星の旅
@akari623
第1話
『死への旅の物語。』
体の中を巡っていくアイスコーヒーのありかを探すかのように私はぎゅっと目を閉じた。
舌に残る苦味と、鼻の先を通っていく酸味。
その余韻が心地いい。
胃の中にすとんと落ちて消化されて完全にアイスコーヒーが無くなった。
そう感じてから目を開いた。
(…よく分かんないなぁ。)
手の中には文庫本。
毎年夏になったら必ず読み返す。そう決めているわけじゃないのに気がついたらこの本を夏用の小さな編み上げ籠バッグに入れて喫茶店に向かっている。
この本にはそういう引力がある。
それはきっと私だけじゃなくて、多くの人にとってもそうなんだと思う。
ぱたんと閉じた本の表紙を眺める。読み終わったあと、毎回よく分かんないなぁ、と感じる。
それなのにこの本が好きなのは、この本の中に居る時が1番心地いいから。
口から入ってきて体中に染み渡る。きっとこの本はアイスコーヒーと同じくらいの透明度をしている。
『銀河鉄道の夜』
作者は宮沢賢治。
「もう、死んじゃいたいの。」
そう言う彼女の背中を撫でる。
分かるよ、とか、そんなこと言わないで、とか言いたくない私は静かに背中を撫でる。
いいんじゃないの?
私の本音でこの子を殺してもいいんだろうか。
そんなにキツイなら背中を押すことだって正解なんじゃないんだろうか。
ジョバンニとカムパネルラ。
宮沢賢治、彼はいったいどっちだったのだろうか。
もう何回目になるか分からない、友達の死にたいという告白。
実は先ほど、死にたいと言いながら走行する車に突進していった彼女を止めたところだったのだ。
自殺未遂なんて、もう何度目。
死に向かう銀河鉄道に乗って実際に死ぬのはカムパネルラだ。
それならこの子がカムパネルラで私はジョバンニ?
置き換えてみると急に物語が色褪せて見える。
死への旅が、こんなものであってたまるか。
彼女の背中を撫でていた私は急に馬鹿らしくなって無理やり彼女を立ち上がらせた。
道路にうずくまっていたから彼女の膝は黒く汚れている。
顔を下に向けたまま、私にされるがまま彼女はよろよろと立ち上がった。髪に隠れたまつ毛が濡れている。
「帰ろ…私たち、もっといい死に方しようよ。」
いい死に方ってなんだ。
自分で自分の言葉にそう思いながら、腕を引っ張った。
彼女は何も言わず自分の顔を手で拭う。
ジョバンニは残される側。カムパネルラは残す側。
死への触れ方としてどっちがどうなんだろうか。
「物語の解釈は自由だからその本にどんな感想を見出してもそれが正解なんですよ。その本を読んであなたが思ったことがその本のあなたなりの正解でいいんですよ。」
現代文の授業。
高校生にもなって、1冊本を呼んで、感想を書きましょうなんていう授業があるとは。
昨日、自殺未遂をしてわんわん泣いていた彼女は今日は休みのようだった。
にこにこと微笑む先生が、生徒の席を周って1人ずつ持っている本を見ている。
なんか嫌だなぁそう思いながら私は『銀河鉄道の夜』を読んだ。
調べてみると、『銀河鉄道の夜』には第3版と第4版があるらしい。
その内容はほとんど一緒だけど最後が少し違う。
事実か定かじゃないけどネットの話なんかを集めてみると、第3版が宮沢賢治が妹を亡くした時に書いた話で、第4版が宮沢賢治自身が病気で先が長くない時に書いた話らしい。
つまり彼はどちらも書き残しているんだ。
残される側と残す側。
私はどちらも読んでみたけど、その少しの違いが興味深かった。
第4版、残す側になって宮沢賢治の意思が少し変わった、というか誰かを想う気持ちがありありと感じられたのが印象に残っている。
そこには私の求めている死への答えがあるようで、でもないような気もする。
制服のポケットに入っている頭痛薬。
この薬は私の体に合わなくて、飲むとふわふわと気分が悪くなる。薬特有の気持ち悪さに、ぼんやりとする感覚。
この薬を10錠も飲めばきっと私は死ぬことが出来る。
いつだって死について考えている。
小さい頃から持っている希死念慮。誰が悪いとか環境が悪いとかそんなんじゃなくて、1度浮かんだ希死念慮っていうのは簡単には消えない。
きっと私がもっと歳をとって20年後にも30年後にも変わらない。
銀河鉄道の夜が心地いいのは、どちらもあるからかもしれない。
死んだらだめ、も、死んでいいよ、もこの本はそんな言葉を突きつけてこない。
ただ死への旅を友達と楽しく過ごしている。
これは悲しくない、そんな物語だ。
美しくて儚くて楽しい、そんな死への旅を友達と楽しく過ごしたジョバンニは、カムパネルラはこれからやってくる死についてどう思っていたんだろう。
宮沢賢治がジョバンニでもカムパネルラでもどちらでもあったように、『銀河鉄道の夜』この物語を読んだ人は皆、きっとどちらでもあるんだ。
どちらであってもいいのだと思う。
死への答えなんか出ないけど、まだ出会っていない素晴らしいものもこの世にはあるんじゃないかな。
結局この物語は私にまだ生きてみようかと思わせる。
本と感想文を持って休んでる友達の家に遊びに行こう。
死について考えるこの本がこんなにも人に寄り添ってくれるのは宮沢賢治が死を幻想的に捉えていたから?死へと向かう電車。誰かと生きるこの道がもしかしたら銀河鉄道だったのかもしれない。
星の旅 @akari623
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