、たしかにオブジェクトの件は誤差だ」


 ブラザー9は手にしたステッキをクルクルと回しながら、シスター4を見る。


「だがオマエさんの、地元の実験だが―― タイミングが悪すぎるよなぁ。 まあ、ある意味成功なんだがね」


 シスター4も何を言わない。

 お互い顔は見えない―― だが、緊張だけは伝わる。


「現地の悪い子ちゃんたちからの炙り出しに、引き込みのお試しは大成功だ。 バラバラに見りゃそちらは順調だが――」


 一旦、言葉を止め、シスター4からブラザー1に向き直る。


「マッキネンに足がついたのは、シスター4の実験が被って質の悪い現地調達をしたからだ――」


「……言いがかりよ!」


 ブラザー1が反論するシスター4を手で制した。


「続きを、ブラザー9」


「――さっきも言ったようにほんのちょーっとだけ、タイミングが悪い。 確率としては小さいが、繋がりに気づくやつがいるかもしれないぞ。 そもそも俺からしてみれば、マッキネンを負かしたってヤツが気になる」


「シスター4。 情報はあるか?」


「確かマッド・カプセルバニーとかいう小娘たちがお遊びでやってる現地のギルドのコード・ライダーだと聞いているわ。 まあ、取るに足らない連中よ」


「おーっとっと。 シスター4ぉー。 そいつは努力が足りない、その小娘の中でマッキネンを倒したやつなんだがねぇ…… 俺の調べによればだ――」


 ブラザー9は一呼吸おいた。


「名前はマーガレット、マジーン、だ」


 一瞬だが場がザワついた。

 シスター4は身じろぎもしないが沈黙が動揺を伝えていた。


「我々にとっては気になる姓だ。 それに皆様、ご存知の通り、俺様はスカウトマンでもある。 自信を持って言うが、マッキネンは中々に見どころある候補だったんだが……」


「ブラザー9、前置きはいい。 具体的に意見を」


「ゴールドマンの名前が関わっている以上、マッキネンの身柄はリスクだ。 ちょうど良いのでイレギュラーの敗けは不問にして、エージェントとして正式に雇いましょう」


 ブラザー9は「クヒヒヒヒッ」と喉の奥から微かに笑い声を出した。


「文字通り、殻は置いていってもらいますがね。 シスター4には悪いが、計画も前倒しだ――」


 怒りか、怯えかシスター4の肩は小刻みに震えている。


「まあ、我々にとっては

 

 ブラザー9はブラザー1から再びその、ぽっかりと白い穴の空いた顔をシスター4に向け、宣言するかのように呟いた。


「目立つ行動にはなるが、街ごと消えてもらえば問題はない」


⚪︎ ⚪︎


トランシスコ・ベイ市警本部。


 一日空けないうちに、マギーは再び、市警本部を訪れていた。


「えぇー。 叔父様、いらっしゃらないんですかぁー」


 制服姿のマギーは受付の婦警の前で便が不在であることを知りながら精一杯の猫を被っていた。


 昼間と夜では一部の例外は除いて、基本的にはスタッフが入れ替わる。

 

 昨夜のマギーの姿を見たスタッフは今はほんとんどいないし、今話している太めの婦警も昼専門のパートタイマーでこうやっていつも、急な学校の確認を発生させては、の部屋に必要なデータがあるからと頼みこんでいる。


「警部はなんか、昨日の夜捕物があったとかで明け方帰ったのよ」


 マギーはよく知っている。

 だからこの時間を狙ってきたのだ。


「えーと、じゃあ、叔父様の部屋のデスクにあるはずなんでー。 入れてもらえません?」


「ん〜〜。 ダメ」


 満面の笑みでの拒否。

 ピクッと、マギーの頬が引き攣った。


「ごめんねぇ…… 警部からね、マーガレットちゃん来ても部屋には入れるなって指示が出てるのよねぇ」


「……えっと…… それだと困るんですぅ」


「ダメ。 ごめんなさいね、無理」


 再びの満面の笑みでの拒否。

 

 これはダメだ、完全に埒が開かない。

 心の中でヒッケンボトムに毒づきながら、この手はほとぼりが醒めるまでは使えそうにないと確信した時だった。


「アレ? マギーちゃん?」


 またマギーの頬が引き攣った。


 (……最悪。 今日は運がない)


 そういえば、こいつの姿を昨日は見てなかった。

 迂闊だった。

 

「ご……ごきげんよう…… トリスタン」


 精一杯の笑顔を作って振り返ると、そこにはヒッケンボトムの右腕、トリスタン・ニーロ刑事の甘い笑顔があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月3日 19:00
2026年1月4日 19:00
2026年1月5日 19:00

電界彩輝 マッド☆カプセル・バニー 不治痛 @achebon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画