第19話 エピローグ

掬星台の広場に、朝焼けが静かに満ちていった。

 夜明け前の戦いの痕跡は、もう風に洗われつつある。焦げた地面も、空を裂いた光の名残も、淡い朱に溶けていく。


 前田直子は、猫又の姿のまま善之を抱えて立っていた。二つに分かれた尾は力を失い、静かに揺れている。善之の肩に回した腕は、戦いのあととは思えぬほど優しかった。


「……終わったよ、善之」


 その声に応えるように、善之はかすかに目を開けた。視界に最初に映ったのは、山の端から昇る朝日と、直子の黄金色の瞳だった。


 少し離れた場所では、遠野小雪が雪女の姿で朝の風を受けていた。白い吐息はもう凍らず、静かに空へ溶けていく。彼女は空を見上げ、呟く。


「宇宙の連中も、ここまでは追ってこないみたいね」


 白川珠緒は狐御前の姿で、崩れたベンチに腰を下ろしていた。九本の尾をゆっくり畳みながら、いつもの皮肉な笑みを浮かべる。


「改造手術だの適応だの、勝手な話だったわね。でも――」

 彼女は善之の方を見て、言葉を切った。

「守るものがあるなら、悪くない賭けだった」


 その背後で、織田恵子が女郎蜘蛛の姿を解き、人の輪郭へと戻りつつあった。無数の糸を操っていた指は震え、しかし確かな勝利の実感を掴んでいる。


「全部終わったわ。もう、逃げなくていい」


 朝日が完全に山を越え、掬星台は新しい一日の光に包まれた。

 善之は直子の腕の中で、小さく息を吸い、そして微笑んだ。


「……ありがとう。みんな」


 四人は何も言わず、その言葉を受け取った。

 妖怪であることも、人であることも、今はただ同じ朝の中にある。


 遠く神戸の街が目を覚まし、何事もなかったかのように動き始める。

 だがこの場所で、確かに世界は一度、守られたのだった。


 掬星台の朝焼けは、その証人のように、いつまでも静かに輝いていた。


選択は、、、


それはまた別の話。

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君たちがいた夏、心霊アルバイト外伝 稲富良次 @nakancp

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