イコール

白縫いさや

イコール

 白里りこさんの自主企画「【エッセイ企画】人生で最も美しかったもの」に寄せて本稿を書いている。

 素直に、良い企画だと思った。

 何を美しいと思うかという価値観は、当然人それぞれ異なるものであるから、本企画への参加者の数だけ美に関する個人史を知ることができる。面白くないわけがない。



 前置きはこれくらいにして本題。

 これまでの人生で最も美しいと思ったものは何か、と問われたら、私の場合はこれを挙げる。


 【 = 】


 数学記号のイコール(=)である。

 これの意味するところは、イコールを挟む左辺と右辺が等しいということであるが、私は、これはとても力強い宣言だと思う。

 一見すれば別物に見えるふたつが実は同一のものであることを確約するというのは、並大抵のことではない。確信が持てないならばニアリーイコ―ル(≒)を使ってもいいだろうし、大なりイコール(≧、≦)で左辺と右辺が同等である余地を残しておく逃げ方もあるだろう。

 しかし、イコール(=)はそういった甘えを一切許さない。右辺と、左辺は、常に等しいのである。両辺が等しいというのは絶対的な事柄であり、例外は存在ない。何があってもこの均衡は崩れない。これは、宇宙に通底する秩序そのものへの信頼が根底になければ不可能な宣言だと思う。

 もちろんこういう話は本職の数学者からすれば色々ツッコミどころがあるものなのかもしれないが、素人が素人なりに理解するレベルで言えば、このイコール(=)という奴は大した奴だと常々思っている。


 昔から算数や数学が好きだった。パズルみたいに一定の手順に従えば正解が出る、という明快さが好きだった。ただしこれは、「ゲームとして好き」という認識の域を出るものではなかった。

「美」という認識に押し上げてもらえたきっかけは、高校で数学の科目を担当していたY先生である。彼は事あるごとにこう言っていた。

「数学は美しいんだよ」

 最初はピンと来ていなかったが、難しい問題を繰り返し解いて、その都度、解法としてやっていることは当たり前の積み重ねでしかないことを目の当たりにするうちに、彼の言うことがなんとなく感覚的にわかるようになってきた。

 イコール(=)で結んだ両辺は常に等しい関係であるのだから、両辺に同じ操作を加えても均衡が崩れることはない。たとえば方程式を解くというのは、このような操作を繰り返す作業である。そうして両辺を変形させて、変数を整理していくうちに、最初は複雑そうに見えたものも、最後にはシンプルな形にまとまっていく。

 数学における様々な定理も、同一の事象を別角度から数式化してイコールで結んで解きほぐしていくうちに、びっくりするくらいシンプルな形にまとまっていく。たとえばピタゴラスの定理は、その証明方法も含めて最も有名なもののひとつだろう。

 こんな簡潔にまとめちゃっていいの? という私の素朴な疑問に対し、定理は某キャラみたいな口調で言うのだ。

「これでいいのだ」と。

 簡潔さとは無駄なものや余分なものを極限まで削ぎ落とした純粋なものである。Y先生はそういうところを指して「数学は美しい」と簡潔に表現し、私もそれに賛同している。



 世の中には美しいものが色々あるし、本稿でも何を美しいものに挙げるかは迷うところはあった。が、私の場合、自分の美意識を掘り下げていくと、美しいものとは、【自分の生きる世界の法則に対する信頼】に帰結していく。その法則とは絶対不変なものであるからこそ、私は心身を安心して委ねることができる。

(なお次点で迷ったのは、自分の最も古い記憶――2歳ぐらいの頃にアパートの踊り場から見た燃えるような夕日――であった。しかしこれも、視覚的なインパクトだけでなく、自然法則への感慨が印象としてあるものだから、美意識という点では類似している)


 最後に、そういう私の美意識が最も象徴的に詰まった超短編作品を添えて筆を置くこととする。



 ***


  「命題」


 簡潔な文章は美しい。


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